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加害者のない事件

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 この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。ご了承願います。

                ウマの合う二人

 同じ人間でも、すぐ近くに自分と同じようなことを考える人間もいれば、まったく正反対の人間もいる。ここで話しているのは、
「……考える人間」
 であり、
「……考えている人間」
 ではないということを、諸君、覚えておいてくれたまえ。
 さて、人間というもの、いや、これは人間に限るものではないが、虫の合う人とつるむというのはこれは誰であっても同じであろう。会話も弾むし、一緒にいて楽しい。しかも批判されることはないので、自尊心が壊されることもない。
 しかし、そんな人とばかり一緒にいるということが、果たして可能なのだろうか? 人間というものは、まったく相いれない性格の人とも一緒にいてこそ生きられるということもある。
 例えば、まわりから見ても貧弱で、肉体的に誰と渡り合っても勝てそうにない人間は、少々の相手であっても勇敢に戦うような人のそばにいて、何とか自分の身を守ろうとするのではないか。いわゆるコバンザメのようにである。ただ、この場合、相手にも何か有利な点がなければ、この関係は成立しない。例えばこちらが相手に比べると利口であり、相手のお頭の回転を補って余りあるほどのものであれば、相手にとって不足はない。お互いにフィフティフィフティの関係になれるというものではないだろうか。
 そんな場合は少々意見が合わなくても仕方がない。生きていくためには共存共栄を目指さなければいけない時もあるだろう。
 ここに二人の男がいる。名前を深溝雄一と、明日香和恭吾という。この二人は恐ろしいほど馬が合い、一緒にいてもお互いに考えていることが分かるようで、まわりの人たちからは気持ち悪がられるほどの仲良しだった。お互いに何か不吉なことがあれば、本人よりも先に相手の方が気付いて、警告してあげることで難を逃れたということも何度もあったそうだ。
「そもそも、何度も難を逃れたというが、そんなに難があることの方が問題なんじゃないか?」
 とあまりにも二人の仲がいいことで、そんな余計なことを考える人もいるくらいで、確かに彼の言う通りでもあったは、二人はほとんど気にしていない。お互いが分かってくれていれば、それでいいという考えであった。
 だが、これは二人が一緒にいる間だけのことで、別々になると何をしているかは実際には分からない。相手は気付いているのかも知れないという思いがあることで、安川恭吾の方は気を付けるようにしていやが、深溝の方はどちらかというと天真爛漫だった。
「注意深いのは安川の方で、深溝の方は、あまり深くは前後のことを思い図ったりはしないタイプだ」
 ということであった。
 馬が合うと言っても、性格が同じだというわけではなく。お互いに相手のことがよく分かっているという間柄であったのだ。
 二人が知り合ったのは、大学に入学した時だった。今は三年生になっていて、それぞれ成人する年齢に達したが、成績は深溝の方がいい。なぜか生真面目で勉強熱心なのは安川の方なのだが、きっと要領の点で二人には大きな違いがあるのでだろう。
 ただ、お互いに相手のことを尊敬していて、尊敬している部分を羨ましく思っているのも事実だ。安川に対しては注意深いところ、深溝に対しては天真爛漫なくせに成績がよくて、要領のいいところだった。だが、羨ましいと思っているくせに、相手のようにはなりたくないという気持ちもあり、いずれ相手を見返してやるというくらいの気概をそれぞれに持っていた。
 そんな二人だったが、相手の考えが分かることで、周りからは、
「あの二人、いつも一緒で兄弟みたいだ。よほど性格が似ているんだろうな」
 と彼らを中途半端にしか知らない人間はそういう。
 ただ、彼らを中途半端にしか知らない連中も同じことであり、彼らまでがそう思い込むということは、それだけ二人の関係は実際の二人が考えている関係とは隔たりがあるのだろう。
 二人が知り合ったのは、大学キャンパスの中ではなかった。二人ともアニメが好きで、街のある同人誌の店でちょうど一緒になり、話をしているうちに、
「何だ。同じ大学の同じ学部で、学年も同じなんじゃないか。気が付かなかったな」
 と言って最初に食いついてきたのは、深浦の方だった。
「ああ、偶然ってあるんだな。俺はアニメが好きだなんて、ちょっと恥ずかしくて誰にも言えないから、友達なんか大学ではできないんだろうなって思っていたんだ」
 というと、今度は深溝が、
「俺もそうだったんだ、だから、同人誌の店で同じ趣味のやつと友達になれるかと思っていたんだけど、どうも皆それぞれに警戒しているようで、友達になんかなれる雰囲気じゃないんだよな」
 自分もヲタクの一員のくせして、そんなことを口にする。
 いや、ヲタクだからこそ、ヲタクの本当に嫌なところが見えているのかも知れない。他の人は最初から気持ち悪いと思い、目をまともに向けようとしないのだが、彼らは渦中にいる仲間という意識があるだけに、余計にまわりの目を気にしている姿を自分に置き換えてしまうことで、その限界が見えてしまうのかも知れない。
 そういう意味では二人とも、
「趣味趣向が合うもの同士なら、すべてにおいて気が合うわけではない」
 ということは分かっていたはずだ。
 だが、二人はウマが合った。それが不思議と大学でも一緒にいて、まわりの視線に違和感を抱いていたが、別に嫌だとは思わなかった。
「変な目で見るやつにはさせておけばいいだけさ」
 と言いあっていた。
 二人の間には喧嘩はなかった。喧嘩する理由がなかったからだ。喧嘩になりそうな雰囲気になっても、相手が何をされると嫌なのか、分かっている二人だから、相手の嫌がることはしない。それが仲良くやっていく秘訣だった。
 だが、逆に言えば、相手が嫌がることが何かを分かっているということは、それだけ危険であるということを、頭の中では分かっているだけに、実際にどうなるかなど、考えてみることはなかった。
 お互いに、
「無用だと思ったことをするのは、無駄なことだ」
 と考えていた。
 相手が同じように考えているということは二人には分からなかった。お互いに違うことを考えていれば、そのことについては分かるのに、同じことを考えている時は、相手の気持ちが伝わってこない。二人はそんな関係であった。
 そういう意味では、本当に、
「惹かれあっている」
 とは言い難いところがあったのだろう。
 それは気持ちで惹きあっているのか、違う意味で惹きあっているのかということを理解できていなかったからだ。
 ただ最初は、
「一緒にいて楽しい」
作品名:加害者のない事件 作家名:森本晃次