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短編集86(過去作品)

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真実の夢



                真実の夢


 熊田伸介は最近よく夢を見ているようだ。
 そのほとんどは、起きる時に忘れてしまうのだが、しばらくしてから思い出すこともある。同じ夢を何度も見ている気がしているからで、断片的に思い出す夢には、つながりがない。
――夢というのはそんなものかも知れない――
 科学的なことはほとんど何も分からないが、人から聞いたり本を読んだりする中での知識は少しだけ持ち合わせていた。その意識があるためか、夢の内容を覚えていなくても、
――何かあったら思い出すだろう――
 という気持ちにもなってくる。夢が潜在意識の域を出ない限り、その思いに間違いがあるはずはない。そんな風に思っていた。
 だが最近は自分の意識にない夢を見る。それは恐ろしい夢で、意識にないというのは、夢が恐ろしい内容だから、そう感じるのだ。
 手には光るものが握られている。真っ暗な中で光った手に握られたものに気付いた瞬間から夢が始まっている。目が覚めれば夢というのは忘れ去られるものなのだが、この瞬間だけは覚えているのだ。それも鮮明に……。
――意識の中にないと思っているのは思い込みではないだろうか――
 実は光るものが何であるか、自分で分かっている。そしてそれをどう使うかも分かっているのだ。
 起きてから考えると、その光るものがナイフであることはすぐに分かった。忘れることができないほど衝撃的な感覚、それも最近頻繁に見るのである。どれくらいの頻度かは、あまり意識がないが、おそらく毎日に近いかも知れない。夢を毎日見ているものかどうかすら分からないのだから、ハッキリと分かるはずはない。
――ナイフの向けられた先は果たして――
 誰かに向って向けられているので、手が震えているのだ。汗でベットリになった感覚は夢が覚めても忘れない。起きてからも手の平にはグッショリと汗が残っている。
 冷たい汗である。完全に冷え切っていて、目が覚めるまでにかなりの時間が掛かっていることを示している。だが、手の震えが止まるわけではない。まだ手にはナイフの感触が残っていて、誰かを狙っている気持ちが消えていないように思えて気持ち悪い。
――もし、今一番狙いたい人がいるとすれば誰なんだろう――
 考えてみるが、意外と多すぎて分からない。夢の中だけであれば殺してしまいたいと思う相手はきっと山ほどいるだろう。夢自体が時間の感覚もなく、過去にそう感じた人まで現在によみがえらせて考えてしまう。
 覚えている夢に人を殺そうと考えている夢が多いだけかも知れない。楽しい夢も多く、ただそれを忘れてしまっているだけだとすれば、それは寂しいことである。
――夢と現実はまったく違うもの――
 と普段から考えているから、無意識に楽しい夢を封印しようとしているのだとすれば、一体どう解釈すればいいのだろうか?
 それほど現実に満足しているわけではない。不満は確かにない時期だったが、これといって満足感を感じてもいなかった。会社の仕事は順調で、きっと上司の目から見ても、可もなく不可もなくといったところだろう。
 ただ、友達はあまりいなかった。会社に入ってすぐは、同僚とよく居酒屋などで上司の愚痴をこぼしていたりしたが、同僚の数も減っていった。研修期間が終わる前にやめていったり、研修期間が終わっても他部署へ転属になったりと、バラバラになっていった。
 実際に部署配属が決まって自分の仕事ができると、研修期間と違い愚痴をこぼすこともなくなった。仕事自体にやる気が出てきたからだ。
 仕事というのも、理屈が分かってきて、自らが行動できるようになれば、面白いものである。全部が全部そうとは限らないだろうが、少なくとも伸介は仕事が楽しくなってきた。
――同じ呑むなら楽しい酒――
 そう思うようになると、呑む回数も減ってきた。
 今まで不定期だったが、最近は一週間に一回くらいの割合になっていた。曜日も大体金曜日、翌日が休みだと時間を気にせずに呑めるからだ。
 しかも呑む時は一人と決めている。あまりアルコールは強い方ではないので、一人ゆっくり飲みたいと思っているのだ。
 店はいつも決まっている。マンションに一人暮らしなのだが、そこから五分ほどの赤提灯、いつも会社の帰りに真っ暗な中で燃えるような赤い提灯が目立っていた。気にしながら歩いていると、中から焼き鳥のいい匂いがいつも漂っている。仕事ばかり気にしていた時は、
――寄ってはいけないんだ――
 無意識に感じていたのだろう。気持ちの中で仕事が優先していて、余裕がなかったから に違いない。だが、初めて寄ってみたその日は違った。忙しい中で、仕事に楽しみを薄っすらと感じ始めていた時期だったからだ。
 赤提灯がさらに赤く見えた。いつもと違い、その日は本当にお腹が鳴っていた。
――仕事が充実していると、お腹も減るんだな――
 ということを思い知った。
 中に入ると、知っている居酒屋のイメージと少し違う気がした。店内は人もいないのにこじんまりとして狭く感じ、煙が白くたなびいているのがハッキリと見えた。
 煙はまっすぐに上がるものではないはずなのに、まっすぐに真上に上がっているように見えたのは一瞬だったが、錯覚だったのだろうか。
――普段と違って、きっとやわらかい表情をしているだろう――
 と思ったのは、酔いのまわりが早かったことにもあった。目がトロンとしているように思う。煙が真っ白く目の前にたなびいている。もちろん真上にまっすぐに上がっているはずもなく、煙たさを目の前に感じていた。煙たさを感じるのだから、泥酔ではないのは確かで、ほのかな酔いを感じていたが、それも短い間だけだった。
 酔いに任せてその日は弊店間際までいたが、それほど長くいたようには思えなかった。途中で寝てしまったわけではない。気がつけば、閉店間際だったのだ。
「眠っちゃったのかな?」
「いえ、お客さんは気持ちよさそうでしたけど、眠っていたようには思えませんでしたよ。一人でゆっくり呑むのがお好きなんですね?」
「そうなんでしょうね。あまり最近は呑むこともなかったですから」
「これからもご贔屓にお願いしますね」
 閉店間際のこの会話だけで、伸介はこの店の常連となった。
 店の名前は居酒屋「酔狂」、真っ赤な提灯に黒で書かれている。少し怖い感じの名前だが、伸介は気に入った。マスターも気さくな人だし、あまりたくさん人がいないのが嬉しい。確かに駅からは遠く、住宅街の入り口にあるような店なので、それほど客が多いとは思えない。だが、それでも成り立っているということは、それだけ常連が多いのだろう。そんな店の方が馴染みにするにはちょうどいい。
 ほろ酔い気分でマンションへと向う。空には綺麗な月が出ていて、その横には少し大きな星が月明かりに負けまいと、必死に明るく光っていた。
――星が煌くっていうのは都会でも見えるんだな――
 今さらながらに思い知った気がした。まるで点滅でもしているかのように光っているその星は、月からほとんど離れていないように見える。田舎で育った伸介は、田舎の空一面無数に煌いている空を見てきたので、見慣れているはずだが、それが都会の空ともなればまた違ってくる。
作品名:短編集86(過去作品) 作家名:森本晃次