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短編集86(過去作品)

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 相変わらず夢は時々見ていた。同じ夢を見ている気がして仕方がないが、それも覚えている夢を思い出すからである。見た夢を全部が全部覚えているわけではない。目が覚めるにつれて忘れていく夢も結構ある。
 やはり田舎の夢が多い。都会に出てくる前は知らない都会を思い描いて、勝手に夢の中で世界を作りあげてきたが、夢で見る田舎も、本当に自分の知っている田舎かどうかハッキリとしない。目が覚めた時には覚えていたとしてもおぼろげで、記憶が夢を見せたのかどうかすら分からない時があるくらいである。それはまだ怖い夢を見ているという意識のない時のことだった。
 田舎にいる時、恋人と呼べるような女性がいた。あいまいだったのは、自分の気持ちがハッキリしていなかったからだ。最初に告白してきたのも向こうから、相手から告白されるとすぐにその気になってしまうのも伸介の悪いくせ。そのため独占欲が強くなるのだ。
 独占欲が強いと、普通は猜疑心が増してくるものなのだろうが、猜疑心というもの自体が嫌いだった。もし、彼女に誰か他に男性の影を感じたならば、自分の中でだけ勝手に冷めていくような性格である。
 どちらがいいとは言い切れない。ただ、猜疑心という言葉が本当に嫌いだったのは事実で、そのためか恋愛に冷めてしまうことの方が多かった。
 あまり深い仲になることもなく、別れていった女性も数人いた、その中で、
――彼女だったのでは――
 と思える女性はたった一人である。
 名前をエリコといい、どんな字を書くのか忘れたが、手紙などには、いつもカタカナで「エリコ」と書いていた。
 エリコの夢を見ることもある。いつもニコニコしていたが、最初はそれも可愛らしかった。しかし、そのうちに鼻についてくるようになると、その笑顔にわざとらしさを感じ、鬱陶しくなってきた。
 彼女が悪いわけではない。伸介自身、冷めてしまった目で相手を見ると、どうしても別人のように思えてくるのだ。自分が変わってしまったのか、相手が変わってしまったのか、新鮮な時はすぐに過ぎてしまった。
 都会に出てきてから、出会いがなかったわけではないが、どうしても冷めやすい性格のためか、飽きっぽいのかも知れない。
 都会に出てきてから、不思議と出会いらしきことは多かった。物珍しさもあったのか、見るものすべてが新鮮だった。そんな目で見ているから、まわりも興味を持ったのか、仲良くなってすぐくらいはいい雰囲気だったように思う。だが、そのうちにどちらかがぎこちなさを感じてくると、そこから先は続かない。
 自然消滅という言葉があるが、まさしくそんな感じだっただろう。それでもどちらかが追いかけるようなこともあった。相手に追いかけられると、逃げ出したくなる。しかし、逆の立場であればどうだろう。相手が逃げ出せば、こちらはさらに追いかけたくなる。立場が違えばそれだけ考え方も違うのだろう。
 夢に出てくるエリコは田舎で出てくるだけではなかった。都会の夢を見ている時もエリコが出てきたこともある。どう考えても都会の風景の中では浮いているにもかかわらず、違和感を感じないのだ。実に不思議な感覚だ。
 エリコは田舎でだと、清楚で落ち着いた可愛らしさがあるが、やはり都会を背景に見ると、田舎臭さは拭い去ることができない。伸介が都会に出てきた時もそうだったに違いないが、田舎と都会の差は、実際に体験してみないと分からないものだ。
 都会に馴染んでしまうと、田舎のことは夢でくらいしか思い出すことはない。夢の中で中学時代に戻っていたり、小学校が夢の舞台だったりする。しかし、それでも夢での意識は自分が社会人で都会の人間だということが根底になるのだ。
 夢の出てくる自分と、意識している自分とは違う。夢の中には、二人の自分が存在するのだ。
 夢に出ている主人公の自分。主人公の自分は潜在意識が作り出した自分で、記憶の中だけで行動しているようだ。だから、意識の外の出来事にはまったくの無反応になる。だから、小学生だったり中学生だったりする。それを見ているもう一人の自分は、現実と夢との狭間にいるのだろう。いくら夢の中でも意識としては社会人。夢を全体的に見ながら、現実をも意識している。
 だから、夢から覚める時に忘れていくのだろう。現実に戻るためには夢の中で覚えていてはいけない部分があって、それを忘れようという意識の元、目が覚めていくと考えれば夢を覚えていない理由も合点がいくというものだ。
 都会に出てくると季節感がなくなってきた。
 都会に出てきたからだけとは限らない。社会人になって都会に出てきたので、今までの暮らしとはまったく変わってしまった。一人になった開放感もあれば、仕事の忙しさ、そして将来への期待と不安、それぞれを考えてみると、季節感など感じている暇もない。
――あっという間に夏が来て、気がつけば年が明けていた――
 そんな感じである。都会にいれば、街のネオンサインや喧騒とした雰囲気から、クリスマスや年の瀬などは感じることができるはずなのだが、忙しさが待ってくれないのも仕事のせいなのか、都会という魔力なのか分からない。
 だが、都会に出てきて都会の女性を物珍しく見ている時、頭の奥に絶えずエリコの顔がちらついていたのは事実だった。
――なつみとエリコがダブって見える――
 そんなはずなどないと自分に言い聞かせている伸介だが、どうにも一度そう見えてしまうとなかなかその思いを払拭するのは難しい。
――それならそれでいいじゃないか――
 とも思っている。
 ある日より、夢にまったく知らない人が出くるようになった。男性なのだが、相手は自分のことをジロジロ見ている。話しかけるでもなく、ただじっと見ているだけなのだ。
 伸介は女性とデートしていた。その女性が誰だったかは、その時々で違うのか、おぼろげな記憶の中では同じ人物だったようには思えない。
 デートの場所はまちまちで、遊園地だったり、スナックだったり、極端に違う場所だったりする。デートするはずのない相手とデートができるのも、夢の醍醐味ではないだろうか。しかしいつも、
――夢とは潜在意識が見せるもの――
 と思っている伸介には不思議な感覚だった。デートを楽しみながらでも、心の中で、
――これはきっと夢なんだ――
 と思っているに違いない。だから、デートをしたということを目が覚めてからでも忘れないのだ。
 目が覚めると覚えている時というのは限られている。同じ夢を見た時は印象が深いせいか覚えているのだろう。それ以外でも、トラウマに感じていること、あまりにも昔の思い出、そして、実際に意識の外にあることなど覚えているに違いない。
 夢は無味無臭、色も感じなければ感覚もないものだ。しかし時々、色と匂いを感じることがある。
 色は黄色掛かっていることが多い。鬱状態に陥ることが時々ある伸介は、黄色掛かっている夢を見ると、鬱状態に入る寸前ではないかと感じているのだ。鬱状態というのは陥る時に分かるもので、入ってしまえば抜けることのないトンネルと思いながらも、必ず抜け道が存在していることを意識しているのだ。
 夢の中での自分をどのように見ているのだろう?
作品名:短編集86(過去作品) 作家名:森本晃次