小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

都合のいい記憶

INDEX|24ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

 だが、今回の再捜査依頼で得た情報の中に、この古舘晋作の名前が出てきた。少なからずのショックを受けた中で、
――彼なら決してありえないことではない――
 と思った気持ちも正直なところだった。
 ここまでまったくの蚊帳の外だった古舘晋作がいきなりクローズアップされたわけだが、何かの虫の知らせがあったのかも知れないと思った。
 それは昨日このホテルに来る道すがら、温泉宿に向かうバスの中に彼の姿を見た気がしたからだ。実際にいたのだから見たとしてもまったく不思議ではないのだが、彼をバスの中で見たと感じた時、この話との関連をなぜ思い浮かべなかったのか、それが不思議に感じられるところだった。あまりにもピンポイントな偶然に、感覚がマヒしてしまっていたからだろうか。
――古舘晋作という男は、一体どういう男なのだろう?
 といまさらながらに感じさせられた。
 ここに来る前に、古舘についても少し調査してみた。彼について詳しく調べるうちに、次第に彼のことが分からなくなってきた。
 確かに彼は恋愛小説など、まっすぐで実直な内容の話を書くが、ストーカーであったりと正体がまったく掴めなかった。そのために、いろいろ調査をしてみる必要があると思ったのだ。
 彼がデビュー前に在学していた大学の知り合いというのに会ってみたが、
「あいつは本当に真面目なやつで、今どき珍しいと言われるくらい、恋愛にもまっすぐなやつでしたね」
 そこでストーカーの疑いがあったことを話すと、
「それは何かの間違いでしょう。あいつほど女性に気を遣う人はいませんからね。あいつの気の遣い方は、最近よく言われている忖度などという言葉ではないんですよ。いつも真正面から。これがやつのモットーであり、尊敬できるところだと今でも僕はそう思っていますね」
 と言っていた。
 だが、ママもスナックの人も、古舘がストーカーで、綾音が困っていたという話をしていた。これはどういうことなのだろう?
 さらに、今度は彼がよく出版している出版社にも出向いてみた。そこで編集長が話に応じてくれて、
「ええ、古舘さんはなかなかの人徳を持った人だって僕は思っています。ストーカーなんてとんでもない。本当に真面目なやつですからね。でもそれだけに彼には勧善懲悪のようなところがあり、悪に対しては露骨に戦いの姿勢を示すようなやつでしたね。そういう意味では怖いところがあったかも知れないですね」
 と話してくれた。
 他でも少し聞いてみると、確かに古舘の悪いウワサをする人は誰もいなかった。ということは、彼について悪いウワサを流しているのは、このスナックの人たちだけということになる。
 そこに何かの作為を感じたのは、無理のないことなのだろうか。この作為がどうやら古舘自身から感じられるのは、彼がジキルとハイド的な二重人格でもない限り、それ以外に考えられない気がしたからだ。
 だが、どうしてこのスナックでだけ、自分がストーカーのように振る舞わなければいけないというのだ? 綾音に対して異常な愛情を感じたことで理性が吹き飛んでしまったのだろうか? もしそうだとすれば、他の人にもその感覚が芽生えるというもので、聞いてまわった時、
「ある時期から、古舘さん、まるで人が変わってしまったようになった」
 という証言が一つくらい聞けてもいいはずだ。
 それなのに、誰もが口を揃えて、
「精錬実直な性格だ」
 というではないか。
 そう思うと、どうしても彼が作為的にスナックではストーカーを演じていたのではないかと思えてならないのだ。
 考えられるとすれば、このスナックでしか知らない相手に、自分を欺くことではなかっただろうか。この店で自分を欺いて、彼が得をするような人物。そんなものが存在するのだろうか。
「あのスナックには何かある」
 と思うのも無理のないことで、かといって、一介の小説家に探偵なみの捜査手段があるとは思えない。こうなったら、想像でいくしかない。
 まずおかしいのは、
「古舘のことをどうして、調査報告書に書かれていないのだろう?」
 という思いだった。
 考えてみれば、この調査報告書に違和感があり、違和感からいろいろ想像したり調査をしてみたが、なかなかしっくりとしてこない。そんな時、調査報告書に書かれていない古舘晋作という男が、実際に影で暗躍しているのではないかと思えた時、それまでの違和感の意味が分かったような気がした。
 確かに古舘晋作のことが書かれていないことは、この事件において、大きな落ち度ではないだろうか。スナックに行って、
「静香(綾音)にはストーカーがいる」
 という情報を聞き出しているのに、それが誰か聞かなかったのだろうか?
――まさか、この俺がストーカーを作家ということを聞いてすぐに古舘を名指ししたことで、話してくれたのではないか。ただ小説家というだけで誰かと分からなかった探偵には話すだけの信憑性や根拠がなかったのかも知れない――
 と思った。
 鎌倉は、今度は桜井忠弘に話を聞いてみたいと思った。彼が今回の綾音の失踪で表に現れた中で一番重要な人物だということは誰の目にも周知のことだった。
 だが、桜井忠弘という人物を捕まえることができなかった。彼女の失踪前後と彼女と知り合ってからのスナックでの彼の行動などは容易に把握することはできた。しかし、その後の彼の消息や、不思議なことに、彼の昔の素性などは皆目、見当のつくものではなかった。
 スナックで聞いてみても、よく分からないというし、警察でも彼女の失踪の際、彼を関係者として事情聴取はしていたので、彼の住まいや連絡先などは分かっているようだったが、綾音を自殺だという基本方針で調べていたので、関係者と言っても、その人たちの過去の素性までは細かく調べるようなことはしていない。ただでさえ、他に事件も起こっているというのに、自殺に基本が決まったものを、形式的以上の捜査などするはずもなかった。
 それを予見してのことなのか、忠弘の過去のことなどはほぼでたらめだった。住所は確かにその場所であったが、すでに引っ越しており、しかも引っ越したのは、事件があって一か月もしない間ということは、疑おうと思えばいくらでも疑うことができる。
 どこに引っ越したかも分からず、話を聞くどころではなかった。
 ただ、スナックでは桜井忠弘という男に対しての評価はまちまちだった。
「いつも静香ちゃんを助けていてね、あの作家先生のストーカーにも恐れることなく立ち向かってくれそうな勇敢なところがある人だったわ」
 という好意的な意見や、
「あの人はいつも何を考えているか分からないところが目立っていたわ。最初はそんな人には見えなかったのにね」
 という批判的な意見もあった。
 要するに二重人格なのだ。それもジキルとハイド的な二重人格者。人間としてどこまで信用していいものだか、分かったものではない。
 さらに彼の過去がまったく見えてこないというのも何か変な気がする。そういう意味では綾音も同じなのだが、だからこそ、二人は付き合うようになったという見方もできるでのではないか。
 ただ、そんな中で一つ気になる情報があった。
作品名:都合のいい記憶 作家名:森本晃次