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加害者のない事件

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「想像以上に冷静で、物事を広く見ることができる人だ」
 と思っていて、どうしても、贔屓目に見ているという印象がなかった。
 もし、ここに彼女のジレンマが存在しているとすればどうだろう?
 瑞穂という女性は、自分の性格を分かっていると思う。そんな彼女が安川にだけ贔屓目になってしまうことを、まるで自分という人間の性格を自らで否定しているように思えたとしても無理のないことだ。それがジレンマとなって自分を追い詰めているとすれば、彼女の中で、
――発想の堂々巡りを繰り返している――
 と言ってもいいのではないか。
 それだけ瑞穂という女性は自分のことを分かっている女性だ。だからこそ陥ってしまったジレンマに対して、どうしていいのか分からなくなるのではないだろうか。
 その傾向は、躁鬱症を抱く人に言えるのではないかと思っている。
 一度鬱状態に落ち込めば、まわりが一変したように感じ、景色の色が微妙に変わってくる。青が緑掛かって見え、赤い色が淡く感じられるようになる。それは信号機で特に感じられることであり、人によっては、逆の色を感じることもあるようだ。
 鎌倉も以前、特に学生時代などは躁鬱症に悩まされたことがあり、今ではほとんどなくなっていたが、やはり色が微妙に違い、まるで別世界が感じられたのを覚えている。
 彼の場合は、鬱状態になればなるほど、色が原色に近く感じられた。それは、昼と夜の違いに感じられるものだった。
 昼は明るく、光に照らされているので、色が若干淡く感じられる。青が緑に見えたりするのもそのせいだ。
 だが夜にはその色がハッキリしてくる。まわりが暗くなっていることからそう感じるのだとは分かっているが、身体の疲れが比例しているように思えていた。夜になると一日の疲れが押し寄せてくる。そのために余計に色に関して敏感になるようだった。まわりが暗いのも影響して、色がより原色に近く見えるのもそのせいであろう。
「二重人格というのは、病気であり、精神的に言っても、神経的に言っても、どちらもとどのつまりが病気を示唆しているのではないか」
 ということであった。
 普通の人は、これを病気だとは思わない。それはあくまでも自分のことに限ってのことであるが、他人が二重人格者であれば、なるべく関わりたくないと思うほど、厄介であるということも分かり切っている。
「二重人格という言葉、今回の登場人物の中で一番ふさわしいのは誰なのか?」
 と聞かれれば、一番最初に感じるのは、表面上では安川ではないかと思われる。
 しかし実際に冷静になって考えると、
「瑞穂なんじゃないかな?」
 と鎌倉は考えていた。
 この事件は表面に出ていることだけを見ていたのでは真実が見えてこない。表面の裏を見ることも大切だ。ただ、この場合の表面の裏という言葉、ただの裏側というだけのことではないということに注目していただきたい。いずれ読者諸君にも分かってくることであろう。
 安川も一応の関係者ということで、警察の事情聴取を受けた。深溝はまだ意識が完全に戻っていないので、深溝への直接の聴取ができない以上、まずは関係者から当たるしかないのが、警察の捜査状況であった。
 安川は別に重要参考人でもないので、任意の事情聴取である。したがって警察署に赴くことはなく、刑事が近くの喫茶店に入り、聴取を行った。事情聴取を行った刑事とは担当刑事である門倉刑事であった、
「わざわざご足労頂き、申し訳ありません。お話というのはこの間のあなたのお友達である深溝さんが、あなたの彼女と言ってもいいですかね? その里村瑞穂さんに殺されかけたという事件を捜査しておりますので、その件に関していくつかお伺いしたいと思いまして時間を割いていただきました」
 と刑事が丁寧に説明すると、
「ええ、それは分かっています。しかし今言われたことは事実なんですか? 瑞穂が深溝を殺そうとしたということですが」
「瑞穂さんが自分から出頭してきて、自分が殺そうとしたと言っているので、表に出ている通りにお話したまでです」
「じゃあ、彼女が殺そうとしたというのは彼女の話だけで、確証があるわけではないんですね?」
 と、安川はまずこのことにこだわっているようだった。
 やはり自分の恋人が殺してはいないとは言え、殺人未遂事件を起こし、その殺されそうになった相手が自分の友達ということを考えれば、安川としても、ちゃんとした情報を知っておかなければいけないと思ったのだろう。。今後の二人への接し方もあるからであった。
「確かにその通りです。彼女の今後の取り調べにおいて、こちらとしても、そのまわりの事情を知っておかなければ事情聴取も進みません。したがって、彼女、さらには被害者の深溝氏の人間関係を今捜査しているというところです」
 と捜査に来た刑事はそう言った。
「では、先ほどの刑事さんのもう一つの疑問ですが、僕と瑞穂は真剣にお付き合いをしています。恋人と思っていただいて差し支えないと思いますよ」
 と、刑事が聞く前に、聞かれるであろうことを察して、安川は自分から彼女との関係を告白した。
 ただ、これも最初から分かっていることであって、さしたる特別な話でもないので、刑事もあまり気にしてはいなかった。
「じゃあ、深溝氏とは結構仲が良かったんですか?」
「ええ、彼とは大学に入学してから最初にできた友達でしてね。それが面白いことに、僕たちってそんなに性格が似ているわけではないんですよ。むしろ正反対と言ってもいいくらいだったのに、よくこれで友達になれたなって、今でも笑い話になるくらいの関係なので、いわゆる凸凹コンビと言ってもいいのではないでしょうか?」
 と、安川は笑いながら答えた。
「ほう、正反対な性格だということを自覚されているわけですね?」
「ええ、深溝は真面目な性格で、何でも真正面から見ないと気が済まないところがあって、悪くいうと融通が利かないところがあるくらいです。でも、それも仕方のないところだと思うんですが、僕の場合は結構な優柔不断なところがあって、そのかわりフットワークが軽いので、彼に比べて融通が利いて、まわりからは、接しやすいと言われいます。そういう意味で、お互いに長所でもあり短所でもあるところが正反対という意味でしょうか?」
 と、少し意味不明な表現を、安川はした。
 しかし、これが彼特有の表現方法で、分かる人が見ればよく分かるのだろう。それが男性では深溝であり、女性では瑞穂なのではないかと、刑事は感じた。
「大学というところは、本当にいろいろな人がいますからね。高校時代までとはまったく違う。どこからこんな連中が集まってきたんだろうって思いますよ」
 と安川は言った。
 彼の意見はいちいちその通りなのだが、どこか掴みどころがない。それが長所でもあり短所でもあるのかも知れないが、優柔不断に見えるところであり、魅力的に見えるところなのかも知れない。特に大学生の間では優柔不断でもフットワークが軽いと、優柔不断なところを凌駕しているように見えるのではないかと、刑事は思っていた。
「そういえば、深溝が面白いことを言っていたな」
「どんなことだい?」
作品名:加害者のない事件 作家名:森本晃次