加害者のない事件
「いいえ、自首した時は、まだ気が動転していたので、ここまで冷静になっていなかったので、自分でも思い出せていませんでした。警察に今度呼ばれた時に、これを話しても構いませんか?」
と不安そうに瑞穂は言った。
「ええ、構いませんよ。下手に隠しておいて、後でバレる方がもっと怖い」
と鎌倉探偵は言ったが、
――まさにその通り――
と、瑞穂も思っていたので、意見が合ったことは彼女の気を少し楽にするような気がした。
確かにあの時思い出せなかったのだろうが、後からの証言ということになると、警察の人の心象が悪くなるのは嫌だと思った。彼女が自首したのは、
「逃げられないのであれば、警察の心象を悪くしないように」
という考えであった。
瑞穂は小学生の頃、いじめられっ子だった。それほど陰湿なものではなかったが、少しくらいのトラウマとして残ったに違いない。そんな彼女は、苛めに遭っている時の教訓として、
「下手に逆らうと、ひどい目に遭う。なるべく逆らわずにやり過ごそう」
といういじめられっ子特有の考えを持っていた。
だから、自分から出頭する「自首」という形を取り、
「そうせ逃げられないのだから、攻撃を最小限に抑えて……」
と考えたに違いない。
そもそも自首などをする人は、昔に何かトラウマを持っているものなのかも知れない。それが子供の頃の苛めであったり、大人になってからも、いつも誰かに騙されたりしていると、自然と性格も消極的になり、せっかくの自分の性格が、環境委よってまわりからメッキを塗られたようなそんな性格になってしまうのではないだろうか。
「メッキがはがれる」
と言われるが、はがれた方がいいような性格もあるのかも知れないと、鎌倉探偵は思っていた。
「さて、もう一つなのですが、私が思うのは、なぜあそこだったのか? という疑問です。あの場所は人通りこそ少ないが、いくら朝でも、いや朝だからこそ、理数系の学生は徹夜での研究の後に朝の空気を吸いに出てくるのは分かっていると思うのですが、それに関してはどうお感じになりますか?」
と鎌倉は聞いてきた。
この疑問は自首した時にもあったことなので、あれから少し考えてみたが、結局何ら結論めいたことは頭に浮かんでくることはなかった。
したがって、
「私も疑問に感じているんですが、分からないです」
と答えるより仕方なかったのである。
「彼が睡眠薬を服用していたことに関係でもあるのでしょうかね。今のところはいくつか疑問点があぶり出されてきてはいますが、それぞれに何ら関係のない、繋がりのない疑問に感じられます。それぞれを一つ一つ潰していくか、あるいは、何らかの関係があるのではと疑っていて、考えていくかではないかと思うんです。まったく関係のないようなことでも発想を広げていけば、どこかで繋がってくるかも知れませんからね。私はそうやっていろいろ調査をしてきたものですから、事件などというものは、表に出ていることだけを見ていると、根本的な解決にはなりません。それは実際に起こっている現象にしてもそうでしょうが、人間の心理、考え方においてもそうだと思っています。基本的に何かの行動は、その人の潜在意識によるものでしょうからね」
と、鎌倉探偵は言った。
そのことに間違いはないと、二人は思った。スナックで接客している時も、相手が何を考えているかを思う時、相手の行動から探ろうとすることも多い。何気ない行動がその人の心理を示していることもあるもので、相手が何を考えているか分からない時に相手を観察するということが、考えていることを理解するための大いなる糸口になるものだと思っていたからだ。
「お話、よく分かります。私たちも参考にできればと思っています」
と瑞穂が答えた。
それにしても、この瑞穂という女性、自首した女性とは思えないほどに冷静であった。この冷静さは、話に聞いているだけではあるが、まるで深溝のようではないか。ひょっとすると安川という男性も、そしてここにいるつばきという女性も、深溝と瑞穂が性格的に酷似していることに気付いていたとしても、それは無理もないことである。
安川は瑞穂と付き合っていて、さらに深溝とは親友のような間柄というではないか。安川が二人の性格の酷似に気付かないわけはない。そう思うと、この事件で今のところ表に出てきていないが、安川という男がどこかで大きく関わっているのではないかと思ったとしても仕方がない。
この考えを一番強く持ったのが、鎌倉探偵だった。
――おや?
そう思った時、鎌倉探偵の脳裏を軽く掠めたことがあった。
――彼女が自首をしたのは、自己防衛の気持ちからなどではなく、誰かを庇っているからではないか?
と思った。
こちらの方が自首をしたと聞いて、最初に考えることである。いくら逃げられないと思い、刑事の心象をよくしたいと思ったとしても、いきなり自首を考えたというのは、性急すぎるからである。
特に瑞穂のような女性が、そう簡単にまるで何も考えていないかのような自首という行動を考えるまでもなく行うというのは考えにくい。これほど冷静に話ができて、今のようにまるで自分が捜査圏外にでもいるかのような態度はとれるはずもないと思っているからである。
もし、彼女が庇っているとすれば、最愛の相手である安川しかいないだろう。それにしても、彼女の口から安川のことがあまり聞けていないような気がした。意識的にこの事件の圏外においておきたいという考えであろうか。
性格的に自由奔放で天真爛漫。まるで女性のようなフラフラした男性に、彼女のような冷静沈着な女性が恋人として一緒にいるというのは、どうにも不自然な気がする。
――瑞穂さんは、安川という男性に、騙されているか、あるいは、翻弄されているのではないか?
と鎌倉は考えるようになった。
門倉刑事
それからどれくらいの時間が経ったというのか、形式的な聞き取りを終えて、二人の来訪が終わった。鎌倉探偵が、安川と瑞穂に疑問を感じているというくだりからの終盤の話は取り立てて事件に重要な関係を持つものではなかったので、敢えてこの場で論ずる衣ないと思われた。
鎌倉探偵は、事務員にコーヒーを所望して、しばらく一人で物思いに耽っていた。
――この事件は単純に見えるが、その奥に何かがあるということは何となく分かっていた。しかしそれが心理的なものなのか、それともまったく別の何かが影響していて、ただ見えていないだけなのかが分からない――
そんな風に考えていた。
カギを握っているのは、当事者の瑞穂はもちろんのこと、安川という男が関わってくることになるとは感じていた。女二人から、口を揃えて、
「品行方正な自由奔放な性格」
と揶揄されている。
聞こえは悪くないが、どこか優柔不断で軽い性格に見えなくもない。話を聞いていると、つばさの方では彼のことを優柔不断という言葉の代わりに、きっと瑞穂の手前、正面切って言えなかったのではないだろうか。瑞穂の方は、相手が恋人であるという意識からなのか、贔屓目に見てしまい、優柔不断とまでは思っていないのかも知れない。
しかし、鎌倉探偵が見ていて、瑞穂という女性は、