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短編集86(過去作品)

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 やはり、夢でも現実でも二人の自分が存在するのだ。お互いが入れ替わった立場になる時、それが現実と夢の狭間なのかも知れない。
 そういえば、中学生の頃に読んだホラー小説があった。小学生の頃は気が短い性格も手伝ってか、文章が苦手で、本を読むのが嫌いだった。しかし、その本の影響からか、時々本を読むようになった。読む時は集中して読むのだが、読まない時は、まったく読まない。そんな青年だった。
 中学の時に読んだホラー小説は、天国と地獄を描いた話だった。小学生の頃に深夜ドラマを見て、映像で何となくイメージしていた天国と地獄の雰囲気、それがそのまま小説になっていたのだ。
 それまでは映像に勝る文章なんてありあないと思っていたが、その気持ちを見事にぶち破った作品だった。一人の男が主人公なのだが、主人公を客観的に描きながら、実にうまく心理を掴むように主人公の考えを文章にしていた。
 三途の川を渡るところから、現実との別れを見事に表現し、目の前に迫る地獄絵巻を巧みな文章作法で描いていく。限界ギリギリとも思える描写に読者は引き込まれ、斬新なイメージが目の前に広がってきそうで恐ろしい。
――夢に出てきたらどうしよう――
 不安は的中し、何度か夢にも出てきたように思える。
 伸介にとって誰が一番自分の好きな女性か最近分からなくなった。エリコの夢も、なつみの夢も交互に見ている。また、時々知らない女性が出てくることもある。知らない女性は夢の中だけで作り上げる女性で、目が覚めれば顔を覚えていない。言い変えれば夢の中に出てくる人物で起きてからも顔がハッキリと浮かんでくるのは、なつみとエリコだけである。
――いつも誰かに見られているような気がする――
 これは物心ついた頃から感じていたことだ。見つめる視線はいつも同じで、ただ、鋭い時とそうでない時がある。その時の自分の精神状態に比例しているように感じるが、臆病な時ほど敏感に感じられるものだ。
 伸介は自分が忘れっぽい性格であることを気にしている。
 覚えようとすればするほど意識してしまうのか、なかなか覚えられるものではない。小学生の頃からで、覚えておかなければならないことに限って忘れてしまう。学校で出された宿題をしていかなくて何度も叱られたが、わざとしないわけではない。覚えていないのだ。
 小学生の頃から言い訳をするのが嫌いだった伸介は、責められると何も言えなくなってしまう。その性格が今も残っていて、人から何かを言われて完璧に言い返せる自信がない限り、黙り込んでしまう。
「そんなもの、適当にいなしてしまえばいいんだよ」
 友達は簡単にそう言うが、性格的にいなせるようなタイプではない。言葉の次を読みすぎて、言い返せないと感じたら、そこから先は貝になってしまう。それならば、最初から無駄な抵抗をしないに限ると思うのだ。
 生き方として決して利口ではないだろうし、器用でもないだろう。今までに何度も悩んだことだった。
 自分の嫌いなことを人に押し付けるのも嫌である。性格的に合わない人と一緒にいたくないのは、そのせいだと思っている。他の人がそのことに気付いているかどうか分からないが、きっと同じような考え方のはずである。
 人から責められて言い返せない性格がどれほど今まで自分の苛めていたか。今さらながらのように感じる。
「あいつは何を考えているか分からない」
 よく言われたものだ。
――自分の考えていることが分からないのだから、人が何を考えているか分かるはずなどない――
 それが基本的な考え方になっている。
 人から何を言われても気にならない性格ならそれでも構わないが、時々臆病になる。
――もう一人の自分は臆病なんだ――
 決め付けてしまっているが、もう一人の自分はどう思っているのだろう? こちらを見て、
――何言ってやがるんだ――
 と怒っているかも知れない。
 伸介は、自分が中心でいたいという思いが強いわりに、まわりの人間は自分よりも優れていると思ってしまうくせがある。悪く言えば、どこかで逃げ道を模索しているからだと言えなくもない。
 そこまで自分で分かっているからか、どこか素直になれない自分を感じる。時々無性に一人になりたい時、人といるのが億劫に感じる時、下手をすれば鬱状態への入り口に足を踏み入れていると感じる時、そんなことが何度もあった。
――自己嫌悪を感じる時が、一番鬱状態に近い時なのだ――
 今さらながらに感じてしまうが、考えるまでもなく、普段から意識の中にあることだ。自分が嫌になると、人から触れられたくない思いは、例えは悪いが、足が攣った時、誰にも知られたくないという思いから必死に呼吸を止めて我慢しているのと似ている。
 人と話すのが億劫にあると、どんな話もすべてが形式的に聞こえてしまう。テレビドラマのセリフにしても、
――わざとらしいな――
 としか思えない。途中で主人公に訪れる波乱万丈な展開に胸躍らせても、結局最後はハッピーエンド、自分と照らし合わせて惨めさが募るだけである。
 自分が生まれた日に死んだ男が自分に乗り移る話を思い出した。
 人の話を億劫に感じ、鬱状態への入り口の前にいる自分に、誰か他の人が乗り移っているのかも知れないと感じる。だが、それは死んだ人でないとダメなのだろうか? 夢を見ている人が夢だと感じながら見ていることが自分に起こっているとしたら……。想像力とは果てしないものだ。
 伸介は自分が打たれ弱い性格だと思っている。何かを言われたりすると、何も手につかなくなってしまい、一度にたくさんのことをこなすのも無理な性格でもある。
――被害妄想なんだ――
 いつも何かに追われ、人から指摘を受けないかビクビクしている。
「もっと自分に自信を持てばいいんだ」
 と言われる。
 普段から話し声は大きい方だ。話が白熱してくるとついつい早口になってしまい、相手を説得に掛かるのだ。思ったことをすぐに口に出して誰かに話さないと、忘れてしまうのだ。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
 と言われてハッとしてしまう。
「何もそんなにせっかちにならなくとも……」
 と言われるのはまだいい方である。
――言われているうちが花なんだ――
 と自分に言い聞かせていたが、最近ではそれも感じなくなった。
 やはり逃げの気持ちが強いのだろう。人から言われると反発していた気持ちが最近は気にならなくなってしまっている。何を言われても右から左、仕事をしているとどうしてもそんな気持ちにならないとやってられない。特に被害妄想的なところの多い伸介には、
――どうすれば、ショックを一番和らげられるか――
 ということを中心に考えてしまう。
 どちらの自分が表にいるかを考えている。きっといつも考える時は同じ自分なのだろう。もう一人の自分がショックをどうすれば和らげられるか、必死に考えているからだ。
 だから、もう一人の自分の存在に気付くのかも知れない。他の人が無意識でいられるのは、時々もう一人の自分が表に出てくるからで、本人が一番気付かないものなのかも知れない。
――エリコやなつみと一緒にいる時の自分はどちらなんだろう――
 考えてみると、それぞれ違う自分のように思えてならない。
作品名:短編集86(過去作品) 作家名:森本晃次