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都合のいい記憶

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 こんなものが残っていると、読んだ人間が変に思うではないか。どこが変なのかと、今の鎌倉のように疑念を抱くのではないだろうか。
「まさか、その疑念を抱かせるのが目的だとでもいうのだろうか?」
 そんな風にも感じた。
 とにかく、この女性の失踪事件が起こった一年後に、身元不明の水死体が上がったということを再調査する必要があるだろう。
 綾音のことをあれだけ詳細に、警察でも難しかった彼女の過去の問題の捜査までできた彼が、このことについてあまり触れていないのは、警察が考えているのと同じように、この水死体は綾音とは関係ないと思っているからであろうか。前述のように、それであれば、書く残す必要はなかったはず。ここに鎌倉は、
「心理的な矛盾」
 を感じるのだった。
 まず最初に気になったのは、ボートだった。死体が発見されたのは、湖の奥の方での発見だったという。何かを使って湖の沖に漕ぎ出して、そこから身を投げたと考えるのが自然だった。つまりこれはいわゆる「自殺」ということになる。
 そのことについては、地元の新聞が記事は小さかったが、数行の中で、
「警察は、事故、事件、自殺とあらゆる面での操作を続けている」
 と最後に綴られていた。
 数行しかなかったのは、警察でも分かっていること、つまり、発表できることが少なかったので、形式的な記事しか書けない。これでは主観を入れることはできず、客観的にしかならないわけなので、形式的な記事になったのも仕方のないことだろう。
 それだけしか予備知識はなかったが、警察では結局自殺として片がついていた。
 しかし、これもおかしなことで、
「どうして、死んだ人の身元も分からないのに、自殺だなんて言えるんだろう?」
 という矛盾を感じた。
 自殺するには自殺するだけの理由が必要である。その理由を記した遺書でもあれば、考える間もなく、自殺であることは明白なのだが、肝心の遺書が見つからない。
 それとこれを自殺を考えるなら、もう一つ不思議に思うのは、
「なぜ、ここでの入水自殺だったのだろう?」
 という思いである。
 自殺というと、いろいろな方法があり、その場所も方法によって異なる。自殺を思い立った場合、まずは、
「どれが一番楽に死ねるだろうか?」
 と感じることだろう。
 たぶん、彼女は自殺を考えた時、いろいろなパターンを思い浮かべたはずである。しかも自殺を思い立てば、普通なら、
「すぐに死ななければいけない」
 と思うものではないかと、鎌倉は思った。
 なぜなら、時間が経つにつれて、死ぬ勇気の持続ができなくなるのではないかと感じたからだ。
「死ぬ勇気なんて、二度も持てるものではないよ」
 と、テレビドラマのセリフを思い出していた。
 自殺をしようとして未遂に終わった人が、病院で再度の自殺を図ったように見えた看護師が慌てて止めに入った時に(実は誤解だったのだが)、その人が言った言葉だった。
 俳優が上手だったのかも知れないが、その時の自殺志願者の表情があまりにも穏やかに見えたのが印象的だった。ショックだったと言ってもいいかも知れない。それだけ死を意識するということは、本人にとってかなりデリケートな心理状態なのだろう。
 死を意識したということは、生きているよりも死んだ方がマシだと思ったからに違いないが、その死を一発で決められず、中途半端に残ってしまった時の心境は、
「死の怖さ」
 を思い出すだけのことだったのだろう。
「死んだ気になれば、何だってできる」
 というベタなセリフをそれほど信じているわけではない鎌倉だったが、それでも、
「死ぬ勇気なんて、二度も持てるものではないよ」
 という言葉は、数倍信用できるだろう。
 死に方にしてもそうである。一見派手に見えて恐ろしい死に方であるが、一気に死ねるという意味では選択しやすいかも知れない。
 リストカットであったり、ガスや毒や睡眠薬などの薬物によるものは、地味ではあるが、その分、楽に死ねるのではないかと思うだろう。
 しかし、死にそこなってしまった時のことを考えると、その後遺症を引きづらなければいけない分、死を意識する前よりもリスクが大きくなる。
「死んだ方がマシだ」
 と思った世界に引き戻された上に、さらにリスクが大きくなるのだ。
 しかも、一度死を意識した人間は、まわりからも、
「また自殺されると困る」
 という困惑の目で見られる。
 この困惑の目は、偏見の目に似ているだろう。自殺の原因がもし人間関係にあった人には耐えがたいものではないだろうか。
 そう思うと、一気に、しかし確実に死ぬことのできる死に方を選ぶのではないだろうか。入水自殺というのが、確実に死ねる死に方だというのは微妙な感じで中途半端だが、どうしてこの方法を選んだのか、考えものである。
 ただ、自殺だとハッキリ分かったわけではない。事故の可能性も一応疑ってみたが、どうやらそれは考えにくいようだ。
 彼女が発見されたのは、湖のかなり中心に近いところだという。考えてみれば、よく発見できたというのも不思議だったが、そこはこの事件とは関係のないことなのであまり気にしないようにしていた。もっともそのことは調査報告書にも書かれているわけではなかった。
 もし、彼女が事故であれ、事件(殺害された)であれ、自殺であれ、必ずボートを使うはずだという疑念は先ほど記したが、そのボートがどこからも見つからない。いや、この調査報告書には、ボートのことに一切触れていないのだ。
 ちょっと考えれば分かりそうなボートへの発想。もちろん警察でも問題になったはずだ。殺害されただととすれば、犯人がボートに乗ってやってきて、ここで死体を遺棄したということになるので、ボートは犯人が用意したということで理解できるのだが、少なくとも殺害現場は、湖の上ということは考えにくいだろう。
 もし、ここで殺害しようものなら、刺殺、毒殺、薬殺にしても、必ず相手は抵抗するはずである。そうなると不安定な水の上でのボートは、転覆しかねないということで殺害には向かないことは一目瞭然だ。
 となると、殺害現場は他にあるということになる。どこかで殺害しておいて、この場で死体を遺棄する。確かにこんなに広い湖の、しかも中央部分は発見される可能性も少ないかも知れない。重石をつけて、そのまま湖底に沈めればいいだけだからである。
 この哀れな水死体を綾音ということを第一候補として、さらにこれが殺害であるとして捜査もしてみたようだ。
 彼女の失踪迄の状況として勤めていたスナックが捜査の対象とされたのも無理もないことだった。
 だが、店の人の話では、
「あの娘を殺そうなんて思っている人はいないと思いますよ」
 ということだった。
 それよりも警察で気になったのは、彼女がスナックで雇われる前の経歴が不明だったということだ。
 そのことが警察の興味を大いにそそった。
 しかし、警察でも捜査したのだろうが、なぜかよく分からない。探偵が捜査すると、彼女にはかつて結婚経験があり、流産したことがあったのだということが分かったというが、やはり捜査に探偵と警察ではどちらが協力的だったかということである。
作品名:都合のいい記憶 作家名:森本晃次