小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

端数報告2

INDEX|5ページ/67ページ|

次のページ前のページ
 

1987年のKey person


 
さてさて前回、遂に平沢貞通が帝銀事件の犯人とされる最大の根拠、《事件直後に手にしていた出所不明の大金》について詳しく話しました。てわけでここで、今までのまとめを兼ねまして、
 
画像:20世紀年表他
 
この本の話をしましょうか。いや、3冊のうち右端の、これまでたびたび紹介しながら表紙を出せなかった溝呂木大祐・著『未解決事件の戦後史』。この通り、図書館であらためて借りてきましたので。
 
が、その前に真ん中の『早わかり20世紀年表』に載っていたこんなものをお見せしましょう。
 
画像:20世紀年表191ページ
 
平沢は1987年に死んだからその年のキーパーソン。こんな調子の短い文だけ読んで無実なんだろうと思ってた方がほとんどではないでしょうか。おれもかつてはそのひとりだったわけですが、しかし22か3歳で、
 
《再鑑定で毒は青酸カリでなく、青酸○○と判明していた。これは〈七三一〉が開発した特殊な毒で……》
 
というのを読んで『なるほど、だったら犯人は元隊員なんだろうな』と思ってしまった。
 
けれども、おれが大抵の人とちょっと違ったのは『GHQの実験てのはないだろう』とも考えたこと。その理由は、
 
 
・それは実験になってない。実験ならば写真に撮ったり時間を測ったり遺体を解剖したりせねばならないだろう。既に細かいデータを持ってる人間が、なぜ16人中12人が死ぬとわかるだけの実験をするのか。
 
 
・ひとりでやるというのもおかしい。GHQの作戦ならば4人か5人でやるのではないか。ひとりがクルマの運転手、ひとりを裏口の見張りにつけて、ふたりが毒の飲ませ役、という具合に。でなきゃこんなのはヤバ過ぎて、やる人間もやらす人間もとても実行できないと思うんじゃないか?
 
 
・が、白昼に銀行で、カネ目当ての犯行に見せかけて、なんてそもそもがハデ過ぎる。そんなことをやったら仮にスターリンや毛沢東、金日成をそのテで殺そうと考えたとして、本番の際にみんながみんな帝銀事件を思い出して毒を飲まんのじゃないのかしらん。
 やるならもっと利口なやり方がいくらでもあるはずだ。当時は『命売ります』なんて看板持って立ってる男が道にいくらでもいたというからそんな連中を集めてとか、女に夜道で男を誘わせ家屋に引き込み、なんて具合に……。
 
 
以上3つの理由からGHQ実験説を与太と断じた。おれの場合。その犯人は〈七三一〉の元隊員なのかもしれぬがカネ目当ての犯行だろう。
 
という話は前にしましたね。その後に『のほほん人間革命』を読み、『日本の黒い霧』を読んで『刑事一代』で、
 
《事件直後に手にしていた出所不明の大金》
 
を知って平沢がやったのだと確信する。セーチョーが平沢を無実と考えるのはどこどこまでもGHQ実験説を信じるから。けれどもおれは3つの理由でそれをバカだと思う人間。ゆえに最初の最初からよって立つところが違う。
 
画像:未解決事件の戦後史表紙
 
でもってこの本ですが、今にこいつを取り上げるのは《平沢無実/GHQ実験説》を新書で11ページにまとめた手頃なものと思うからです。
 
画像:未解決事件の戦後史10-13ページ
 
そのうち最初の4ページはこの通り、事件の概要を述べたものだがこれはいいでしょ。だから飛ばして、5ページ目。
 
画像:未解決事件の戦後史14-15ページ
 
これも当初に〈七三一〉が疑われたという話だが、そんな説が出るのはまあ当然でしょう。《ところがGHQ》うんぬんとあるけどこれも飛ばして6ページ目。
 
平沢の名が捜査線上に浮上する。ここから見ていきましょう。
 
 
1.はたして、帝銀事件の犯人のような知能犯が、本人から直接受け取った名刺を悪用するだろうか?
 
もちろん。平沢は松井博士か、そのまわりの医療関係者に疑いがいくとでも思ったんだろう。だから実在の人物の方が都合がいいと。同じ名刺を博士が100枚しか作っていないなんてことも予想外だったに違いない。素人の計画なんてそんなもんだ。
 
そんな話はこの作でもしているのでよければどうぞ。
 
あした天気にしておくれ [電子書籍版]
https://books.rakuten.co.jp/rk/c08804ca92ec34878de526355c67ea8d/?l-id=item-c-seriesitem
 
で、次のページ
 
画像:未解決事件の戦後史16-17ページ
 
2.占いで、「平沢貞通」という名前が怪しいという結果が出たことが、居木井の背中を押したという説がある
 
先に見せた写真で一緒に置いた、
 
画像:遺書帝銀事件表紙
 
この本の端に小さく〈森川哲郎〉の文字が見えるのがわかりますか? お忘れかもしれませんが、《五聖閣の占い》と言えばとにかくこいつ。同じ話がこちらにも[解説]として載っていたのですが、やはり、
 
《当時の新聞は、それを報道した。》
 
としか書いていなかった。
 
あくまでおれの想像ですが、《諸説あり》でなくこのモリカワテツローってのが述べる一説以外にない。で、前に書いた通り、その入新井の易者が平沢が自白したところで、居木井の名刺を適当に作って自分で「名鑑を感謝す」と書き、カストリの記者が飛びついた。
 
てなところが真相じゃねえの? 繰り返すが、あくまでおれの想像だけどさ。
 
 
3.件の名刺は盗難に遭ったバッグに入っていたものだと証言し、実際に盗難届も警察に提出されていた
 
確かにここに書かれる通り、平沢は最初に小樽署の刑事の訪問を受けたとき、
《置き引きに遭ったバッグに入っていた》
旨の供述をしている。しかし盗難届では……という話をしていくと長く長く長くなるのでここでは繰り返しません。
 
 
4.移送中の平沢は、ずっと頭から毛布を被せられ、食事も与えられないなど、人権を無視した扱いを受けたという。
 
この話はこのブログでこれまで出してきませんでしたね。食事についてはどこにも書いたものがないから知らんが、毛布については『刑事一代』に八兵衛の言葉として、
 
   *
 
(略)車中で平沢に毛布をかぶせたといって新聞で非難を受けた覚えがあるよ。あれは毛布じゃなくて、平沢が着てた麻の上着だよ。(略)夏に毛布なんか持ってるはずがない。
(略)平沢がそうしてくれっていったからさ。なにしろ、カメラマンが列車の網ダナにねそべるようにして、平沢の行動を見守ってる。オレと福士君、飯田君の三人で周りを囲んでいたんだ。ヤツは写真をとられたくねえっていうもんだからな。
 
画像:刑事一代表紙
 
と書いてある。だから食事もとるにとれなかったんじゃないのんかとおれとしては思うけど、あなたが嘘と思うなら嘘と思ってればいいでしょう。
 
溝呂木大祐というやつはたぶんそう思っている。この本には参考文献として、
 
画像:未解決事件の戦後史250ページ
 
この通り、森川哲郎や遠藤誠の著書、セーチョーの『小説』などと一緒に『刑事一代』も挙げてあるから、この八兵衛の言い分も読んでいるはずではあるのだ。
 
 
5.居木井や鬼刑事として知られる平塚八兵衛から、拷問に近い取調べを連日、受けたという説がある
 
作品名:端数報告2 作家名:島田信之