短編集87(過去作品)
会社を運営していくのもギャンブルに似ていると考えたことがあった。確かに地道な道を歩んでいて、汚れたことは三木に任せているが、いずれは自分もどこかで三木を助けなければならないだろう。その時に三木の後方部隊のようになって、今までにはない角度を作ることになる。それを考えると、どこかに三すくみの関係ができるように思えてならないのだ。
――三すくみのもう一人とは、案外三木か私のどちらかなのかも知れないな――
ということを考えると、時々気になっている、
――もう一人の自分――
というものの存在を意識してしまう。もう一人の自分という概念は今までにもあった。今思いついたわけではない。
かすみママとじゃんけんをしていると、
――勝ってはいけない――
という気持ちが自然と働いてしまう。かすみママとの関係は勝ち負けではない。会社の社長などをしていると、日頃から勝ち負けを嫌が上にも意識してしまって、勝つことを要求されてしまう。しかし、安らぎと心の余裕を感じたくてやってくるスナック「しらさぎ」で、しかも相手はかすみママ、
――勝ってはいけない――
と感じるのも無理もないことだ。
しかしそう、感じれば感じるほど、相手に勝ってしまう。
――ひょっとしてママも同じことを考えているんじゃないかな――
あいこならいいのだが、なぜか勝ち負けがハッキリしてしまうのだ。じゃんけんというのは奥が深い。
三すくみについては、今までに何度か夢を見ている。橋爪はそれほど同じ夢を見ることなどなかったが、三すくみに関しては何度か見ている。
潜在的な恐怖心を持っているからであろうか。それとも、思い入れがあるからなのか分からないが、本人が普段意識していることではない。
時々、不気味に思い出すことがあるとすれば、デジャブーを感じることであろうか。あまり超常現象というものを信じない橋爪だったが、デジャブーには何か曰くめいたものを感じていた。
――どこかで見たような気がする――
思い出そうとすると、記憶が一点で止まってしまってそれ以上を思い浮かべることは不可能だ。袋小路に入り込んでしまっているように思え、さらに視線を狭くする。そんなことが何度も起これば気持ち悪く感じるようになり、三すくみを思い浮かべてしまうのではないかと思えて仕方がない。
三すくみにも袋小路を感じるからだ。パーはグーに強いが、チョキには負ける。チョキはパーに勝つが、グーには負ける。グーはチョキには強いがパーには負ける。まさに縛られたイメージだ。
ヘビとカエルとナメクジを思い浮かべる人も多いだろう。これは舞台にもなっているほど有名な三すくみで、抜けることのできない永遠のしがらみなのだ。
橋爪はメビウスの輪を思い浮かべる。異次元へのパスポートのようなメビウスの輪、デジャブーが超常現象だと思うのはまさしくそこからだろう。
だが、本当にデジャブーは超常現象なのだろうか? 超常現象だと思うから不可思議なものに思えるが、本当は誰の中にも潜在的にあるもので、不思議でも何でもないことなのかも知れない。もしそうだとすると、三すくみという真理を発見した人はどんな発想の持ち主なのだろうかと考えてしまう。じゃんけんという遊びは心理学の原点のようにも感じられる。
自分の身近なところからまわりを見ていくと、袋小路について考えさせられることがちらほら出てくる。
住宅街に家があるが、一軒家に住んでいるわけではない。いわゆる高級マンションを買ったが、通勤に車を使うことはない。車を持っているが、事務所が雑居ビルを借りているので、駐車場の問題が引っかかる。
しかし、本当の理由は、帰りに呑んで帰った時の問題を考えてだが、あまり呑めない橋爪も家の近くでよく呑んで帰ることが多い。
そのまま気持ちよくなって眠るには、家の近くが都合がよく、ちょうど歩いて五分くらいのところに炉辺焼き屋があったりするのだ。
ほろ酔い気分で帰る時、同じような角を何度も曲がって家に帰ることになる。住宅街なので造りも変わらず、
――ここはさっきも通ったようだ――
と思えることもしばしばだ。
そんな時に感じるのが袋小路である。毎日歩いているから却って感覚が麻痺しているのだろうが、曲がってからの景色に違いこそあれ、曲がるところはほとんど変わらない。それだけに、
――ここを曲がったらポストがあるはず――
と毎度確認しながら帰っているのであって、そうでもしないと、自分が信じられない。ほろ酔い気分であるだけに、余計感覚が麻痺しているようなのだ。
今までその気持ちが狂ったことがなかったのは、無意識にでも、
――自分の感覚に間違いはないんだ――
と感じているからだろう。無意識だからこそ、自分の感覚が間違っていないのが自然であって、
――ひょっとして違う光景が現われたら――
と思って曲がれば本当に違う光景だったことがあった。
その日は珍しくかの完璧な泥酔で、本当に訳が分からなくなっていた。
――こんなに酔っているなんて――
自分でも不思議でたまらない。呑み始めはあまり顔に出ることもなく。気がつけば酔っているという感じなのだが、途中からセーブを掛けるので、そこまで酔うことはない。
気分のいい時と悪い時、どちらが酔うかといえば、早いのは気分のいい時だろう。気分が悪い時は悪酔いをするので、酔い始めるとすぐに頭が痛くなる。
――何度唸りながら帰ったことかな――
そんな時に、袋小路に入り込んだ気分になるのは無理のないことなのだろうか。
同じ場所を歩いているように思い始めてから、次第に暗くなってくるのを感じていた。気持ち悪さが漂ってきたが、最初はなぜなのか分からなかった。しかし、その原因はすぐに分かったのだが、もしその時にシラフだったら気付いたかどうか分からないだろう。
明るいうちに影を感じるのは当たり前のことだが、暗くなってきているにもかかわらず影は相変わらずに浮き上がって見えていた。しかも、少しずつ大きく感じられるから気持ち悪くもなるというもので、
――大きくなってくるのはなぜだろう――
と考えると、影の中にさらに暗い影を感じるからだった。
――まるで暗い中に明かりがあって、その向こうにも明かりを感じているようだ――
と感じ、どう表現しても相手に理解させるには難しいのではないかと思えた。
暗がりが広がっていくのが気持ち悪いのは、田舎で育った橋爪には分かっている。育った家は旧家と呼ばれるような家で、先祖は庄屋か名主ではなかっただろうか? あまりそういうことには興味がなかったので調べたり聞いたりしなかったが、家には蔵があるくらいの大きな屋敷だったのだ。
その蔵に写った、飼っていた犬の影に怯えた少年時代があった。夏のちょうど怪談の時期だったこともあり、友達から怖い話を聞いた後だったので、少し神経が高ぶっていたのだろう。子供の頃から怖がりではなかったが、超常現象にはそれなりに興味があった。その反面、気持ち悪さも感じていて、
――気持ち悪さと怖さとは違うんだ――
と虚勢を張る子供だった。
作品名:短編集87(過去作品) 作家名:森本晃次