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都合のいい記憶

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「僕を買いかぶりすぎていませんか?」
 と聞くと、
「いや、僕としては、君が一番適任ではないかと思っているくらいなんだ。小説のジャンルとしてはなかなか世間に受け入れられないものではあるので、今はまだ鳴かず飛ばずだが、僕は君の小説には一種異様なものを感じているんだ。きっと今は数少ない読者なんだろうけど、その深さは、決して浅いものではないと思っているんだ」
 と言っている。
 おだてにも聞こえなくはないが、そこまでしてその捜査を続けたいのかと思うと、何となく鎌倉にも興味が湧いてきた。
――それにしても、何をそんなにこだわっているんだ?
 という思いもある。
 出版社の社長に絡んだ人の失踪。ひょっとすると出版社では極秘にしていることが、この捜査で明るみにでるかも知れない。そのリスクを考えての鎌倉への依頼だとすれば、逆にどうして探偵でも雇わなかったのかと思う。探偵であれば、基本的に守秘義務も守ってくれるだろう。
 と思っていると、それを見越したように。出版社の人は、テーブルの下に置いてあった資料を机の上に置いた。それは何かの捜査報告書のようなノートに、スクラップブックのようなもの、それぞれ一冊ずつあった。テーブルの下に隠すように置いてあったので、この話とは関係のないものだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
「これは、この事件に関して、マスコミが報じたニュースの切り抜きと、実はその後、探偵を雇って少し調べてもらったんだ。そういう意味ではある程度くらいまでは分かっている。だが、それは決して表に出ることのなかった裏で行われた事実が書かれているだけで、その理由や原因となったことについてまでは書かれていない。あくまでも推理にとどまるだけで、探偵の推理は一見、どこも間違っていないかのように思えるのだが、何か私にはそれだけでは納得のいかないことがあるのだ。この資料を君に示すので、君なりの答えを何か見つけてほしいんだ」
 と言われた。
 これがヒントになるのかどうか分からないが、ここまで分かっているのであれば、今度は鎌倉の方にプレッシャーがかかるというものだ。
「やはり、引き受けるには、かなりのリスクを伴うのではないだろうか」
 と思った。
 それにしても、探偵の捜査のどこが気に入らないのだろう。集めてきた証拠をそのまま表面上の理屈にだけ押し当てた形式的な推理だったということになるのだろうか。そんな推理というものは、編集者のプロに掛かれば、意外と簡単に見破ることができるのかも知れない。
 考えられるとすれば、捜査のプロと、捜査に関してはプロではないが、発想に関してのプロとのどちらもの意見を知りたかったということか、あるいは、捜査のプロに捜査をさせ資料を作成し、作成した資料を元に、今度は発想力の高い人間の手によって、さらにその資料を最大限に生かすことで目的を果たそうとする考えだ。
 後者の方が数段前者よりもリアルな発想であり、説得力がある。きっと出版社の方ではこちらの方を採用したのだろう。その白羽の矢があったのが、鎌倉だったというわけだ。
 この白羽の矢が当たったのは偶然なのか故意なのか分からないが、編集部を訪れた時に何も知らなかったのを思えば、偶然だったと思った方がよさそうだ。
 探偵の捜査資料としては、ほとんどが形式的な調査を元に、時系列に沿って書かれていた。
 それは捜査の時系列ではなく、失踪した彼女の身元から経歴などである。きっと身内の人を調べて書き上げたのだろうが、どうやら彼女は身内も知り合いもごく少ない女性だったようだ。
 そのことは、社長にもそれなりに分かっていたようだ。だが、彼女からハッキリとその口で聞いたわけではないが、その一挙手一同を見ていれば分かってくることもあるというもので、ウスウス感づいていた思いが次第に固まっていき、それが確証に変わってくると、さすがの社長も怖くなったという。
 この会社の社長というのは、表面は結構温厚で、慈悲深い人間に見えていたが、女性に関してはかなりシビアな人で、自分に近寄ってくる女性は、皆自分のために生きているとさえ思っているほどであった。
 もちろん、女性の中には彼自身というわけではなく、社長としての地位や、実際の財産にしか興味のない人もいた。そんなことは社長にも分かっている。分かっていて、
「来る者は拒まず」
 の精神であった。
 むしろそんな女性の方が、あと腐れがなくていいとすら思えた。
「お金で解決できるなら、それでいいじゃないか」
 という考え方である。
 お金目的の女性は、実に淡白なくせに、ベッドの中ではかなり情熱的だという。本来なら逆な気がするが、社長には分かるというのだ。社長としては、
「金目的の女には、恥じらいというものがない。羞恥のない女のセックスはまるで野獣のようで、欲望や快感を貪ってくるのだ」
 というのが理由だという。
「それに比べて、私個人という男性に愛情を感じてくれる女性というのは、恥じらいがあり、こちらが覗こうとすると、本能で拒否しようとする。その態度がいじらしく、そして嫌らしいのだ。私はそんな女にそそる。セックスの間もそんな女性に美というものを感じずにはいられないのだ」
 と言っている。
 そして、例の女にはそのどちらもあったという。恥じらいで顔を覆うような羞恥心を持った時と、欲望や快感で身を焦がしている時とである。
 だから、彼女が社長に近づいたのは、お金目的もあるだろうが、それだけではないと言っている。ただ、愛情だけが溢れているわけではない。とにかく不思議な女だそうだ。
 どこか狂気に満ちたところもあるのだが、決して本能を剥き出しにはしない。女に関しては百戦錬磨を自称する社長でも、その女だけはひょっとすると自分の手に負えないのはないかと言っていたという。
 そして、さらにこの社長の特徴としては、
「去る者は追わず」
 といういしきを持っていたという。
 去ろうとする者を追いかけてもまったく意味がない。潔さが縁の切れ目だという思いでいる。これが彼のモットーではないのだろうか。
 これは探偵の資料の中に書かれていたが、まさか彼がこれを社長に示したとは思えない。ひょっとすると、この資料は、失踪した女の秘密を探るうえで必要だと思い、社長のことを密かに調べた内容を、社長以外の誰かが手に入れて、社長にだけ見せずに、一連の資料として保管していたのではないだろうか。そこまで彼らは鎌倉に提供する資料としていたようだ。
「それだけ調査をしようと思い立った方も、真剣に考えているという証拠なんだ。しかしなぜなんだろう? この女に何か秘密でも握られているのかな?」
 と、鎌倉は邪推していた。
 探偵の捜査は確かに結構役に立つかも知れない。少なくとも出版社からだけの情報では、これまでお警察やマスコミの発表など一から調べなおさなければいけなかったからだ。しかも探偵の調査には素人の我々ではできない情報収集も含まれている。それは探偵料を頂いているのだから当然と言えば当然だ。
 何日も費やして調べなければいけない内容を資料を読むだけで把握できるのだから、ありがたいというものだ。
作品名:都合のいい記憶 作家名:森本晃次