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加害者のない事件

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「俺とお前は鏡に写った自分を見ているようだっていうんだ。それは左右は対称なのに、上下は逆さまにならない。その理由というのは、ハッキリと分かっているわけではないが、人間の目の錯覚ではないかと思われている。俺たちはそんな関係なんじゃないかっていうんですよ」
 安川が何を言いたいのかさっぱり分からなかったが、深溝という男は真面目で一生懸命であるが、この安川は頭の回転が早く、要領のよさではピカイチなんだろうと思うのだった。
 だが、そんな深浦であったが、この表現は一体何なのだろう? 凡人のお前たちには分からないだろうとでも言いたげであった。
「ところで、深溝君というのは、生真面目で融通の利かないタイプだということは君が今言った通りなのだろうが、そういう人にありがちな欠点として、人を見下すというような素振りは彼にはあったかな?」
 刑事の言いたいことがよく分からなかったが、あまり深い意味も考えず、
「いいえ、そんなことはなかったと思いますよ。ただ少し人と変わっているようなところは感じましたけどね」
「というと?」
「結構ホラーが好きだったり、人が困っているのを見るのが実は好きだったり、一種のサディスティックなところがありましたね」
「それは男性に、女性に?」
「どちらにでもあったと思いますよ。こんなことに男女の違いが関係あるんですか?」
 と安川は言ったが、どうやら安川という男、風俗的な話は苦手なようで、ピンと来ていないようだった。
 女性に対してサディスティックなところがあるとすれば、それは性に関係してくることで、いわゆる、
「変態プレイ」
 に属することである。
 SMプレイと呼ばれるもので、ムチやろうそくを使ったものから、マゾの女性を蔑んだり、いたぶったりして凌辱するものである。
 そうなってくると、深溝の女関係は今は表に出てきていないが、相手はM性の強い女である可能性が高い。もし、相手がいないとすれば、彼は自分の性癖を持て余し、悶々とした日々を送っていたのかも知れない。
――だとすると、彼が瑞穂を呼び出したというのもそこに関係があるかも知れない――
 と刑事は思った。
 ただ、見ている限り、瑞穂がM性を持っているようには思えなかった。ただ、性癖というのは表から見ているだけでは決して分かるものではない。特に異常性癖なるものは、凡人には分からないだろう。
「分かる人が見れば分かるのだが、普通に見ていれば分からない人って、結構変質的な部分を持っていることが多い」
 というのは、今まで数々の事件を見てきたうえでの、刑事としての勘のようなものだ。
「事実は小説よりも奇なり」
 と言われるが、小説で書けないようなことも実際に起こったりするのが世の中というもので、瑞穂を中心に深溝、そして安川と、歪な男女関係がそこには存在しているように思えてならなかった。
 この三人を絵で描くとなると、不思議な三角形が出来上がるような気がした。決して正三角形ではないと思うが、二等辺三角形でもない。もし、二等辺三角形だとすると、一番狭いのは、安川と瑞穂の間ではないような気がする。
――ひょっとすると、安川を中心に、瑞穂と深溝とが同じ距離にあるのかも知れないな――
 と感じた。
 そして、深溝と瑞穂はそれぞれそのことを知らない。扇の中心にいるのはあくまでも安川であって、しかもそのことを安川は理解していないように感じた。だからこそ安川から見た深溝のことを、
「あいつは、人が困るところを見るのが好きなサディストだ」
 などと、隠すこともなく口にできるのだろう。
 ただ、空気が読めないだけなのか、それもすべてが安川の計算なのか、ひょっとすると天才肌なのは深溝ではなく、安川なのかも知れない。
 もし、安川は何かを計算に入れているとすれば、それは何なのか、
「それは誰にも知られたくない安川の中に、そんな秘密が隠されているのではないか?」
 と刑事は感じたが、そのことをメモに書いていた。
 この刑事は他の人に比べてメモを取ることが多く、事情聴取だけではなく、いろいろなことをメモるのが好きで、一種の趣味のようなものだった。メモることが癖になってくると、メモるだけメモって、実際に読み返さないことも多かったりする。そんな彼の特徴を知っていて、この特徴に興味を持っているのが、鎌倉探偵だったのだ。
 刑事はもう一つ気になっていた質問があった。
「君は、深溝さんが睡眠薬を服用していたというのは知っていたかね?」
「ええ、殺害されそうになった時でしょう? この話は聞いています」
「いや、そうじゃなくて、彼が常用的に睡眠薬を使っていたのかということなんだけどね」
 と聞かれて、刑事が何を言いたいのかが分かった気がした。
「ああ、そのことですね。たまにですが、眠れない時には使用していると言っていましたよ。彼はたまにですが不眠症のようになるみたいで、病院で処方箋をもらって、それを薬局に持っていくと言っていました。だから僕は彼が睡眠薬を飲んでいたと言われても、さほどビックリはしなかったですね」
「でもね、人を呼び出しておいて、睡眠薬を飲んでいくかね?」
「そう言われていればそうですよね。でも確かに彼は時々睡眠薬を飲むとは言っていました」
「そうですか、分かりました。ありがとうございました」
 と言って、門倉刑事の安川への調べは終わった。
 ここで分かったことが一つだけあった、睡眠薬を誰がどこで手に入れたのかということであるが、被害者が常用していたことが安川の口から聞くことができた。もちろん、安川の証言がすべて本当だという前提の元であるが、少なくとも被害者の深溝が誰かに睡眠薬を前もって飲まされていたという可能性はグッと少なくなった。ただ、人に会いに行くのに自分から睡眠薬を飲むというのもおかしなことであった。何か、そこにからくりがあるのではないかと、門倉刑事は思っていた。
 門倉刑事は、その日、馴染みである鎌倉探偵の元を訪れた。鎌倉探偵と知り合ったのは、今から半年ほど前のことだったが、元々門倉刑事の馴染みの喫茶店に、鎌倉探偵がたまたま訪れたのがきっかけだった。
 最初はお互いに相手のことを刑事だとも探偵だとも思わず、世間話や学生時代などの他愛もない話に花を咲かせていた。特に門倉刑事は鎌倉氏が話す、深層心理の話などに感銘を受け、最初はどこかの大学の心理学の先生ではないかと思っていた。お互いに年齢的にはまだ三十半ばくらいなので、教授にまではなっていないと思っていたが、その知識と発想力には敬意を表していた。その頃までお互いになぜか相手の素性を聞くことはなかった。それは自分の素性を明かしたくないというお互いの気持ちがあったからで、せっかく気兼ねなく話ができているのに、お互いに刑事だとか、探偵だとか名乗ってしまうと、相手が構えてしまうことを警戒したからだった。
 最初に相手のことを切り出したのは門倉刑事の方だった。鎌倉氏の深層心理に対しての意見に魅了されて、思わず、
「大学の教授か何かですか?」
 と聞いてしまった。
 すると、鎌倉氏も、別に聞かれたことで隠す様子もないようで、
作品名:加害者のない事件 作家名:森本晃次