加害者のない事件
「いえいえ、以前売れない小説などを書いていて、その時の題材が深層心理のような内容だったんですよ。小説ではうまく行きませんでしたが、新しく鞍替えした職で、役に立っていると思っていますよ」
と鎌倉氏がいうと、
「ほう、新しい職というのは?」
「私立探偵というやつですね。二年くらい前からやってるんですが」
その頃の鎌倉氏は、まだ警察関係者との面識はほとんどなかった。
この時の門倉刑事と知り合ったことで、少し警察の人ともかかわることになり、携わる事件も徐々に増えてきたのだ。
話をしていると、以前に解決した事件で覚えているものもあった門倉刑事が、
「ああ、あの事件を解決された探偵さんがあなただったわけですね?」
「ええ、お恥ずかしいばかりで」
ということで、この時を機会に仲良くなった。
最初はお互いに警戒されないかなどと思っていた自分が恥ずかしいくらいに、今では公私ともに仲良くしている。事件がある時、ない時、連絡を取るだけなら、いつでもできることであった。
門倉が鎌倉探偵を訪れ、今担当している事件が依頼人である里村瑞穂の事件であると聞くと、俄然興味を抱いた、楽しくなってきたと言ってもいいだろう。お互いに守秘義務に抵触しない程度に話をしながら、お互いの意見を戦わせてみたくなったとしても無理もないことだ。ただし、あくまでも表に出ている事実はすべて前述の通りである。それ以上のことは何も分かっていない。つまりがそのほとんどにおいて、想像の域を脱することはできないであろう。
「ところで安川君から、何か聞けましたか?」
と鎌倉氏は、門倉刑事に聞いた。
「いえ、何ともよく分からない感じですね。何かを隠しているようにも思うし、他の人の話を聞くと、彼は自由奔放で品行方正だという、いい意味にも悪い意味にも取れますからね。どう判断していいのかよく分からないというところでしょうか?」
「なるほど、僕の方も瑞穂さんはつばささんに話を聞くことができたのでいろいろ聞いてみたんですが、よく分からないことが多いですね。瑞穂さんは自分が首を絞めたと言っているんですが、その動機がよく分からない。しかも、彼女の方から誘い出したわけではなく、被害者の方から誘い出したというわけでしょう? この犯罪は最初からい紐状のものを用いているということで、最初から殺意があったと思えるんですが、そうなるとあの自首ですよね。彼女が殺意がなかったということを強調したいと思って自首したのだとすれば、紐状のものを用いたとは思えない。そもそもそのあたりから疑問は出てくるわけです」
と鎌倉がいうと、
「そうですね。しかももう一つ気になるのは、被害者が睡眠薬を服用していたということです。安川に聞くと、彼は自分で睡眠薬を服用することがあったということなので、持っていたとしても不思議はないのですが、だとすれば、自分で呼び出しておいて、人に会うのに睡眠薬を服用しているなど、ラリッてしまうか、そのまま眠りこんでしまうかで、まったく意味をなさないことになりますから、これもおかしなことですよね」
と門倉刑事が言った、
「そうなんですよ。睡眠薬というのが、一つのカギだとは思うんです。僕は彼が睡眠薬を持っていたことと、服用していたということと、別々に考えるべきでhないかとも思うんです。つまり、睡眠薬の使用目的は一つではないような気がします。それは本人に限ったことではなく、犯人、あるいはそれ以外の第三者で睡眠薬を利用する何かの目的があったと考えるのも一つですよね」
「ということは、被害者は睡眠薬を自分で飲んだわけではなく、何か別の目的があって、他の誰かが飲ませたということでしょうか?」
「その可能性もあると思っています」
「ひょっとして鎌倉さんは、この事件にはまだ表に出てきていない関係者がいて、その人のことを誰かが隠していると思われるんですか?」
「それも視野に入れています、ただし、その関係者というのが、いわゆる関係者という意味かどうかは分かりませんよ。キャストとしてクレジットされるべき人たちなのか、それともエキストラなのか、それも分かりません」
「その根拠はなんですか?」
と門倉刑事が聞くと、少し考えてから、
「根拠というか、誰かが何かを隠しているとすれば、人であってもいいわけですよね?」
と鎌倉は答えた。
「ザックリとした意見ではありますが、信憑性はありそうですね。何と言っても謎が多いうえに、最初に容疑者が自首してきているというおかしな事件ですからね。あらゆる面で見ていく必要があるんじゃないかと思うんですよ」
門倉刑事はあくまでも刑事で、探偵ではない。
警察組織の中で動く一つのコマであるだけに、自分の推理が警察ではなかなか採用されることはないだろう。そういう意味では鎌倉探偵と一緒に推理談義をすることで、そんなストレスを解消もできるし、まるで探偵の助手になったかのようで、子供の頃のわんぱく少年に戻ったようで、楽しくてしょうがなかった。
門倉刑事は中学時代からミステリー同好会に所属していて、そこから部に昇格させた実績もあるくらい、ミステリー好きであった。国内のミステリーはもちろん、海外のもの、そして探偵小説黎明期の作品も丹念に読んだものだった。
そんな経験があるので、推理することに関しては、
「三度の飯よりも好きだ」
と豪語もしている。
そういう意味で、鎌倉探偵という人と知り合いになれたことは、門倉刑事にとって、自分が出世することよりも嬉しく感じるかも知れない。
――実際に出世しても、キャリアではないんで、しょせん知れているさ――
と感じていた。
いっそこのまま警察を退職して、鎌倉探偵のところで助手をするのもいいかとも思ったが、こうやって推理談義ができるのであれば、対等に話せるという意味で、
「助手になるよりもこっちの方が楽しい」
ということで、警察退職は思いとどまったのである。
「謎を解くのは楽しいものだ」
というのが、門倉の思いだった。
そんなことを思っていると、ふと頭に思い浮かんだことがあり、呟くように言った。
「そういえば、安川と深溝って、お互いに友達だと思っているようなんだけど、何か安川の方が避けているようなところがあるのは気のせいなのだろうか?」
それを聞いた鎌倉は、
「どういうことだい?」
「確かに深溝は誰かに殺されかけて、その犯人として自首したのは自分の彼女の瑞穂だよね? この二人は安川を中心に結びついているように感じるので、安川としては、他人事ではない。彼は自由奔放な性格だということなので、こういう煩わしいことにはあまり関係したくないと考えると、深溝を避けるのは分かる気はするんですが、それにしても、まわりが彼を自由奔放と言ってはいるんですが、僕にはそれよりも何かこの事件で自分を蚊帳の外に置きたいと思っているように思えるんです」
と門倉刑事がいうと、