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加害者のない事件

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 首に巻かれている紐を見て、気が動転するくらいだったら、警察の追求を逃れることもできず、すぐに犯行を認めてしまうことになるだろう。本当に犯人でなければ、下手なことはしない方いいに決まっている。
――おれとも、その場に紐を持ち去った人間にとって、決定的に不利になる何かがあったのだろうか?
 そう思うこともできる。
 ただ、この今目の前に見えているだけの情報では、推理しようにもなかなか難しい。とりあえずは、被害者の人間関係と、彼を恨んでいるものがいないかが捜査の中心になるだろう。
 もちろん、それに平行して、服用していた睡眠薬の出所や、凶器となった紐の捜索。紐は犯人が持ち去ったというのが有力であるが、現場で何が発見されるか分からない、その捜索も行われた。
 捜索が行われているその翌日、一人の女性が管轄警察署に出頭してきた。その表情には血の気がなく、いかにも、
「何かやりました」
 と言っているような表情である。
「あの……」
 と入り口から出てきた制服警官に声を掛けた。
「はい?」
 彼女の様子を変だとは思ったが、訝しがるような表情もせず、警官は答えた。
「実は私。人を殺したんです」
 と言って、その場に座り込んで泣き崩れていた。
 最初に見た表情は、目にクマができていた。きっと寝ていないのだろうと思ったが、泣き崩れた様子を見て、実際にこれまで相当泣いてきたのだろうという気もしていた。警官は一瞬うろたえたが、
「とりあえずここでは何ですから、中にお入りください」
 と言って、刑事課に連れて行った。
 そこにいたのは、今回のやく殺未遂事件を捜査していた門倉刑事だった。彼は相手が女性だということもあり、自首という大きな選択をしたことに対して敬意を表した。もしそれが本当で誰かを殺したのだとしても、自首するという行為に対して、無碍にはできないと思っていたのだ。
 彼女を奥の応接ソファーに座らせて、女性警官に持ってきてもらったお茶を勧め、落ち着いたかに見えたところで初めて質問した。
「ところで誰を殺したというのかね?」
 すると彼女は泣いていた顔を上げて、
「深溝雄一という大学生です。彼の首を絞めました」
 深溝雄一というのは、昨朝大学キャンパスで発見された例の男性だった。自分の担当事件でもあることで、門倉刑事はドキッとした。
「彼は死んでいませんよ」
 と、門倉刑事がいうと、彼女は非常に驚いた様子で、今まで滝のように流していた涙がピタリと止まったくらいだった。
「そんなことはありません」
 と言って、さらに食い下がってくる女に不信感を抱きながら門倉刑事は言った。
「意識はまだ戻っていませんが、死んだわけではありません」
 とキッパリと答えた。
 まだ信じられないという顔をした女性だったが、本当であれば、自首してくるくらいの覚悟を持ってきたのだから、相手が生きていると知れば、喜ぶべきであろう。何しろ自分は殺人犯ということにはならないのだから……。
――それとも、そんなに彼女は彼に死んでほしいと思うほど恨みがあるということか?
 と門倉刑事は考えてしまった。
 これは一体、どういうことになるというのだろうか?

                  以心伝心

 彼女の名前は里村瑞穂といい、大学から少し離れたところにあるスナックに勤める女性だった。
「君は、深溝という男とはどうして知り合ったんだい?」
「私は、短大を卒業してから就職ができなかったので、マンション、と言ってもコーポのような部屋ですけど、そこの隣にスナック勤めている人がいるのを知っていたので、自分でも務まるかどうか聞いてみたんです。彼女とは時々表で遭遇した時、ご挨拶はしていましたので、お話するのは苦にならなかったですね。ええ、話をするのは初めてでしたけど、気さくな感じの方だったので、違和感なくお話できました」
「それでその店で働くことになったんだね?」
「ええ」
「その中に深溝という人もお客さんにいらしたんです。でも、彼は一人で来ることはなく、いつもお友達と一緒でした」
「お友達というのは?」
「大学の同級生で、安川という方です。私はどちらかというと、深溝さんよりも安川さんの方が話しやすくて、しかも気が合ったと思っています。だから、私はいつも安川さんばかり意識していたんですね」
「じゃあ、深溝の方とすれば面白くなかったわけだ」
「そうでもなかったと思います。深溝さんには別の女の子が贔屓だったようで、結構お互いにそれぞれの男女ペアになっていたことが多かったですね」
「それじゃあ、店の女の子は多かったということかな?」
「というよりも、お客さんが少なかったと言えばいいんですかね。うちのお店は結構遅い時間、十時を過ぎないとサラリーマンのお客さんはこないんですよ。この街は都会から離れていますから、都会で食事や残業して、帰りに寄る場合は、どうしても午後十時を過ぎることになるんです。そういう意味で、それまではほとんどお客さんは来ませんので、いつもお二人が来られる時は、貸し切り状態になることが多いようですよ」
 と言っていた。
「だから、一対一でも成立するんですね?」
「ええ、お二人はそれぞれ女性の好みも違うようでしたから、うまく行ったんです。私は安川さん担当という感じでしたが、結構話は合ったんですよ」
 という。
 最初に出頭してきた時は、泣き崩れるばかりでどうなるかと思ったが、一度落ち着いてしまうと饒舌だった。元々話をするのが好きなのか、結構自分から話してくれる。人と話すことで落ち着きを取り戻す人もいるので、彼女もその類なのかも知れない。
「お二人はどんな感じでしたか?」
「女の子と一対一にはなっていましたが、お話の中でお二人の話題になると、もう一組の話を遮ってでも、自分の意見に同意させるというところがありました。それは安川さんというよりも、深溝さんの方があったかも知れません」
「というと、深溝くんは、どちらかというと空気が読めない方だったのかな?」
「そう言ってもいいと思います。スナックというお店でのお客様なので、私たちは何も言いませんが、あれを他の場所でやれば、結構顰蹙ものではないかと思います」
 と言って、初めて彼女は訝しそうな顔をした。
――ひょっとするとこの女は深溝のことを本当に鬱陶しく思っているのかも知れないな――
 と感じ、殺そうという意識はそのあたりから蓄積したのではないかと思った。
 しかし、それくらいのことで殺意を果たして持つかということだが、もう少し話を聞いてみないとそのあたりの真意は見えてこない気がした。
「男性お二人は結構仲がよさそうだったんですか?」
「ええそうですね。仲は良いと思います。ただ、私には分からない部分が多く、お二人にしか見えていないものがあったのではないかと思うんです。それが少しこわかったんですが……」
「ところで、あなたは安川さんと仲が良かったんですか?」
「ええ、実は以前にお店以外のところでバッタリお会いして、食事をご一緒したことがありました。いつも深溝さんとご一緒のところしか見たことがなかったので、新鮮でしたよ」
 と言って、顔を赤らめた気がした。
 彼女は続ける。
作品名:加害者のない事件 作家名:森本晃次