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加害者のない事件

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 という本能的な気持ちから仲良くなり、お互いに考えていることが分かってくると、友達などできるはずがないと思っていたヲタク二人にとって、これは運命の出会いだと言ってもいいだろう。
 それを思うと、ヲタクになってしまったことを後悔する毎日だったが、それでもやめられない自分にジレンマを感じ、誰にも相談できない苦しさもあって、四面楚歌を感じていただけに、たった一人と知り合っただけで、人生まったく違う色に見えてきたことが、二人には信じられない気持ちだった。
「アニメだって、立派な文化だし、日本が誇る芸術なんだ」
 と、思ってはいたが、声を大にしていう勇気がなかった二人は、知り合ったことで、声を大にして言いたい言葉に変わっていた。
 実際に言ってしまうと、少数派による負け犬の遠吠えに聞こえそうで、口にすることはなかったが、その代わり、他のヲタク連中が同じ気持ちを発信してくれている。結局二人はその他大勢でしかなかったが、それでもよかった。信じあえる仲間が増えたと思えばいいのであって、それまでヲタクは個別行動に、つるむとロクなことはないという思い込みから、自分で自分を嫌になっていた。
「まずは、自分で自分を好きになることだな」
 と最初に言い出したのは安川だった。彼は、考え方も理論的で、ヲタクには珍しいかと思えたが、実際のヲタクは、
「一つのことに特化して詳しい人たち」
 ということだと理解すると、自分がヲタクになってよかったと思うようになってきた二人だった。
 そんな二人がいつも楽しみに受けている学問が、心理学だった。二人は法学部に在籍していたが、一年生、二年生の間は、一般教頭科目が中心なので、心理学などの科目を選択することもできた。そんな中で二人が興味を持ったのは、
「ドッペルゲンガー」
 というものだった。
 ドッペルゲンガーというのは、ドイツ語で、
「重複歩行」
 とでも言えばいいのか、同じ人間が別々の場所で歩いているという発想である。
 つまりは、同じ時間、同じ次元でもう一人の自分が存在しているということである。
 ドッペルゲンガーというのは、
「その存在を見てしまうと、近い将来に死んでしまう」
 という都市伝説があった。
 しかし、これを都市伝説というべきかどうか、難しいところだ。過去の歴史を見ても、いろいろな著名人が自分のドッペルゲンガーを目撃するととで命を落としている。これを偶然として片づけていいものなのか。
 例えば、日本では芥川龍之介の話が有名である。
 彼の家に原稿をもらいに来た編集者が、机の上にある彼の原稿を読もうとした。すると彼は激高して、その原稿をビリビリに破いてゴミ箱に捨てたという。
 後日、原稿を貰いに行った同じ編集者は、睡眠薬を服毒し死んでいる龍之介を発見する。その時、先日、彼が破り捨てたはずの原稿がまったくの新品同然で見つかった。それが不思議であったという。さらに彼は自分のドッペルゲンガーを幾度か見たと言っているので、それも死に何らかの影響を与えているのではないかと言われる。
 ただ、彼の場合はずっと以前から死に対して考えていたようで、何度も自殺未遂を繰り返したうえでの最後だったようだ。とにかく謎に満ちているのは間違いない。
 他にも著名人で、ドッペルゲンガーを見たせいで死んでしまったという話を聞くが、二人は芥川龍之介の話にとても興味を持っていた。
「死を意識していたから死んでしあったというよりも、ドッペルゲンガーを見たことで、死ぬことが指名のように思えたのかも知れないな」
「じゃあ、彼はこの現実世界と死の世界を凌駕するような気持ちを持っていたということなのだろうか?」
「そうかも知れない、この世を悲観して死んだというのも考えられることだけど、死んだ後、この世に戻ってこれるという意識があったのかも知れないな」
「俺もそう思う。しかも、それは今までいた自分の世界ではない別の現実世界がそこには広がっているんじゃないか? 皆が死を怖がるのは、今のこの世界に戻ってこれないということが一番の原因だとすると、この世界以外の別の現実世界に行けるのであれば、行きたいと思う人があったとしてもいいんじゃないか。それだけこの世に未練もないし、自殺願望があるということは、この世でなければいいという考えに基づいているんだろうからな」
 二人はどうやら、死の世界が過去か未来か、自分の存在する世界があって、そこから戻ってくる場合は、同じ世界には戻れないというタイムパラドックスのような話をしていたのだ。
「でも、死後の世界というのは、どういう世界なんだろうか。天国と地獄とかあるみたいだけど」
 と安川がいうと、
「そうだな、だけど、天国と地獄だけではなく、この世を彷徨っている霊魂もあると聞くけどね」
 と深溝は言い、さらに続けた。
「考え方なんだろうけど、結局は宗教的な考えでこの世の戒めのために使われることが多いような気がするんだ。この世の行いが、あの世に行った時にどう自分に返ってくるかというようなね。俺はあまりそういう考えは好きじゃないな」
 品行方正で自由奔放な深溝らしい考えだ。
 テレビドラマなどでは、あの世の世界を描くことができず、その選択の場所として、何かの施設を描く作品もあった。どこかリアルな感じがするのは、死後の世界をこの世にあるもので表現しようとしているからではないかと二人は思っていた。
 それをアニメで表現すると、今度はリアルさに欠ける。アニメにも主いろいところがある反面、限界のようなものがあるのではないかと思ってもいた。
 二人はアニメヲタクであったが、普通のヲタクとは違い、どこか批判的なところがあった。そこがウマが合う証拠なのだろうが、それでもまったく一緒というわけではない。そうでなければ、二人はそれぞれお互いのコピー人間でしかないからだ。

                自首する女

 早朝の大学キャンパスというのは、どの季節でも落葉が振りまけれているような気がする。季節が空きであれば、銀杏並木のような落葉の吹雪が見えるのかも知れないが、冬などの木枯らしであっても、どこからか風に舞って落葉が散乱しているように見える。
 そんな早朝でも、いくつかの教室の電気はついている。理数系の学部は、実験や実習で泊まり込んで行うことも多い。夜が明けてくると、新鮮な空気を吸いに表に出てくる学生もチラホラいる。
 その日は土曜日だったので、徹夜明けで、そのまま解散というチームも多く、疲れた身体を表の水飲み場で伸ばして、眠気を覚まそうと懸命だった。
「実験も、だいぶ終盤に差し掛かってきたので、いよいよ本格的に結果を求めていかないとな」
 と同じチームの者同士が話をしている。
 実際にはいけないのだが、ほとんど誰もいないキャンバスなので、隅っこの方でタバコを吸っているグループがいる。何も食べていないので、本当は食事が食べたいのに、タバコを吸う。しょせん味などしないのに、口の寂しさを潤すだけで吸ってしまうタバコ。違反行為であるだけに、余計に我慢できないという心理に陥っているようだ。
 いつものように、非常階段の隅で数人が、ヤンキーのような座り方で円を描いてたむろしていると、そのうちの一人が、
作品名:加害者のない事件 作家名:森本晃次