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おれはまったく憶えてません。これを書いてる今は7月末だからちょうど半年前ですが、その日の午後に何をしてたか一切記憶していない。
 
別に記憶喪失だとか、狂犬病の予防注射でナントヤラ症候群というわけではないですよ。そんなの聞かれたとしても憶えてるわけないだけですが、これを読んでるあなたはどうです。
 
帝銀事件が起きたのは1948年1月26日。小樽で捕まった平沢が東京に着いたのがその年の8月23日で、アリバイ調べは8月26日に行われました。事件のキッカリ7ヶ月後です。
 
この『警視庁重大事件100』という本には《6人もの証人が平沢のアリバイを証明した》と書いてある。《6人もの証人が平沢のアリバイを証明した》という書き方だと6人もの証人が平沢のアリバイを証明したように読めるが、その8月26日には、誰ひとり、7ヶ月前の1月26日のことを憶えてるのはいなかったという。「平沢と会ってますか」と聞かれても、「そんなことを聞かれても」と全員が困り顔で言った。
 
のだけど、そんなの、当たり前だ。そして平沢のアリバイは、事件発生時刻のその日午後3時にどこにいたというものではない。帝国銀行椎名町支店から電車など使って1時間のところにいる親戚を半時間前に訪ねたというものだが、セーチョーの『小説』をスキャンして見せると、
 
画像:小説帝銀事件126-127ページ
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
こうだ。赤で囲ったのが重要な部分なのでよく読むように。〈船舶運営会〉という場所の名と、〈山口伊豆夫〉〈市川係長〉〈広瀬昌子〉と3つの人名があるのがわかりますね。
 
平沢はその日にそこに行っている。が、何時にその船舶運営会を出たかはっきりしておらず、それが問題になっている。
 
というのがわかりますね。で、その後に《広瀬昌子の証言によると、》うんぬんかんぬんとあって《二時にはもういなかった》とあるのがわかるでしょう。
 
2時にはもういなかった――これが最も信頼度が高い供述とされるのだが、困ったことにこれはアリバイにならないのである。帝銀事件の現場まで1時間の距離なのだから、平沢が2時にそこを出たのなら発生時刻の3時には現場に着けてしまうのだ。 
 
で、前に書いたように、〈次女花子の夫、山口伊豆夫〉というのが後から、これは引用がいいだろう、セーチョーの『小説』によると、
 
   *
 
(略)二十四年二月二十八日、第十六回公判での山口の証言によると、前の警視庁での証言より一時間ズレて、平沢が来たのは午後三時ごろ、山口氏が会社を出たのは三時半ごろ、平沢はそれより少しまえに帰ったことになっている。このまえの証言と一時間の食いちがいを、山口伊豆夫は「かかりあいになるのがいやで、どっちに転んでもよいような時間を言おうと思って二時ごろと言った」と述べている。なぜあとから一時間のちがいが出てきたかという、裁判長の問には「みなと話し合い、よく記憶を呼び起してみて、総合判断した結果だ」と答えている。
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
のだそうな。平沢が3時にそこにいたのなら椎名町に3時にいられぬことになるが、しかしこいつは近親者の証言ということもあり裁判では認められず、弁護団も強く出てない。
 
代わりに、市川係長だ。この人が、なんでも後から、
 
「思い出したぞ。2時10分に会って15分ほど話した。だから平沢画伯が出たのは2時25分だ!」
 
と言い出したようで、弁護団はこれに飛びついた。でもって、瀬戸朝香みたいな美人にその道を歩かせて、
 
「実験してみるものねえ。2時25分にそこを出たなら、決して3時ちょい過ぎに現場の前にいられない。これは完璧なアリバイだわ!」
 
と言わせたとかなんとか。これが《6人もの証人が平沢のアリバイを証明した》という話の詳細ですが、これもあなたがどう見るかはおれはあなたにお任せする。詳しく知りたい人はセーチョーの『小説』を読むこと。
 
山口伊豆夫はこれが認められなかった後で別のアリバイを持ち出したが、やはり認められなかった。もちろん誰も憶えていたわけではないアリバイで、実は以前『疑惑α』から見せたページの今度は緑で囲ったこれが、
 
画像:疑惑α98-99ページ
 
画像:疑惑α表紙
 
それなのだが(〈三樹夫〉と書いてあるのは〈伊豆夫〉の名を変えている。次女の夫であることは読めばおわかりになるだろう)、これもおれからはコメントを差し控えよう。詳しくは『小説』でなく『黒い霧』に詳しいのでそちらをどうぞ。
 
アフェリエイト:日本の黒い霧
 
――と、こんなところだが、問題は、ひとつひとつの記述より『100』の4ページ全体の文をどう見るかだ。
 
前回の齋藤勝裕などと違ってこの筆者は嘘をついてるわけでもない。けれどアリバイが微妙なのを知らないとも思えぬし、《聞かれもせぬのに話した最初のアリバイ》が「日米交歓会で日本橋三越にいた」だったのも知らぬはずなかろう。警視庁の協力で出す本なのだから平沢はたとえシロだと思っていてもクロかせめて灰色に書いて良さそうにおれは思うが、なんでこういう調子なのか。
 
そこで気になるのが《監修・佐々淳行》というやつだが既に長くもなったので今日のところはこれでおしまい。それではまた。
 
図書館の本を濡らしたら [電子書籍版]
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作品名:端数報告2 作家名:島田信之