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加害者のない事件

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 安川も両面を持っていて、そのどちらが本当の自分かというのを考えるあまり、どちらかが善でどちらかが悪だというイメージを持っていた。だから、裏表をハッキリさせたい気持ちになるのだが、深溝はそのことにこだわっていなかった。
 安川はそんな深溝の性格を好きであったし、深溝の方も、そんな安川の性格を羨ましいと思っていた。
 お互いにそういう気持ちになったからこそ、惹かれあうことになったのだろう。
 同性愛にしてもそうだ。二人はお互いにどうして相手が好きなのか、どの部分が好きなのか、思いあぐんでいたようだ。しかし、身体を求めあうという比較的安易な発想で、重ね合った身体に、今度は気持ちがついていくことで、お互いのことが分かってきたのだ。
 つまり、お互いのことが分かってきたから身体を求めあったわけではなく、身体を求めあったことから、次第に見えていなかったものが見えてくるという関係をお互いに分かっていて、それが嬉しいと感じていたのだろう。
 ただ、同性愛という関係が、本当はそんなに長く続くものではないということなのか、それともやはり男はオンナを求めるものなのか、お互いにどこかでギクシャクし始めていた。
 しかも、そのタイミングが一致していたわけではなかった。タイミングが狂うくらいにお互いが行き違っていたことで、身体のリズムが合わなくなってきたのか、それとも安川が女に走ったことが原因なのか、それとも深溝のクスリ依存症が招いたことなのか、ハッキリとは分からない。
 安川の女に走ったのと、深溝がクスリに手を出したのはどっちが最初だったのだろう?
 安川がオンナと関係を持ったのは、オンナに走ったというよりも、今まで知らなかったオンナを知ることで、さらに深溝との関係を深めたいと思ったのも事実だった。
「だとすれば、深溝がクスリに走ったのも、同じように今までワンパターンの同性愛に一種のエッセンスを与えることで、より快感w得ようとしたのかも知れない」
 とも言えるのではないだろうか。
 確かに女性とのセックスの前にドラッグを使用するというのは、一般的でもある話なので、あり得ない話でもない。いや、信憑性としてはかなりあるだろう。ということは、深溝はまだ自分との関係を終わりにしようとは考えていなかったということだろうか。もしそうだとすれば、安川は大きな勘違いをしていたことになる。
 安川は注射器と、クスリの入ったそのケースを持ち帰った。持ち帰ったことを深溝は知らないだろう。この日が実際に深溝が殺されそうになった日であり、瑞穂が自首した日だったのだ。

                 結末

 安川は確かに深溝の部屋から注射器の入ったケースを持って帰り、家の大切なものを隠しておく場所に密かに隠しておいた。自分の部屋なのでそこまで厳重にしていなかったのがいけなかったのだろう。深溝を見舞いに行ったその日、家に帰ってきて確認してみると、秘密の隠し場所からなくなっていた。
――この場所を知っているのは、瑞穂だけのはずだ。ということは瑞穂が持って行ったのか?
 と思った。
 実際にそれができるのは瑞穂しかいない。この部屋の合鍵を持っているのは、瑞穂と深溝だけだからだ。深溝は先ほど入院先の病院で出会ったばかりではないか。深溝のはずはない。
 となると、考えられるのは瑞穂だけではないか。
――しかし、何のために?
 確かに瑞穂は、安川の部屋の状況は知っている。そして、彼の性格からどこに隠すかということも分かるのではないか。瑞穂という女は、実に勘のいいオンナだった。それは相手が安川だからなのかも知れないが、彼の行動パターンや何を言い始めるかということはすぐに分かるようだった。
「あなたって分かりやすいものね」
 と言って、よく笑っていたものである。
 安川もまんざらでもなく、その言葉にありがたみを感じていた。なぜなら自分のことを分かってくれている人はなかなかいないと思っていた。ただ、それは深溝が現れるまでで、彼も安川のことが手に取るように分かると言っていた。今ではどっちが一番自分のことを分かってくれているか分からないくらいだが、気持ちは深溝に傾いていた。
 部屋を家探しされた気配はない。それでは瑞穂は最初からそこに大切な何かがあるということに気付いて持って行ったということだろうか? もしそれが彼女の自首と何か関係があるのだとすれば、安川にもこの事件において、何か大きな責任を負わなければいけないところがあるのだろうか。
 瑞穂は、本当に安川のことを愛していたようだ。真面目で実直な深溝を、
「友達としては素敵な人だと思う」
 と言葉では言っていたが、どこか性質的にどこかどうしても許せないところがあったようだ。
「虫が好かない」
 というだけでは片づけられない何かがあるのだ。
 それはまるで、女性がクモのような動物を受け付けられないのと似ている。反射的に払いのけたりして、その後震えがしばらく治らないと言った助教に酷似しているのではないだろうか。
 だから、もし、
「あなたが彼の首を絞めたのよ」
 と言われたら、その時の意識が無意識であったとしても、自分がやったことに違いないと思うことだろう。
 あの時、意識を失っていて、気が付けば自分の手に麻縄が握られていて、その横で首を絞められて死んでいる自分の知り合いがいれば、自分がやったと思っても無理もない。しかもそれが毛嫌いしていて、嘔吐を催しかねない相手だとすれば、自分が殺したと信じ込んでも仕方がない。それだけ状況はひっ迫していたし、まわりに誰もいないので、証明してくれる人もいない。
 だが、逆に目撃者もいない。咄嗟に逃げ帰ることもできるだろう。むしろ普通の女の子であれば、逃げ帰ってしかるべきだ。それをその場に残って、しかも後で自首するなど、よほどふてぶてしい神経を持っているのか、逆に精神的に追い詰められたことで自首という安直な行動を取ってしまったかのどちらかだろう。
 瑞穂を知っている人は、そんな軽はずみな行動ができないことくらい分かっている。それだけに自首の理由が分からなかった。
 安川は瑞穂がなぜそこを物色したのか、想像もつかない。何か安川の弱みでも握って、自分と別れないような策を練ろうと考えたのかも知れない。だが、一度は自首した身、やはり考えが分からない。
 瑞穂はそれを持って、鎌倉を訪ねていた。鎌倉は自宅にいて、今度の事件についてまとめたノートを見て、いろいろ考えていたようだ。瑞穂が訪ねてきたと聞くと、少々驚いたが、すぐに中に通してくれた。
「やあ、これはこれは、いらっしゃい。今日はおひとりですか?」
 と、鎌倉が少々驚いたというのは、来訪者が瑞穂一人だったということだ。
「ええ、今日は私一人で参りました」
「どうですか? 少し落ち着かれましたか?」
「ええ、もう大丈夫です。この間はありがとうございました」
「いえいえ、それにしても今日はおひとりとは、つばささんにご予定があったのか、それともおひとりの方が都合がよかったのかな?」
「ええ、私一人の意志です。だから、私一人で参りました」
「なるほど、分かりました」
作品名:加害者のない事件 作家名:森本晃次