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短編集86(過去作品)

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 コンサートまでの待ち時間に対して実際の演奏時間はあっという間だったような気がした。待ち遠しかったのも気持ちに余裕があったからで、知っている曲だけに、いつ終わるかの見当がつくことから、時間配分を無意識に感じていたに違いない。
 バックは異人館で、野外ライブである。特設ステージが設けられ、観客席も仮設席になっていた。
 下からスポットライトに照らされて、怪しく浮かび上がる異人館は、昼間とはまったく違った様相を呈していた。影の部分がクッキリと黒くなっていて、普段よりも大きく見せている。これほど土台がしっかりしているのがこれほど凄然としているものかと、今さらながらに思い知らされた。
 一番心に残った楽器はバイオリンだった。薄っすらと浮かび上がる背景の木々、バイオリンの音とともに揺れているようだった。きっと近くで聞けば、サラサラと涼しさを誘うものだろう。
 終わってから後はそれまでと打って変わって、喧騒とした雰囲気に包まれていた。見に来ていた人たちが一斉に動き出すのだ。足元からはザクザクと土を踏みしめるような音、そしてそれまで喋ることのできなかったストレスを一気に発散させるかのように喋り出す人たち、それまでは、皆が魔力に掛かっていたのだろう。一つになった気持ちが息遣いだけに変わってしまっていた。
 皆、俊介と違って長く感じたのだろうか?
 俊介は喋る気が知れなかった。せっかくの音楽の余韻に浸っているのに、ガヤガヤ何をそんなに話すことがあるというのだ。そんな時に目に写るガヤガヤ喋っているアベックのようにはなりたくない。
 だが、思い返してみると、女性が気になり出して、初めて付き合った女性と一緒にいる時は、結構はしゃいでいた。まわりのことなど気になるはずもなく、ただ目の前にいる女性にだけ気を遣っていたのだ。その時はそれでもよかった。だが、今は……。いろいろな考えが頭を巡る。
 人の大移動があれば、最近までは必ず最初にいなければ気がすまなかった。今でもそんなところがあるが、俊介は人ごみの中にまみれるのを極端に嫌うのだ。
 電車から降りる時も必ず階段や改札口に一番近いところから乗り込んで。扉が開くとダッシュしたものだ。いろいろな人がいるので、嫌なタイプの人の顔を診たくないというのが本音なのだ。
 その日も急いで人ごみを抜け、足早に駅へと向かったが、その時に自分よりも早くコンサート場を抜けて駅へと向かうカップルがいたのだ。
――コンサート帰りかな?
 最初は分からなかったが、よく見るとそのアベックが知っている人だったので、間違いなくさっきのコンサートの場所にいたことを伺いさせる。
――沙織と歳三じゃないか――
 一瞬声を掛けようとしたのを、思い切って飲み込んだ。何となく声を掛けられない雰囲気であることを一瞬にして気付くはずもないので、後ろから見ていて、声を掛けにくい雰囲気であることを見抜いていたのだろう。
 見ていたというより、背中を通して覗き込んでいたような気分である。決して表情が分かるわけでもないのに、よく声を掛けにくい雰囲気だと思ったものだ。
「ん? 俊介じゃないか」
 先に気付いたのは歳三だった。
「いつもまわりを気にしておかないとな。いつ射首をはねられるか分かったものじゃない」
 と冗談めかしてはいたが、目はマジだった。
 どちらかというと俊介は気配に関しては鈍い方である。後ろから声を掛けられていつもドキッとしていた。
「昔なら斬られているぞ」
 これも歳三の言葉である。さすが新撰組から名前をもらっただけのことはある。常に武士を意識しているようだ。
 振り向いた顔が、あまりにも無表情なので、あっけに取られてしまった。少しすると今度は無表情なことにむかついてきた。
「アベックで歩いていて、しかも話しかけにくい雰囲気を醸し出しておきながら、無表情とはなんたることだ」
 と心の中で叫んでいた。
「久しぶりだね」
 話し口調も少しゆっくり気味で、目もトロンとしているところから、
――疲れているのかな――
 とも思えた。目の下にクマのようなものが見え、睡眠不足にも感じられた。生気が薄れていて、影まで薄く見えた。
 これでは無表情でも仕方がない。下手に表情を作られるよりはマシかも知れない。それにしても何が歳三をそこまでさせたのか、横にいる沙織の顔が少し赤いことが、妙に気になっていた。
「君たちもさっきのコンサートに行っていたのかい?」
「ああ、なかなか素晴らしいものだったね。久しぶりに興奮したような気がしたよ」
 それまで死んでいた歳三の目がキラリと光った。クマは目の下にまだ残っているが、顔色は土色からみるみるうちに赤く変わっていった。最初の表情は何だったのだろう?
 やはり二人も聴きにきていたようだ。いるかどうか、心の中で半信半疑だったが、帰りに会える確率は皆無だと思っていた。それでも期待はするもので、期待通りに見かけた時は、してやったりの気持ちになった。
「久しぶりに会ったんだ。どこか呑みにでも行こうじゃないか」
 俊介の誘いに、目を輝かせた歳三だったが、隣にいる沙織の方をチラッと見ると、顔色がまたなくなっていた。
「せっかくの誘いなんだが、今日は申し訳ない」
 本当に申し訳なさそうなオーバーアクションだが、オーバーすぎて余計に気になった。
――まるで沙織の尻に敷かれているようだ――
 オドオドした態度がそれを物語っている。目の焦点もまともに見えないし、とても普通のアベックの雰囲気ではない。そういえば後姿もどこかよそよそしく、特に歳三の方は、背が曲がって見え、頼りなさそうな雰囲気だった。
「じゃあ、仕方がないな。また今度にするか」
 というと、歳三が悲しそうな表情をする。今までの歳三からはとても信じられるものではない。
 背中を見送っていると、他人事のように見えないのはどうしてだろう?
 今まで意識の中で女性に臆するようなところはおろか、どちらかというと、誰にも臆すことがなかった俊介の目に、何が写ったのだろう。
 もし臆する相手がいるとすれば祖父くらいだろう。祖父はもうこの世にいない。いないからこそ永遠に臆してしまう。臨終の際に立ち合ったが、その時の祖父の迫力は今でも忘れない。
 そんな祖父が死んだのは、俊介が中学時代のことだった。中学時代といえば成長過程の一番真っ只中であるが、ある意味一番中途半端な時期だ。肉体的にも精神的にももろい時代である。
 生前から、人に悪く言われることのない人だった。発する言葉の一言一言は力強く、子供時代であっても、迫力に後ろ盾された言葉の重さを感じたものだ。
「人に臆することは何もないんだ」
 というのが祖父の口癖で、今でも目を瞑れば思い起こさせられる。
 そんな祖父でも晩年は布団の中に入りっぱなし。それでも誰かが見舞いにでもくると必ず大きな声が聞こえてきた。それが激励なのか、怒りからなのかはハッキリとしなかったが、まるで最後の力をふり絞っているようにも見えた。それでも、大きな和室の真ん中に布団を敷いて寝ているのを見ると、どれほど祖父が社会的な立場を持っていたかが垣間見れそうだ。
作品名:短編集86(過去作品) 作家名:森本晃次