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過去への挑戦

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 彼女はここまで処女を守り通してきた。中学高校時代と女子高だったので、処女を守ろうとすればできないことはなかった。だが彼女は美しい娘に育ち、他の高校からも彼女のウワサは聞こえてきた。当然、告白しに来る男子も少なくなっただろう。
 そのたびに彼女は断ってきた。どの男子も魅力に欠けた。言葉だけしか感じない人もいれば、確かにスポーツマンで他の女の子ならば彼をすぐに好きになるのではないかと思うのだが、話を聞いていると、どうも自慢話にしか聞こえてこない。
 ななみは自分が完全に信用できない相手の言葉は、基本的に最初から疑ってかかる性格で、それだけ相手の言葉も冷静に聞くことができた。だから、相手がいくら熱弁をふるおうともすぐに言葉の裏にある下心が見えてくる。そのため、そんな彼女を同性から見れば、冷酷に見えることがあり、同性からは決して快く思われる存在ではなかったようだ。
 それでいて、お嬢さんにありがちな、
「白馬に乗った王子様」
 の出現を待ちわびるという、
「夢見る少女」
 だったのだ。
 高校時代までは、ほとんどが同年代の男性しか彼女のまわりにはいなかったので気付かなかったが、しょせん、彼女のようなお嬢様であれば、同世代の男子では太刀打ちできるものではない。
 育った環境も家ではお嬢様教育のようなものもあり、ピアノであったり、お茶、お花のような一般的な習い事は習ってきた。それも習い事教室にいくわけではなく、個人レッスンの家庭教師のような先生についてであった。
 安藤家はそれほど由緒正しき家柄なのであったが、家族がギスギスしているのが少し気になっていた。
 一番気になっていたのが母親で、
――どうしてお母さんは、いつも何もおっしゃらないのかしら? ご自分の意見というものを持っておられないのかしら?
 と感じていた。
 ほとんど言葉に出して何かを喋るということはない。ななみが小さい頃はもう少しは喋っていたかと思うが、ななみが成長するにしたがって何も喋らなくなり、喜怒哀楽すら感じなくなった。
 いつも同じ表情で、
――一体何を考えているのかしら?
 と考えてみて、ななみはそのうちにハッとするのだった。
――私も結婚してから母親になって、お母さんくらいの年齢になると、あんな感じになってしまうのだろうか?
 と思ったからだ、
 ななみから見てあれほど優しく頼りになると思っている父親を旦那に持っているのだから、もっとのびのびとできるはずだと思うのに、喜怒哀楽すら失ってしまうのであれば、それは母親の性格によるものなのかも知れない。
 だとしても、ななみは安心ができない。いや、むしろ自分がそんな母親から生まれた娘であるということを怖がっている。遺伝というものがどれほどあるのか分からないが、少なくともあそこまでの極端な性格は、遺伝するのではないかとななみは思い込むようになっていた。
 ななみが利一に身体を許さない理由の一つにそこがあった。
 女が男に身体を許すということがどういうことなのか、いくらお嬢様のななみでも知らないわけではない。ななみが怖いのは身体を許す子によって、自分の中に沸き起こってくる変化であった。
 それは精神的なものも肉体的なものもその両方であり、今まで知らなかった大人の世界を覗くということになるのではないか。つまり、
「オンナになる」
 ということである。
 母親が何をきっかけにあんなに喜怒哀楽のない、まるで仮面のような表情になったのか、そもそも何かの目に見えるきっかけ自体があったのか、それがななみには分からなかった。
 それだけに、自分が大人になることで、あの時の母親の「きっかけ」というものに近づいていくのが怖いのだ。
 ななみはいつの間にか母親から遠ざかっていた。父親の影響を強く受けていると思っていたが、本人はそっちの方がいいのだと思っているのだ。
 母親を意識するあまり、大学に入学すると、高校時代までのお嬢様というイメージを変えることにした。
「どうしたのよ。あれが高校時代までのななみなの?」
 と、彼女がお嬢様であることを知っている高校時代の友達はビックリしている。
 そもそも高校も、中高一貫教育のお嬢様学校だったのだ。クラスメイトは皆さんお嬢様で、まわりの学校とは完全に一線を画していた。中には他の高校の、しかも不良連中と付き合っているような子もいたが、それは例外中の例外で、ほとんどが学校の規律を破ることもないような、本当のお嬢様だったのだ。
 そんなサラブレッドともいう中で生活していれば、それが当たり前だと思い、他の高校の生徒に対して心ならずも優劣を感じてしまっていたことだろう。ななみもその類に漏れず、同じように考えていた。
 家に帰れば、これも英才教育を施してくれた家庭教師の先生が、今では彼女の身の回りの世話や相談相手として奉公してくれる。実にありがたいことだった。父親も全幅の信頼を寄せていて、
「娘を頼む」
 と、言われていたのだ。
 そこには、母親は一切の介入はない。いつものように何も言わず、ただ黙っているだけだった。
 そんな母親を尊敬できるはずもなく、軽蔑冴えしていた。
 母親も当然娘の視線を分かっているのだが、どうすることもないと思っていたのかも知れない。ただ、気になるのは、ななみの家庭教師の先生は、この母親の相談相手でもあるようだ、母が先生に何をどんな風に話しているのか気になるところであった。
――ひょっとして私のことかしら?
 とも思ったが、あの喜怒哀楽を感じさせない母親が、自分以外のことを考えられるとは思わなかった。
――あるとすれば、今の自分の立場かしら? 立場と言っても、当主であるお父さんの妻としての立場になんら文句などあるはずないのにな――
 と、あくまでもななみは母親というものを、立場からしか見ていないようだ、
 ただ、それも仕方のないことで、当の母親が自分から殻を作ってしまっているのだから、相手の気持ちを思い図るなどできるはずもない。
 そんなことを思いながら、またしても、母親に頭が向いてしまってハッとするななみだった。これこそ、精神的な
「負のスパイラル」
 というのではないかと思うのだった。
 ななみは、母親を意識するあまり、大学に入ると、自分を表現するようになった。大学というところは、一番自分を出すことができる場所であり、それができる唯一の場所でもある。そこで自分を出すことで、本当の自分を見つけると思っている人もたくさんいる。ななみもそのつもりだった。
 だが、皆が皆自分を出していると、本当に様々な考え方を持った人がいる。ななみには想像もできないようなことを考えていたり、いまさらながら、
「人間には欲というものがあるんだ」
 と感じることもあった。
 人がたくさんになればなるほど、その人それぞれの思惑がぶつかり合って、静かな確執が、一対一の関係で出来上がり、どちらかに味方がついてくるうちに、それが複数体複数になり、そのままグループを形成するようであった。
作品名:過去への挑戦 作家名:森本晃次