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都合のいい記憶

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 この一帯は、完全にこのホテルが仕切っていると言ってもいいだろう。何しろこれだけ広大な広さを誇っているのだが、ほとんどが湖であり、それを囲んでいる森林地帯なのだからである。ホテルの近くの部分だけがかろうじて開拓されている。ひょっとするとあのあたりも元々は森で、ホテル建設のために整備されたのかも知れないとも感じた。
 だが、そのうちにこのまわりには別荘が建ち始め、少しずつ開拓されていったのだろう。そう思うと、このホテルも、最初はホテルではなく、どこかの財閥が財に任せて作ったものではないかと思えてきた。
 だから、別荘が建ち始めたのも、金持ちの象徴として、外界から遮断された場所ということで、ここが選ばれたのかも知れない。そういう意味では、ここはある意味、治外法権の場所であり、この土地独自の法律でも存在するのではないかと思えた。
 日本には、昔から高級住宅街というのが存在する。東京でいうところの田園調布であったり、関西でいうところの芦屋などがその例であろう。しかし、それは表に出ている例であって、ここのような表に出ていない場所も少なからずいくつかは存在しているのではないかと思えてきた。
 その日は軽く湖畔を散歩したが、歩きながら、横目に見ていたのは、対岸であった。じっと見ていると、まったく動いていないように思う。それはきっとそれだけ広いからなのではないだろうか。しかもまるで図ったかのような見事な円形をしているということは予備知識として持っていたので、これが自然の力だとすればすごいことだと思った。人間業でできることではないので、当然自然の力によるものであろう。
 ただ、世界には驚くべき文明が存在する。かつてのエジプト文明のようなピラミッドの幾何学的な緻密な計算に基づいて完成されたということ。さらにインカ文明の大地に存在する、
「ナスカの地上絵」
 など、何をどう説明しても合理的な説明などできるはずもない。
 そう思うと、ここも日本のピラミッドであり、ナスカの地上絵なのだと言えるのではないだろうか。
 こんな神秘的な土地で一人の人間が姿をくらました。それからどうなったのかを後から探すというのは、本当は無理なのではないかと鎌倉は思い始めていた。

                  真実とは

 その調査報告書は、前述のように、見つかった順番ではなく、実際の時系列通りに並べられていた。調査を行った探偵が、提出物だからと気を利かせて作成しなおしたのか、それとも彼自身の几帳面な性悪からだろうか。それとも、一度は発見した都度書いてきたものをそのまま提出したのを、依頼主側からのクレームで作り直したのか、そのどれかであろう。
 しかし、そのどれかによって、実はこの事件がどう動くかを暗示しているのは、後になって分かることだった。この事件の根幹となる部分といってもいい。解決へのきっかけと言ってもいいかも知れない。
 それはさておき、その報告書の最後に但し書きのようなことが書かれていた。あくまでも、
「ちなみに」
 という程度の但し書きで、事件に関係あるかどうか分からないものだった。
 だが、鎌倉にはそのことがやけに気になって、その部分を自分の方で捜査しなければならないと思った。なぜなら、この探偵は気になっているはずのこの事柄について調査を行ったのか行っていないのか、とにかく報告書には調査をしたということは一切書かれていなかったからだ。
 そこに書かれていたのは、
「ちなみに、中川綾音が失踪したとされる一年後、湖で水死体があがった。女性であることは間違いないようだが、身元はハッキリしなかった。肉体はほとんど腐乱しており、ほとんど骨だけになっていたからだ。警察で調べられたが、行方不明者で該当する人はおらず、ただ、中川綾音の失踪時期に死体の腐乱具合が似ているということで、警察はその線で洗ったようだが、生前の中川綾音の身体の特徴や、DNA鑑定しようにも、元々の中川綾音のDNAが入手できなかったようで、中川綾音ではないかと思われたが、決定的な証拠もないので、無縁仏として最後は荼毘に付されたということだった」
 という内容だった。
 限りなく黒に近いのだろうが、それだけでは断言できない。それが難しいところであった。
 ただ、綾音の消息もこのホテルから失踪してバッタリと途絶えてしまったままである。
 忠弘という男の正体もグレーであると書かれている。綾音もスナック勤めを始める前は何をしていたのかよく分かっていないようだ。それも探偵が捜査してようやく分かったのだろう。綾音が結婚していたということが事実だとすれば、実に大きな手掛かりである。水死体が上がった時、綾音のDNAが分からないということだったが、もっと前に探偵が調べていれば、結婚のことも分かったので、DNA照合もできたかも知れない。
 警察で調査しても分からなかったことが探偵に分かるというのは、国家権力よりも探偵の捜査能力の方が強いということだろうか。しかし警察というのも通り一遍の捜査しかしないもので、マニュアルに沿った捜査に基づくもの以外は、基本的にしないだろう。そう思えば、探偵の方が身軽に動けるのかも知れない。何しろ警察官といっても公務員である。権限もあれば、制限も厳しい。
「捜査能力にはおのずと限界というものがありますからな」
 という言葉をドラマかなにかで見た記憶があるが。その時のセリフが思い出されてきたのだ。
 ということは、警察は今のその水死体の身元を分かりかねていることだろう。探偵の方も、
「ちなみに」
 という言葉を使っているが、あくまでも事実関係だけが述べられているだけで、決してそれを綾音だとは言っていない。
――そういえば、その時に忠弘も水死体の検分に呼ばれたのではないだろうか――
 と思った。
 何しろ、失踪現場に居合わせ、一番親しいと思われた忠弘なので、失踪当時のことなど、さらに聞かれたであろう。スナックの人たちも同じような目に遭ったのではないかということも想像がつく。
 警察の捜査については何も書かれていないが、実際に警察の捜査を知る必要があったのか、それともハッキリとしないと警察が言っているものを、いくら調査依頼があったとしても、警察に探偵が乗り込んでいくというのも筋違いな気がしたのだろう。
 特に警察というところは身内でも、管轄などで敵対しているくらいなので、探偵と聞くだけで、怪訝な顔になるに違いない。
 実際にこの探偵も警察は嫌いなようで、捜査報告でも警察から仕入れたであろう情報は、ごく形式的に書かれているだけだった。彼にとっても警察は天敵だと思っていたのかも知れない。
 そのせいで、せっかくの最後の情報も曖昧なまま書かれているだけだった。
 鎌倉は、その探偵の調査報告書を見て、少し疑問に思った。それは、
「本当にこれは調査してきたことを、曲げることなく、事実が書かれているのだろうか?」
 という疑念だった。
 そもそも、時系列でキチンと整理されているところが気になるところである。
作品名:都合のいい記憶 作家名:森本晃次