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短編集86(過去作品)

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 まるで他人事のように見ているが、実際は自分をそんなに他人事のように思えるはずもない。たとえそれが夢の中であるとしても同じことで、現実の自分との違いを無意識に探しているのかも知れない。
 現実との違いが夢の中の自分にあるとは思えない。出てくる人もまったく知らない人がずっと出てくるなど考えられない。どこかで会っているか、見かけて気になる存在だから覚えているはずなのだ。
 夢に出てくる男はいつも二人を見ている。伸介の方を見ているのか、相手の女を見ているのかハッキリとは分からないが、目を合わせると、すぐに逸らしてしまうところは、あまり気が強い人ではないようだ。
 そう思うとこちらも強気になるというもの、存在が気にはなるが、気持ち悪くもない。夢だと思っているからかも知れないが、どうせなら、
――仲のよいところを思い切り見せ付けてやれ――
 とまで思えてくる。
 最近、夢を見ていて身体が気だるく感じられる。起きてから感じるものではなく、夢の中で感じている。
 それは主人公として感じているのではなく、客観的に夢を見ている自分が感じているのだ。目が覚めると、その気だるさはそのまま、現実の伸介に受け継がれるようだ。汗をグッショリと掻いていて、体温が急激に下がってくるからだろうか。身体のだるさは意識がハッキリしてくるにしたがって、増してくるのだ。
 それにしても、知らない人が頻繁に夢に出てくるというのは、どういう感覚なのだろう。自分の中で何かがあるから見るのだと思うがどうにも分からない。
 道を歩いていて、いつもすれ違う人が最初は気にならなくとも次第に気になってくる感覚に似ている。
 偶然、その場に居合わせただけで気になって仕方のない人もいれば、まったく気にも留めない人がいる。まるで石ころのような存在で、意識的に気配を消そうとしても消せるものではないだろうから、先天性のものなのだろう。
 そんな人が夢に出てきたとするならば、それは夢の中の主人公である自分が意識したこと。現実の世界でも自分は二人存在していて、夢の中で主人公として存在する自分が意識しないところで存在し、客観的に見ているとしたら……。偶然という言葉で片付けられたものも必然だったと思えなくもない。
 偶然という言葉で思い出すのが大学の時に見た映画だった。ホラー映画で、自分が生まれた日に、一人の男が死ぬところから始まるのだが、その男は誰かに強い恨みを持って死んでいったのだ。怨念というものを意識しているわけではないのに、成長していく中で、無意識な怨念が主人公を包み込む。普段は快活で、過激なことは一切ない性格だった。
 時々意識しないところで、気がつけば知らないところを歩いていたりしてハッとすることがある。そんな時、スーっと身体から何かが抜け出るような不思議な感覚に陥るが、それが何を意味するものなのか分かるはずもなかった。
 男はやがて結婚する。最初は幸せな結婚生活だったが、次第に不思議なことが起こり始める。主人公の意識しないところで、妻が目撃することはとても信じがたいことばかりだった。
 やがて主人公は自分の中にもう一人誰かの存在を感じる。気付かせてくれたのが、自分の中にいるもう一人の自分であることに気付いたのは最後の方になってからだ。
「お前は自分が生まれた日に偶然死んだ男に魅入られているんだ。その男からは強い怨念を感じる」
 心の中から聞こえてくる声だった。
 その時主人公は偶然が呼んだ悲劇だと考えていた。
 結局主人公は男の怨念を晴らすのだが、初めてその時、
――偶然なんてないんだ。偶然に見えることでも、どこかで必ず繋がっていて、すべてが必然となるのだ――
 と感じた。
 そのことを感じた主人公は、自分の中にもう一人の自分がいることに気付いた。おかげで、呪縛から逃れることができたという話だったが、今でも内容はハッキリと覚えている。
 偶然なんてないということを考え始めると。夢でどんなに奇抜な内容を見たとしても、それは自分が普段から潜在的に考えていることである。ストレスが溜まっているのか、仕事で追いまくられる夢であったり、現実逃避からか、エッチな妄想を描くようなことさえある。
 なつみのことが頭をよぎったりするが、夢に出てくるのは、なつみでないことが多い。最近では、あどけない笑顔が印象的だったエリコさえ、妄想してしまうくらいである。
 二人が時々頭の中で混乱してしまうことがある。普段から二人のことは、何かあるたびに思い出している。たとえば、夜空を見ていて、綺麗な星を一つでも見つければエリコを思い出し、ネオンサインのあでやかさを見ると、なつみを思い出すといった感じであろうか。
 夢の中でしきりに何かを訴えられているような気がする。起きてくると忘れているのだが、訴えられていると感じる時の夢には必ずエリコかなつみが出てくるようだ。
 まわりから見れば恋人同士のように見えたが、実際に心はどうだったか疑問に感じているエリコとの付き合い、決して他では知られるわけにはいかないが、気持ちは恋人同士だと信じて疑わないなつみへの気持ち、夢の中でだけ、その正直な気持ちを伝えている。
 エリコという女性、一緒にいればあまり恋人として感じないのだが、夢の中で出てくると、気分は恋人同士になれる。自分が理想とする相手になっているのであって、どうして普段から恋人として意識できないのか、自分でも分からない。
 そんな女性が、他の人にも一人や二人いるのではないだろうか。
 人間というのは不思議なもの、相手が分からない時は、がむしゃらに相手を知りたくなり、分かってしまうと、今度は冷静な気持ちになったりする。もちろん皆が皆そうだとは限らないが、最初に気持ちを入れすぎると、却ってそうなる可能性が強いのかも知れない。
 相手にしても、最初適当にかわしていたつもりでも、気持ちを許すと一途になる女性が多い、特に伸介が好きになる女性の中に多く見受けられるように思う。
 エリコが伸介をどう思っていたか、夢の中でそれを把握しているだろう。実際にエリコと愛し合ったことはないが、夢の中での妄想はとどまるところを知らず、エリコの身体をむさぼっている。
 静かで真っ暗な部屋、息遣いだけが聞こえている。寒くも暑くもなく湿気を帯びた部屋は、どれくらいの広さなのか想像もつかない。
 湿気のせいか、少し息苦しさを感じるが、原因は湿気だけではないように思う。何となく薄く感じる空気の中、静寂を飲み込むような胸の鼓動を身体全体が受け止めているようだ。
 激しい動悸、身体全体が脈を打っていて、熱くなった身体を重ねる相手も同じくらいに熱くなっているのだろう。汗を掻いても一瞬にして蒸発してしまいそうだが、蒸発を許さないほどに身体と身体が密着している。
 現実でも、そんな経験は今までになかった。却って現実の方が夢を見ているような錯覚に陥ってしまうくらいで、まるで自分の身体ではないようだ。夢の中で感じる方が素直に状況を把握できているように思う。時々、夢から覚めてもまだ身体に夢で見た女性の感触が残っているほど、艶かしいものである。
作品名:短編集86(過去作品) 作家名:森本晃次