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短編集86(過去作品)

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 実際に不安を感じて苦しんでいる自分を表から冷静に見ているもう一人の自分。もう一人の自分の存在がなければ、きっと精神的に耐えられるものではないだろう。あくまでも他人事のように見ている。他人事のように見れる自分がいるから、鬱状態に入っている自分が今どんな心境なのか、分かっているのかも知れない。
 暑さと冷たさを同時に感じているようなものだ。普通同じ人間なら、どちらかに神経が集中してしまって、どちらかしか感じることができないだろう。それも個人差かも知れないが、少なくとも俊介には同時に感じることは不可能だった。
――落ち込めば、立ち直るまでに時間は掛かるだろうが、立ち直れないことは絶対にない――
 と思っている。それはもう一人の自分の存在を感じるからだ。
 もう一人の自分というのは、その時になって形成されるものではない。普段から自分の中にいて、どうかした時にいることに気付く。まるで普段は影武者のようにひっそりと佇んでいるに違いない。
 鬱状態というのは、陥る時と、終わる時が分かるものである。それはきっともう一人の自分が表に出る時であり、そして、表にいた自分がまたひっそりと自分の中に隠れてしまう時なのだろう。まるで夢と現実の狭間を見つめているように思う。
――鬱状態に陥っている時――
 それは、夢と現実の狭間で蠢いている時かも知れない。現実として見つめている自分、そして蠢いている自分を見て、まるで夢の中を垣間見ているように思える冷静な自分。あくまでも目は一つなのだ。それでよく同時に感じることができるものだと思うのだが、目で見ているものすべてが現実だと思っている時と精神的に違うのだ。鬱状態の時の方が、何か特殊な能力を発揮できるような気がしてくるのもまんざらではない。
 人間は自分の潜在能力の十分の一も使っていないというではないか。誰もが持ち合わせている超能力、信じてみたい気がするようになると、鬱状態への入り口だと言える。
 誰もが掛かる「五月病」、しかし俊介の鬱状態は、他の人とは少し違うように思えてならない。他の人が、
――五月病なので仕方がない――
 と後から考えて、そのまま済ませているようなら俊介の鬱状態とは違うだろう。俊介は今回の鬱状態をこれで終わりだと思っていない。これからもちょくちょく襲ってくる鬱状態だと感じている。
 沙織や歳三とはそれからもあいばらくは連絡を取り合っていた。今でこそ、稀になってしまっていた。会社での仕事が一段落して、どこかで会いたいものだと鬱状態の時に感じていたが、実際に鬱状態から抜けると、今度は会うのが億劫になる。
――今は仕事が面白くて仕方がない――
 落ち込んでいた頃がまるで夢のようだ。あの頃は辛い時でも、親友の顔を思い浮かべることだけは欠かさなかった。楽しい時の思い出が脳裏に浮かび、暖かさを感じることができたからだ。
 現実逃避だと言われるかも知れないが、それでもよかった。皆がなるもので、誰もが苦しむものだ。切り抜け方もさまざまで、現実逃避の中から自分を見つめなおすことができればそれでもいいだろう。
 趣味を持っている人は、それに打ち込んでいた。旅行好きの人は、旅行に出かけることでリフレッシュし、表情は出かける前と違ったものになっていたりする。沙織と歳三は元々趣味が同じでくっついた仲である。今でもその趣味は続けているのだろうか?
 当然、続けていると思っていた。二人ともクラシックが好きで、コンサートに出かけていたりして、気分転換にはクラシックもいいに違いない。
 鬱状態から抜ける少し前、抜けるということが分かる。そんな時、自分にゆとりを持ちたいという思いと気分転換から、クラシックを聴きに行くことを思いついた。
 思いついたが吉日、さっそくその日の夜に見に行った。ちょうどどこかの国のフィルハーモニーが来ていて、電車に乗った時、中吊りで見たものだった。
 街を歩けば夜とはいえ、少し背中に汗を掻くほどの時期である。風が心地よく、少し大きな川に掛かった橋から見下ろすと、ネオンサインが揺れて見える。少し立ち止まってみていることにした。
――都会では星が見えないので、寂しいな――
 田舎で育った俊介は、星が見えるというのは当然のことだった。それでも、月だけは大きく見えて、ネオンサインに抵抗しているかのようである。
 少しお腹が減ったので、近くのコンビニでパンを買って、川岸で食べることにした。
 川の横には等間隔にベンチが置いてあり、アベックでほとんど埋め尽くされていた。
――どこからこんなに湧いて来るんだ――
 普段川の横を通っても何も感じないのに、ちょっと注目しただけでこれほどいるなんてビックリした。アベックも同じことを考えているのか、ほとんど、薄暗さを利用してアツアツ振りを発揮している。
――次第に羞恥心などという言葉が欠落していくんだろうな――
 と感じる。
 とにかく羨ましい気がする。どうして羨ましいのか考えていたが、すぐにその訳が分かった。
――公園でのデートなど、きっと知り合って間がないカップルなのだろう――
 と思うからだ。知り合ってからすぐというのは、一番相手を思っている時だ。まだ相手のことをすべて知らないので手探り状態の時、相手も同じだろう。お互いに雰囲気を大切にしたいと思う。一番お互いの気持ちが近い時なのかも知れない。
 だからこそ羨ましいと思うのだ。深く知り合いたいと思い身体を重ねると、そこで相手のすべてを知ってしまったと思うことだろう。
――この女を支配したい――
 という気持ちがそれまでになくとも、相手を抱くぞと心に決めた時、相手を支配したいと思うものだ。男の性とでも言うべきだろうか。
 相手のすべてを知ってしまったような気持ちになってしまう。相手の女性も抱かれることで、相手にすべてを曝け出した気がするのだろうが、男によってはそれでは満足できない人もいることだろう。
 ひょっとして俊介もそうなのかも知れない。
 従順な相手を求めていたわりに。本当に従順になられてしまって、却って物足りなくなってしまうということが往々にしてないとは限らない。
 そんな女が今までに付き合った中にいたのを思い出していた。
――彼女には悪いことをした――
 今さらながらに感じるが、途中のどこかで気持ちが変わってしまった。最初は自分の方からアクションを起こし、相手の気持ちをたくみにくすぐりながら仲を深めていったのだが、ある日を境に急に冷めてしまった。
――従順なのだが、どこか煩わしい――
 と思ってしまう。
 その女性とは身体を重ねるのも早かった。彼女には妖艶なところがあり、よく見るといつも唇が濡れていた。最初こそ、
――こんな女を支配できれば最高だろうな――
 と思ったものだが、実際に抱いてみると、従順で健気なのは嬉しいのだが、妖艶さは鳴りを潜めていた。物足りなく感じるのだ。
 贅沢なのだろうが、女性に対してそんな感情を抱いてしまう自分が、本当に人恋しいのか、それとも一人でいることを好むのか分からなくなっている。
作品名:短編集86(過去作品) 作家名:森本晃次