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短編集86(過去作品)

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 と思えてくる。
――以前から知り合いだったような気がする――
 と感じるのも無理のないことだ。
 あまり偶然という言葉を信じない西本氏も、この間まで、恵子との出会いで偶然を信じるようになっていた。しかし、偶然も結局は必然に繋がってしまうと思えてくると、すべてのことが繋がっているように感じられてならない。そこには原因があり、過程があり、結果が最後についてくるのだ。
 以前から知り合いだったように思えることは嬉しいことだった。それは恵子も同じだと話していたが、気持ちが通じ合えたように思える。
――香水を嗅いでいると、いろいろ思い出してくるが、思い出したことが本当にあったことだと言えるだろうか?
 中には幻想もあるように思える。全部が全部本当のことだと考えると、辻褄が合わない気がしてくるのだ。おかしなことだが、恵子と一緒にいると、幻想を見てみたい。それだけ、恵子を特別な女性だと感じているに違いない。
 香水の香りの中に身を置いていると、一人の女性の顔が瞼の裏に浮かんでくる。恵子の顔でもなく、母親の顔でもない。おぼろげでハッキリとしないが、それだけは分かる。
――理想の女性を思い描いているのだろうか――
 当たらずとも遠からじだろう。理想としている女性を思い浮かべようとしても、浮かぶものではないことは、今までに経験済みだ。だから、香水の香りの向こうに浮かぶ幻影を理想の女性だと思って疑わない。
 理想の女性は、少しぽっちゃり系のようだ。知っている人の中にもいそうなのだが、きっと目の前にいても、理想の女性だと気付かないで過ぎていくことだろう。
 年齢的にも女性がそばにいないと寂しい年頃だということに間違いはない。結婚を考えている人がまわりにいっぱいいるのも事実だが、西本氏にはその気はまったくと言っていいほどない。結婚というものがイメージとして湧いてこないのだ。
 遊びたいという感じではない。孤独を感じてはいるが、まんざら孤独を苦痛だと思っていない。孤独感に麻痺しているわけではない。楽しんでさえいるように思える。
「お前のは言い訳だよ」
 辛口の友達に言われたことがあった。あまり人に自分のことを話すことがなかった西本氏だが、時々弱気になるようだ。後になって後悔するのだが、考えてみれば、それも自分が目立ちたいというのが、気持ちのどこかにあるからだろう。
 小さい頃の西本氏はそうだった。人と同じ行動を取るのが嫌で、それはきっと父親譲りの頑なな考え方なのだろうが、まんざらそう考える自分が嫌いではない。むしろ好きなくらいだ。
 孤独を孤独と思える時が、果たしていつも考えている中で、どれだけあるだろうか?
 孤独という言葉をいい意味で考える時の方が多いはずだ。本当に孤独感を感じる時は、自分が鬱状態に陥る時で、それほどいつもというわけではない。孤独という言葉がすべて鬱状態の時に当てはまるわけではないが、鬱状態の時には意外と孤独感を感じてこなかったりするものだ。
 鬱状態での感覚は、見えるもの聞こえるものすべてが違って感じるほどなので、今考えていることが当てはまるはずもない。虚空の世界を自分で作ってしまっていることが分かっていて、その世界に入り込んでいるのだ。
 鬱状態を知ってから、孤独感を感じるようになったわけではない。孤独感を感じるから、それが鬱状態への入り口というわけではない。鬱状態への入り口は分かっているつもりで、そこに孤独感は関係ないのだ。
 鬱状態に陥る時というのは、自分でも分かるものだ。目の前が黄色っぽく見えてくるとすでに鬱状態への入り口、色を意識するより前に自分でダメだと感じてしまう。まわりにいる人をすべて億劫に感じ、話しかけられることを極端に嫌う。目を逸らすことによって意識の外に置こうとするが、却って目立ってしまい逆効果のようだ。他の人は何の意識もないのに、自分だけでまわりを勝手に意識してしまう。完全な悪循環である。
 袋小路に入り込んでしまうとよく言われるが、殻に閉じこもってしまうことで作る袋小路にもあるようだ。鬱状態から抜ける時も分かるもので、その時に陥っていた袋小路と、殻に閉じこもっていた自分が見えてくる。ひょっとして自分というものを一番理解できる瞬間ではあるまいか。
 いつも先を見ながら生きていると思っていたが、最近ではその日を無難にこなせればいいとしか思っていないのではないかと思うようになった。投げやりになっているわけではないが、鬱状態でもないのに、人と一緒にいて億劫に思うことがある。
 今までそんな気分になっても、決して女性に感じたことはない。
――自分にないものを持っている女性は、いつでも新鮮なんだ――
 と思っているからだ。
 女性を目の前にして話せなくなるのは学生時代までのことだった。
 大学時代の最初の頃は、女性を目の前にすると話題がなく、何を話していいか分からなかった。付き合う女性は清楚な雰囲気を醸し出している人が多く、自分から話しかけるような人はあまりいなかった。時々、
――何を考えているんだろう――
 と思うこともあるが、それも新鮮に感じられた。だが、会話にならなければどうしようもない。そんな雰囲気が何度か続けば、相手から避けるようになっても当然だ。
 そんな相手を必死に追いかけた。今でいえば、
――ストーカー――
 と呼ばれるものだろう。相手の気持ちも考えず、去っていく相手から、
――ただ、どうしてなのか聞きたい――
 と思う一心である。相手からすれば、
「そんなことも分からないの? だから離れたんじゃない」
 と今なら感じるが、その時は必死である。訳も分からず一方的に離れられるのは理不尽で仕方なかった。
 女性とのそんな付き合いが何度となく繰り返された。
――繰り返されたって、まるで他人事だな――
 そう、自分では他人事だった。自分に起こっている出来事なのに、他人事のように思うのは、西本氏の特徴でもあった。
――自分を客観的に見ている自分がいるんだ――
 と感じたのは、それまで女性を追いかけていた自分に対し、ストーカーのような嫌悪感を感じるようになってからだ。
 夢を見ている時に似ている。
 夢というと、大抵は自分が主人公の夢ばかりを見ているように思う。他の夢も見ているのかも知れないが、覚えている夢というのが少ない以上、覚えていない時が、違う夢を見ているように思える。
 夢の中の主人公としての自分、夢を見ている自分、二人の自分が夢の中で存在していることに気付いたのは、恵子と知り合ったからかも知れない。ウスウス感覚で分かっていても、実際に意識し始めたのは、恵子と知り合ってからなのだ。夢の中の主演女優を演じているのは恵子だったからだ。
 恵子と付き合うようになって、それまでの自分がまるでウソのようになっていた。それまでは、付き合っている女性のことを理解したいとそればかり思っていて、相手が自分のことを知りたいと思っているのを感じながら、自分が相手を理解するまで相手に悟られたくないという無意識の思いがあった。
――相手のことも分からないのに、自分のことを分かってもらうのは失礼だ――
作品名:短編集86(過去作品) 作家名:森本晃次