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加害者のない事件

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「そこまでは考えていません。同級生の人や友達が来る分にはいいと思います。普通の病人に対してのお見舞い程度であれば、私は歓迎だと思っていますよ。とにかく精神状態と記憶がない以外は別にどこも異常はないんです。普通に生活をしてもいいくらいだと思いますよ」
 と言った。
「私にはかなり重病に見えますが」
 と捜査主任がいうと、
「いえ、あれが彼の姿です。普段からあんな感じなんじゃないですか?」
 と、これは意外な答えが返ってきた。
「では、彼が治ったというのは、何を持って証明されるんですか? 様子が一緒なら、彼の話を聞くことって難しいですよね。自分で治ったと言っても、信憑性があるわけでもないし、かといって、ウソをついていると確定もできないし、どうなんでしょうね」
 と、捜査主任は聞いてみた。
「彼は、元々実直な性格なので、自分の中で辻褄の合わないことを一番嫌うという性質があります。これは性格というよりももっと厳格なもので、その矛盾を自分で意識すると、自分で自分の殻を作ってしまうのではないでしょうか? ただ、今はその機能がない状態ですので、より親しみやすくはなっていると思います。誰か彼の気持ちを和らげてくれる人がいればいいんですが」
 と言って、少し考えてみた。
 そして、先生は続けた。
「彼に友達はいなかったんですか?」
 と聞くと、
「一人いたようです。でも彼女はいなかったようですよ」
 というと、
「そうですか。だったらそのお友達と会うというのは記憶を取り戻すきっかけにはなると思います」
「分かりました。友達に相談してみます」
 と言って、捜査主任はこの話を門倉刑事に話した。
「安川のことですか? 彼の友達というと」
「そうだね、友達のよしみで、会うように話してくれないだろうか。これは捜査のだめだけではなく、深溝が自分を取り戻すチャンスにもなると思うんだ」
「分かりました。明日さっそく、安川に遭ってみようと思います」
 そう言って、安川に連絡を取ると、
「僕がですか? 僕はいいですが、深溝がどうですかね?」
 と、含みのある言い方をしたので、門倉は、
「おや?」
 と思ったが、とりあえず会わせなければ、何も進展しないと思い、捜査主任のいう通り逢わせてみることにした。
「とりあえず、明日私も病院に行ってみようと思うんだが、一緒に行ってくれると嬉しいんだがどうだろう?」
「僕は構いません」
 ということで話が落着した。
 それにしても安川は何をそんなに恐れているのだろう。何か気になることがあるのか、それは事件に関係のあることなのか、今時点では何とも言えなかった。
 翌日は、午前中学校があるということで、安川と落ち合ったのは、大学キャンパス前に午後一時だった。お互いに食事を済ませてからだったので、そのまま病院へ直行した。
「先生、深溝君の友達を連れてきました」
 と言って担当医師に引き合わせた。
「ああ、これは初めまして、深溝君の担当医です。すでに聞かれていると思いますが、彼は今記憶を半分失くしています。普段と少し違うかも知れませんが、そのおつもりで接してあげてください。喜怒哀楽はほとんど出ないと思います。ただ、彼は普段からあんな感じなんじゃないかと思うので、それほど違和感はないかも知れません」
 という注意を受けて、
「他に何か注意することはありますか?」
「とりあえず事件のことは口にしないように、そして彼が何かを我慢していて震えを感じたら、話をするのをやめて、私のところにいらしてください。無理にそのまま話そうとすると、きっと両極端になるかも知れません」
 と医者は言った。
――両極端?
 安川はそれを聞いて、どういうことか聞きただそうかと思ったが、自分の感じていることと少し違うような気がしたので、敢えて聞きなおすことはしなかった。ただ、彼の性格が一変するとは思えなかったからだ。
「それに、君はいつも通りの接し方でいいからね。下手に相手に合わせようとすると、今の彼は神経が敏感になっているので、決して自分から心を開こうとはしないでしょう。いくら親しい中でも最初に心を開かなければ、しばらくは他の人と同じで、相手をすることさえないと思われます。そこは重要なので、しっかりお願いしますね」
 と担当医師は言った。
 そして、女性看護師に付き添われる形で、安川は深溝の病室の入口へ向かった。他の病人と一緒にしてはいけないという判断で個室に入っていた彼の病室の前には一人の制服警官が立っていた。
「おや?」
 それを見て安川は不振に思った。
――なぜ警備が必要なんだ? 彼が自殺をする可能性であるからなのか? それとも、誰かに狙われているのが分かっているのかな?
 と感じた。
 彼への殺害が未遂に終わってから、そろそろ一週間が経とうとしている。何も警備員が立っていなければいけないわけではないはずだ――
 と思ったが、安川は入室に際して警官に頭を下げると、彼は背筋を伸ばして敬礼してくれた。かなり礼儀正しい警官のようだ。
 先に中に入った看護師だったが、
「どうぞ、お入りください」
 と言って、招き入れられた。
 ここまで厳重で、お見舞いも看護師同行というのは初めてで、緊張してしまった安川だったが、天井を見ながら寝ている深溝の頭にクルクルと白い包帯が巻かれているのを見ると、痛々しい限りで思わず目を逸らしそうになった。
「大丈夫かい?」
 と言って声を掛けると、深溝はこっちを向いたが、安川はその表情を見て、ギョッとした。
 明らかに顔はこっちを向いているが、目の焦点が合っていないのか、安川と目が合っていなかった。その表情はいつもの深溝ではなく、明らかに変だった。
 だが、安川は分かっていなかった。これが本当の深溝の表情であることを、そして今のような表情の深溝の方が、世間一般的に見ると、まだ普通に見えるということを理解していなかったのだ。それだけ普段、安川を見る目が異常であり、今安川が深溝を見ているメモ異常に思えるということをである。
 今慰めるような言葉を発した時に見せた安川の表情を、看護師は見て見ぬふりをしていたが、本当はゾッとするものを感じていた。安川の表情が異常だということは、男性よりも女性の方が敏感に感じるのだった。
 深溝が記憶を失っていて、半分無気力人間になってしまっているのは、安川との面会においては幸いだったのかも知れない。
――ひょっとすると、安川との再会をきっかけにして、深溝の記憶が戻るかも知れない――
 と目論んだ門倉刑事の計算は、どうやらうまく行かなかったようだ、
 まだ再会したばかりなので、すぐには分からないことではあったが、門倉の考えとしては、
――まず最初の一言を交わした時点で深溝の意識に変化がなければ、安川の存在というだけでは記憶が戻るというのは難しいかも知れないな――
 というものであった。
 少したとえは変だが、門倉は記憶が戻るとすれば、減算法だと思っていた。安川と深溝の再会は、
「まるで将棋のようだ」
 と考えた。
 というのは、
「一番隙のない布陣というのは、最初に並べた形(初)であり、一手差す(初手)ごとに隙が生まれる」
 と言われている。
作品名:加害者のない事件 作家名:森本晃次