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短編集87(過去作品)

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 二重人格ではないかと思うこともあるが、好きなことに一生懸命になって我を忘れるような人は自分だけではないはずなので、そこまで心配はしていない。逆に自分にも、
――こんなに熱くなれるものがあるんだ――
 と再認識させられた。
 しかし、俊太郎は世間が思っているほど、二重人格というものが悪いことだとは思っていない。
 相手によって態度が変わる人がいるが、日和見的な性格というだけで、二重人格とは限らない。どちらも褒められたものではないが、自分にもそんなところがあると思っているのは俊太郎だけではないだろう。
 だが、熱くなりやすい性格は、自分が損をするだけであまり人に害を与えるものではないように思う。熱くなりすぎて却ってまわりが冷めてしまうこともあるだろう。相手を冷静に見ることができる目を持っている俊太郎には、自分が二重人格ではないかと感じるだけいいのかも知れない。
 一番怖いのは、二重人格を毛嫌いしているくせに、自分が二重人格であることに気付かない人、これが一番困る。
 二重人格性というには、誰しもが持っているものだ。それを認める勇気というのは、どれだけ自分を見つめることができるかということに繋がってくるはずである。俊太郎は自分が二重人格だと思ってさえしまえば、自分を見つめなおすことに違和感がなくなると思っている。だが、本当にそれだけでいいのかというのは、誰にも分からない。
 空を見ていてゆったりとした気分になる時ほど、自分を見つめなおせる時はない。まわりの雑音を気にすることなく、琥珀色のコーヒーの香りを思い浮かべていると、自然と気持ちも安らいでいくようだ。
「あなたっていい人ね」
 この言葉を素直に受け入れようと考えるのも、見上げた空がいつも同じだからだ。見上げている空の向こうからこちらを見つめている人の気配を感じることがある。それはきっと自分なのだと思うのだが、目を瞑ると、見下ろしている風景が瞼の裏に浮かんでくるからである。
 俊太郎は、普段は大人しいのに、突然キレることがあった。何かのきっかけなのだろうが、本人も後になって、
「一体、どの言葉にキレたのだろう?」
 と首を傾げるくらいだ。
 忘れっぽいところがある俊太郎は、何にキレたなど覚えているわけもない。根に持たないサラッとした性格なのが功を奏しているのか、まわりが分かっているのか、キレても、その後誰も文句を言うものもいない。下手に蒸し返してギクシャクするほどのこともないからである。
 キレる内容は、その時々で違うようだ。それだけに、いつどんな内容でキレるか分からないので始末に悪い。話し相手が少なくなるはずだ。下手にまわりに気を遣う方なので、萎縮もしてしまうのだ。
 なるべく自分の存在を消したいという潜在意識はそこからも来ているのだろう。
 しかし、キレると言っても、理不尽なことへの反発であることには違いない。人一倍正義感が強いと自負している俊太郎なので、ルールを破るモラルのなさに腹を立てることが多い。
 例えば、電車の中での携帯電話の使用だったり、喫煙場所以外での喫煙、ルールが決まった当初は、結構守られていないことが多かった。そんな現状を見て憂いていたのは間違いない。だが、それも大人になるにつれ、徐々にキレなくなっていった。
 昔のことを思い出すと年をとってきた証拠だというが、そうかも知れない。それでも気分的に余裕を感じるようになってきたのは嬉しいことで、年齢的にも落ち着かなければいけないと思っているだけに、安心もしている。
――子供の頃がある意味、一番余裕があったのかも知れない――
 今さらながらに気がついた。
 大人になるということへの期待と不安、どちらが大きかったかといえば、小学生の頃は圧倒的に不安が大きかった。友達と協調するというよりも気配を消していることが多かったことも不安の一つで、協調するだけの価値をどうしても見出せなかったのだ。
 小さい頃から、合理的なこと以外には興味がなかったのかも知れない。そのくせ、星の世界に魅入られたのは、大人になるという先の見えないことへの、静かな抵抗のようなものだったのだろうか。
 今になって考えると、それが一番正解に近いように思える。算数が好きだった俊太郎は、数字の規則的な羅列に興味を持っていた。それは合理的な考え方の裏づけになっていた事だろう。星を見ていても同じことだ。規則的に並んでいるように見える星でも。実際にはそれぞれの距離がまったく違う。立体なのに平面に見えてしまうという不思議さが、そのまま神秘さへと繋がるのだ。
 星の名前にしてもそうである。古代人が神話を元に命名しているではないか。ほとんどの星はギリシャ神話やローマ神話に由来している。それも古代人が、分からないまでも、星の世界に魅入られていたからに違いない。
 星は、いつも夜の帳とともに現われる。現われないということはありえない。だが、星の存在を気にしている人がどれだけいるだろうか。都会に住んでいればほとんど星を気にするということはない。満月であれば気になる人もいるだろうが、よほど気にして見ないと気になるものではない。
 股の下から、逆さに空を見た時のことを思い出した。本当は大きくて果てしない空なのに、そのことに気付かないのは、普通に見ているからだろう。角度を変えて見れば、これほど大きくて果てしないものはないことに気付くはずである。
 元々、俊太郎も自分から気配を消そうなどということを考えていたわけではない。友達の中の中心にいる人を羨ましいと思っていたこともあったし、実際に自分から話をしてみたこともあった。だが、星の世界を見つめている自分がロマンチストだと思っていたことがあったので、ロマンチックな話題に入ろうとすると言葉が続かない。自分が合理的なことを考えている反動から、星の世界を見つめていることに気付いていなかったのかも知れない。
 もちろん、反動だけではないのだろうが、余裕を持ちたいという気持ちと、どうしても理不尽なことは許せないという中途半端な正義感とが、ジレンマとなって俊太郎に襲い掛かっていたに違いない。
 だが、淑恵と出会って話をしている頃が一番よかった。大学を卒業してお互いに就職する頃に、自然消滅してしまった。会いたいと思う気持ちが少しずつ薄れてきたのか、それとも、自分たちの置かれた立場の変化があまりにも大きすぎ、順応できなくなってしまったのかも知れない。
――順応性がある方ではないよな――
 自分を顧みても、淑恵を考えても同じだった。融通が利かないとでもいうべきなのだろうか、精神的に落ち着かないのに、会っても気持ちが中途半端になってしまう。
――甘えがお互いの中に芽生えて、一方通行になってしまうかも知れない――
 そこまで考えてしまう。淑恵のことだから、彼女も同じことを考えているように思える。だから彼女も連絡を取ろうとしないのだ。一度会って、しっかりと話したい気持ちはあるが、それにももう少しまわりの環境に慣れないことにはどうしようもなかった。
作品名:短編集87(過去作品) 作家名:森本晃次