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都合のいい記憶

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 探偵の方とすれば、証言してくれた人に金一封くらいは贈呈したのかも知れない。それくらいは探偵の経費で落ちるのではないか。依頼主が会社ということもあって、ありえないことではない。
 しかし、警察には「袖の下」を使うことはできない。なぜなら警察官はれっきとした国家公務員だからだ。権力を振り翳すことはできても、お金で釣ることはできない。買収に当たるのだ。
 そういう意味では探偵は身軽と言えるのではないだろうか。
 しかも、どうやらこの探偵、元々刑事だったという。どういう理由で探偵に鞍替えしたのか分からないが、警察の捜査に限界と憤りでもあったのか、それとも危険な立場に身を置きながら、報われることがないからだということなのか分からないが、どうやらこの探偵は、リアル主義者であったようだ。
 警察の通り一遍の捜査では、結局この事例は自殺として結論づけるしかなかった。
 自殺ということにしてしまえば、警察としてもメンツが保てるというのも正直なところかも知れない。とりあえず捜査はしたんだという、
「やってます感」
 が滲み出ているようだった。
 だが、探偵の方の捜査では、一番可能性があるのが、殺害されたということであった。
 彼女に恨みを持っている人は結構多かったようだ。スナックでも女性の間でお客を巡ってバチバチだったこともあるという。実際に綾音(源氏名:静香)は、結構惚れっぽい方で、それだけに気に入った相手にはあざといモーションを掛けていたという。
 そのあからさまなやり方に、一時期店はぎこちなかったようだ。女の子同士のバチバチはもちろんのこと、彼女に惚れられた男性も、困惑している人が多かった。元々女性にモテたくてスナック通いをしているのだろうが、相手からモーションを掛けられ、しかもその女の子が恋多き女だということであれば、ターゲットになった男性も他の男性や店の女の子の手前、どうしていいのか思慮に困ったことだろう。
 まさかそんなことで殺そうと、計画まで立てるというのもおかしいと思うが、お金がそこに絡んでくると、殺害の動機としては、俄然脚光を浴びることになるだろう。ただ、その事実を証明するのは難しかった。なぜなら、その当時と店の女の子も客層もすっかり変わってしまっていて、当時の関係者に当たることがなかなか難しいということだった。
 辞めていった女の子がまたどこかのスナックで働いているとなると話題にも入ってくるだろうが、そういうわけでもなく、客に関しては、それこそ店でだけの関係という人が多かったので、見つけるのは最初から困難だった。
 いろいろ考えてみると、調査報告における綾音という女の情報も、どこかに抜けがあるような気がして、気になるところでもあったのだ。
 ただ、ここまで考えてくると、
「本当に殺害されたのだろうか? 自殺という可能性も若干出てきたのではないだろうか?」
 とも考えられるようになってきた。
 結果的に警察の捜査と同じような意見に近づいたわけだが、それはプロセスにおいて違っている。警察も確かに殺害や事故も視野に入れて捜査しただろうが、捜査の基本方針としてはあくまでも自殺だったはずだ。だから殺害や事故については、本当の通り一遍の捜査だったのではないだろうか。警察という組織は基本方針が定まれば、それ以外の意見を持ったり、私情を挟んで勝手な捜査をすることは許されないはずだ。もしそんなことをしようものなら、その捜査員はきっと捜査から外されることになるのではないだろうか。警察というのは、そういうものだ。
 また鎌倉の中でこの事件が殺害されたわけではないかも知れないと感じたのは、やはりボートの話が出てこなかったからだ。
 そしてもう一つ気になったのは、
「いくら警察が通り一遍の捜査しかしないとはいえ、ボートがなかったことに関して何も疑問を感じないというのはおかしなことだ」
 というものであった。
 つまりボートに関しては、警察でも調べがついていたのではないか。警察の調書には残っているのだろうが、それを確かめる権限は鎌倉にはない。そうなると、もう一度その当時の関係者に訪ねてみるしかないのだが、それを探偵が不思議に思わなかったのもおかしなことだ。
 ひょっとすると、ボートのことも分かっていたが、わざと書いていないだけなのかも知れない。忘れただけなのか? それとも何か意味があるのか? 今の時点ではどちらとも言えなかった。
 もう一つ考えていたのは、自殺だとすれば、その動機である。殺害された場合もその動機が問題になるが、人が事故(自然死を含む)や病気、寿命以外で命を落とすとすれば、そこには必ず死ななければいけない理由が存在する。
 死にたいと思う。あるいは、殺したいと思うだけの動機というと、かなりのものではないだろうか。
「死んで花実が咲くものか」
 とよく言われるが、自殺にしても、殺害にしても、行動した人はその時点でおしまいだと言えるのではないだろうか。
 綾音が死ななければいけない理由、この調査報告を見る限りでは、彼女にはストーカーがいたということになっている。一番考えられるのは、自殺した場合には、ストーカー被害からの精神喪失により異常をきたして、自殺を考えたというもの。そして殺害であれば、そのストーカーが相手にしてくれない相手に逆恨みをして殺害したという考え。どちらもありえるようで、信憑性というと微妙なところであった。
 捜査報告によると、ストーカーを受けていたことに対しての実証は残っていないようだ。手紙やメールにしても、本人がすべて削除したのではないかと思われる。
 ただ、もし警察に届けたり、どこか例えば探偵に依頼するなどした場合、それらの実証は重要な証拠になるはずなので、簡単にメールの削除や、手紙の喪失などしないだろう。もっとも警察などというところは、ストーカー事件などは特にそうなのだが、何か被害が起こらないと動いてはくれない。届け出たとしても、結構長い時間帯要してくれる割には、形式的な調書を取るだけで、親身になって聞いてくれるわけでもないし、せめて、
「お宅のまわりの警備を強化するようにしましょうね」
 と言ってはくれるが、本当にどこまでしてくれるのか、この事情聴取だけを見ても、それほど信用できるものではないだろう。
 そんなことは鎌倉にも分かるくらいなので、探偵であれば、当然分かっているだろう。彼だって元警察官だというではないか。そんな警察に嫌気がさして、探偵になったのだとすれば、警察に対して少なからずのライバル視や、警察にできない捜査を率先して行うのではないかと思った。
 このストーカーについては、一応ここに来る前に少し彼女の勤めていたというスナックのママさんに聞いてみた。
「あまり詳しくは覚えていないんだけど」
 という前置きはあったが、
「あれは確か作家とかいう人だったと思うわ。本人はそう言っていた。そしてその人を桜井さんも知っていて、その作家さんは昭和の古きよき時代の恋愛小説を書いているって言っていたわ。そうそう、交通事故を見た時のトラウマで、残虐な描写ができない人だって言っていたわ。彼にそれを書けることができれば、きっともっと売れていたかも知れないともね」
作品名:都合のいい記憶 作家名:森本晃次