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科学的に正しいとされてはいるが証明は


 
よく知られる話にひとつ、こんなものがあります。皆さんもどこかで何度も聞いたり読んだりしたことがあるでしょう。
 
それは、
 
《映画『2001年宇宙の旅』で、主人公がヘルメットなしの宇宙服で船外に飛び出さなければならなくなるシーンがあるが、あれは科学的に正しいとされる。人間は10秒程度なら真空に投げ出されても死なずにいられ、後に障害が残るといったこともないはずとされている。実際に試してみた者はいないが。》
 
アフェリエイト:2001年宇宙の旅
 
と。何が言いたいかと言えば、
 
画像:未解決事件の戦後史表紙
 
これなんですが、もちろん帝銀事件の話。なんの関係があるかと言えば、
 
画像:未解決事件の戦後史20-21ページ
 
この通り、前回の続き。最後に残った項目の、
 
   *
 
 さて、もう一つ不可解なのは、GHQによる731部隊への捜査の中止命令である。
 
   *
 
です。だからそれは遠藤美佐雄が藤田二郎に電話でだなあ、っていう話はもういいでしょう。これはそれだけのことなんや。が、その次の、
 
   *
 
 731部隊は、戦時中に生物兵器開発を行なっており、中国人など3000人以上に対して人体実験を行なっていたという説がある(ただし証拠となる文書は見つかっていない)。
 
   *
 
である。これこそが実験説の証左として語られて、《だから平沢は無実なのだ》と世の人々が信じることになってきた。
 
これをどう考えるのか。
 
なのだが、しかし同じことは、おれは前にも書いたでしょう。『戦後ニッポン犯罪史』って本を紹介したとき、それに、
 
   *
 
(略)当時の警視庁捜査第一係長甲斐文助氏が残した「捜査手記」には、このころ軍関係者から入手した情報がメモされている。中でも注目すべきは陸軍九研(登戸)の第二課一班長、伴繁雄氏の証言についてのメモである。伴氏は次のような趣旨の証言をしたという。
(略)
ニ、南京病院で捕虜を使って人体実験をおこなった。初めはイヤだったが、慣れると一つの趣味になった。
ホ、その際、捕虜がうたぐるので、擬装して自分が先に飲むことがあった。
へ、九研は、石井部隊(七三一部隊)と直接の関係は持ってない。
 戦後間もない証言であり、信憑性は高いといえるだろう(ただし、伴氏は現在甲斐メモの証言内容を否定しているという)。
 こうした有力な証言があったにもかかわらず、(略)
 
アフェリエイト:戦後ニッポン犯罪史
 
こう書いてあるのを見せて、しかし、
 
「ピペットで上の油を採って飲むなどおれならイヤだ。あなたなら『そうすりゃ大丈夫』と言われてやるか、そんなこと」
 
という意味のことを書きました。
 
今、もう一度同じことを言うために『2001』を引き合いに出したわけなのです。青酸は空気に触れると変質するためビンには上に油を浮かべておくのが普通であったらしい。ピペットでこの油だけ採って飲めば自分は死ななくて済む。
 
 
戦時中に日本軍は、その手で実験をやっていた。
 
 
ほんとらしく聞こえるが、しかし考えてみてほしい。理屈じゃそうかもしれないが、だからと言って本当に、毒のビンにピペットを挿し入れ上の油だけを採り、自分が先に飲んでみせる。
 
軍の実験なのだから。天皇陛下のためだからと、そんなことを本当にやる――いやもちろん日本軍は、カミカゼ特攻を始めとしてイカレたことをいろいろやったが、だからと言ってなんでそんな。
 
あなたは思わないだろうか。この話は宇宙飛行士が10秒だけ宇宙でヘルメットを脱ぐ話と同じなんじゃなかろうか、と。
 
それをやったアストロノートはいないという。あらためてどう思いますか。科学実験のためならば、毒薬液の上の油をピペットで採って飲むのを平気でやれるか。
 
自分がそれをやるところを想像してみてください。
 
あなたはどうか知りませんが、おれはイヤです。正気じゃない。いくら昔の日本軍がイカレたやつらの集まりでも、この話は眉ツバでしょう。そもそも、どうして毒を先に飲んでみせねばならないのか。
 
おまけに、それで溝呂木によれば、3000人殺しただって? でも文書は見つかってない?
 
殺したとしても30人を、300人に増やしとりゃせんのか。それをこのミゾロギの先生が、3000人に増やしとりゃせんのか。証拠となる文書が見つかってないのをいいことによう。
 
平沢を無実とするためには、GHQの実験ということにせねばならない。GHQの実験にするには、平沢が犯人であってはいけない。この話ではすべてがそうだ。そうだから、平沢にとって都合の悪いピースは嘘で覆い隠し、GHQ実験のピースは嘘で飾り立てる。溝呂木大祐は、
 
   *
 
 そして、人体実験に際し、被験者を不審に思わせない常套手段が、
「近くで伝染病が発生。予防のために2種類の薬を飲め」
 と指示するものだったといわれているのだ。
 
   *
 
と書く。いわれているのか。誰が言うのだ。秘密に3千殺したが、秘密は守られているのだから誰も知らなかったことを。
 
いや、秘密は守られてなどいなかった。ハルビンでペストの実験していたことなどは漏れていて、〈七三一〉とか〈石井〉の名まではともかくとして広く知られることになってた。どうやらやっていたらしい、と。
 
そんなところに帝銀事件が起きたので、人々はすぐ噂していた。その隊員の仕業じゃないか。その裏にはGHQが、と。
 
で、すぐさま言う者がいる。こないだ見せた画に、
 
画像:似寄品
 
こんなのがあったが、ただの水が入っていたとみられるビンに〈SECOND〉と書いてあった話を知ると、
 
「やはりその隊員だ。大陸で毒を実験したやり方だ。毒を〈ファースト・ドラッグ〉と呼び、水を〈セカンド・ドラッグ〉と呼ぶ。そうやって――」
 
なんてこと知ってるように言うやつが。そいつは知ってるわけじゃない。自分が知っているように他人に思わせたいだけだ。
 
しかしそいつがそう言うことで、それが本当になってしまう。甲斐や成智がそれを〈本当のこと〉と取る。
 
そして自分が気に入ることを言ってくれる者を探す。甲斐は伴とかいうのを見つけた。成智もまた別のを見つけた。
 
「犯人は毒を〈ファースト・ドラッグ〉、水を〈セカンド・ドラッグ〉と言ったそうですが……」
 
言ってない。水のビンに〈SECOND〉と書いてあっただけだが、
 
「はい。それは大陸で我々がやったやり方です」 
 
   百圓札一枚。
 
「やっぱり。それにこれこれこういうやり方をしたということですが」 
 
「それも我々のやり方です」
 
   百圓札一枚。
 
というようにして甲斐も成智も、いいようにカネを巻き上げられた。そして成智は、
 
「やったぞ。これは藤田部長に報告せねば。そして津田沼研究所を内偵させてもらうんだ。今日からオレは秘密捜査官だ!」
 
という、部下がそういうかなり困ったやつであるのを知らない藤田は、そのころ警視庁でこう言っていた。
 
作品名:端数報告2 作家名:島田信之