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短編集86(過去作品)

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「お前は人によって態度が違うからな」
 決して褒められたわけではないが、嫌味でもない。
「そうさ、人によって態度が変わるのは自然なことじゃないか? 皆に対して同じ態度を取ってる方が怖いぞ」
 もし、
「態度を変える」
 と言われたのであればどうだろう? 嫌味に聞こえることだろう。しかし、案外言われても何とも思わないかも知れない。自分でも相手によって態度が違うことを十分に自覚しているからだ。
「だけど、相手に合わせているわけじゃないんだぞ」
「ああ、分かっているさ。君はそれほど器用じゃないからね」
「分かっているじゃないか」
 少ない友達の中でも、それくらいの話ができる相手もいる。大人の会話をしているようで、悪い気がしない。
 最近、なつみが実在する人物なのか不思議に思うことがある。だがそれを一瞬にして打ち消すのは、
――彼女が一番人間臭いじゃないか――
 という思いである。なつみに抱いた思いが現実であるからこそ、他の感情が表に出てくるのだ。
 夢と現実の真ん中で立ち止まってみると、どんな気持ちになるだろうか?
 想像してみると、途中に川が流れている。手前と向こうはまったく違う世界。橋が架かっていて、こちらから向こうへは容易に進めるが、帰りには橋が残っているのだろうか?
 いや、ある時に想像したのは、川には視界がほとんどない霧が掛かっていて、橋の変わりに大井川のような人が担いで渡る光景である。こちらから向こうは、普通の気のいい人足なのだが、帰りは鬼がいる光景だ。
 想像したのは、まさしく三途の川である。伸介はある童謡を思い出していた。
「行きはよいよい、帰りは怖い……」
 まさしくそうではないか。現実から見た夢の世界、それは見る人によってはまさしく「あの世」、間違いなく現実ではない。
 三途の川を思い浮かべると、そこに佇んでいる人を見ることができる。そこに佇んでいる人にじっと視線を送るが相手は何となく気付いているようで、少しビクッと身体が反応しているが、こちらを振り向こうとはしない。
 視線を川から逸らすことをしない男は、俗世間を思い出したくないようだ。手には光るものが握られている。
――ナイフだ――
 すぐに分かった。握っている手がブルブル震えている。額からは汗が滲み、視線を川から逸らしたくない気持ちが分かる気がした。
 その手で誰かを殺めてしまったのだろうか。ナイフが真っ赤に光っているのが見て取れる。
 その男が自分だということに気付いていたのかも知れない。最近見る夢で、手にナイフを握っている感触が残っているからだ。
――一体誰を?
 殺したいほど憎い人がいるようにはどうしても思えない。どちらかというと最近は人との交流を自らでシャットアウトしているくらいだ。かといって自分を見つめなおすというわけでもない。
――日々を生きる――
 この言葉がピッタリであろう。
――ある意味、この世に未練もないか――
 そう考えると、怖いものもない。
――葬るとすれば、自分か――
 と考えると、自らを殺めてしまったのかも知れない。普段から人の視線が気になっていて、もう一人の自分の存在に気付いていた。夢の中で決して出会うことのない人たちがいる中で、一番近い存在で、普段生活していて意識していない人物、それこそもう一人の自分なのだ。
 今、エリコとなつみが同じ夢の中に存在しているように思う。絶対に一緒にいるはずのない二人だった。その二人が伸介の夢を中心に存在している。二人は伸介の夢の中で何を感じるだろう。悲しんでくれるだろうか?
 三人が共有する夢、それは最初で最後の伸介にとっての真実の夢だった……。

                (  完  )



作品名:短編集86(過去作品) 作家名:森本晃次