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過去への挑戦

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 二人は共稼ぎなので、料理の勉強と言っても仕事が終わってから通う料理教室だったので、時間的にも体力的にも結構きつかったが、それでもやりがいがあることで、楽しんでいるのを見ると、彼も何も言わなかった。
 この街は、十数年前からカルチャースクールが盛んに作られた。住宅街としての認知度も結構あったので、カルチャースクールが地方への進出を目論んでいた時に、いつも候補に挙がるのがこの街で、土地を融資する方も、カルチャースクールには便宜を図ることが多かった。
「ここはなかなかいいところですね」
 と土地を物色にきたカルチャースクールの人がいうと、
「そうでしょう。このあたりはマンションも多いし、住宅街にも結構人が住んでいます。いろいろな人がいて、新婚さんから、昔気質の富豪と呼ばれる家までですね。そういう意味ではカルチャーなどの文化が芽生えるにはいい土壌なのかも知れませんよ:
 と不動産屋は話した。
 不動産屋はカルチャースクールがどんなものか知ってはいるが、それと土地とがどんな関係なのか、知るわけもない。要するにハッタリである。口八丁手八丁とでもいうべきか、買い手がつけばそれでいいという考えだ。だが、彼が言ったように、この街にはいろいろな世代の家庭があるのは本当で、実際にカルチャースクールが増えるたびに、そのどれもが流行っているという状況になっていった。奥さんが通う料理教室などは、開業以来、いつも定員が満杯で、流行っていた。彼女が入会したのは、ちょうど年に二回の引っ越しシーズンだったので、引っ越す人が退会し、空きができたことで入会が簡単だったということだった。
 料理教室は、一クラス十人ほどというクラス編成だった。他にいくつかのクラスがあるが、先生一人なので、少数精鋭がいいということでのやり方だった。
 クラスの中には先生を慕って入会したという人も多く、奥さんは知らなかったが、先生はテレビなどでも時々出てくるような有名な先生だったのだ。
 年齢的には、まだ三十歳を少し過ぎたくらいだろうか。エプロンがよく似合う高身長でスリムな体型は、男子会員の注目の的だった。その凛々しい切れ長の視線は、時として凛々しさだけではなく、何者おwも寄せ付けないような不気味ささえあるくらいだった。
 ただ、それはたまにチラッと見せる表情で、普段は気さくな面倒見のいい先生だった。
 クラスは男女ほぼ均等の人数だった。最近では、
「イクメン」
 などと言われて男性も家事をしたりする時代なので、比較的入り込みやすく楽しい料理教室に通ってみたいと思う男性が増えたとしても不思議のないことだった。
 女性陣は主婦というと彼女一人だった。他の人は皆花嫁修業中で、いわゆる家事手伝いという立場にいて、年齢的にもまだ二十代ばかりという比較的余裕のある年齢なので、皆和気あいあいとやっていた。
「美佐子さん。お娼婦取ってくださいますか?」
 美佐子というのは、奥さんのことで、生田美佐子、三十二歳になっていた。旦那の生田正一氏は三十七歳。少し離れている気はしたが、旦那は見た目まだ三十代前半に見えるので、別に違和感があるわけではなかった。
「はい」
 美佐子さんは一人だけ既婚者ということで、最初は敷居の高さを感じたが、皆意外と気さくで気にしているのは美佐子だけだったというわけだ。
 元々気さくな性格の美佐子なので、まわりの気を遣う必要がないと分かれば、自分からまわりに溶け込んでいった。料理以外での主婦として勉強したことを、惜しげもなくまわりに話している時の自分を、少し誇らしげに感じるほどだった。学生時代からいつも中心にいたことがなく、中心に憧れたこともなかった美佐子には、初めて感じた新鮮な思いでもあった。
 先生も美佐子には敬意を表していて、やはり自分が先生でも相手が主婦で、しかも年上だと思うと、自然と人生の先輩としての尊敬の念が生まれてくる。もっとも、それくらい謙虚だからこそ、料理教室の先生が務まっているのかも知れない。
 料理教室に通い始めて二か月くらい過ぎると、それぞれの人間関係が分かってくるようになった。
 男性の最年少と、女性の最年少の二人は付き合っているようだ。二人は隠しているつもりのようだが、見る人が見れば丸分かりである。二人が一緒にいる姿を見ながらニヤニヤ微笑んでいる人は、二人のことを知っているはずなので、半分くらいの人は気付いていることだろう。
 普通のところであれば、会員の誰と誰が付き合っているかなどというのは、ウワサになっているのも公然のようになっているが、ここはなぜか表に出てこなかった。分かっているのに、それを秘密にしているということは、きっと密かにグループのようなものができていて、他のグループとは関係ないという構図ができているのかも知れない。
 中には重複してグループ参加している人もいるかも知れないが、和気あいあいの雰囲気の中で、そんな影のグループが存在するとすれば、あまり気持ちのいいものではなかった。
 だが、美佐子に対しては、グループからのお誘いのようなものはない。主婦というハードルがあり、その高さを皆が知っているからであろうか。美佐子にとって初めての習い事なので、せっかくなら和気あいあいのまま、続けたいと思っている。まわりがどうであれ、――自分は見えている部分だけを大切に皆と付き合っていこう――
 と思っていた。
 一番若い二人がそんなまわりの雰囲気を知っているのかどうか分からないが、二人には二人の世界があった。その世界には美佐子も入ることはできず。眩しいくらいに輝いて見れるので、他の人たちからも同じように見えているはずだ。
 カルチャースクールに単独で通っている男子も女子も、独身者の目的は一つだろう。彼氏彼女を作りたいという思いは誰にでもあり、
「お見合いみたいなものよ」
 という人もいて、お見合いカップリングなどのシステムとどっちがいいのか、美佐子もよく分からなかった。
 特に最近は男子がだらしないというか、草食系が多いので、女子が男子を腹立たしく思っている人もいるだろうが、草食系をかわいいと思う女性もいるだろう。カルチャースクールになど通う女子はどっちであろうか。
 他にもカップルがいるようにも感じられたが、しっかりと誰にも分からないようにしているところが一番若い二人とは違っていた。一番若い二人はまだ幼さが残っているようにも見え、もし本人たちが隠そうという意思があったとしても、漏れてしまうような情熱的な恋をしているのかも知れないし、別に隠すこともないと、最初から隠そうなどという意思がないことで、却って爽やかに見えるものなのかも知れない。
 下手に隠し立てなどしていると、ぎこちなく感じられ、それが違和感として映ってしまい、余計にいやらしさを感じさせるのではないだろうか。
「若い二人はあれでいいんだ」
 と、誰もが思っていることだろう。
作品名:過去への挑戦 作家名:森本晃次