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都合のいい記憶

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 ただ、考えるという言葉は、いろいろな場面で使われるので、きっと広義の意味と、狭義の意味との二種類に分かれるのではないだろうか。さっきの話は極論に近く、かなりの狭義の意味に近いのではないだろうか。
「小説執筆は明日からにして、今日は少しゆっくりしよう」
 と思い、ふと気が抜けたことで、何か睡魔が襲ってきたような気がした。
 服を着替えるのも煩わしいくらいになっていて、ベッドに倒れこんだ鎌倉は、そのままベッドのバネがかなりよかったのか、そのまま眠ってしまったようだ。
「気が付けば寝ていた」
 というのは、こういう時のことをいうのだろう。
 何も考えないで眠ったつもりだったが、どうやら夢を見たようだ。鎌倉は今までの経験から、夢を見るのは何かを考えている時だと思っていたが、この時に何を考えていたのか自分でも分からない。ただ、きっと何か気になることがあったのではないだろうか。
 この時の夢は、まさに夢の世界とうつつとを行き来しているかのようだった。夢の中で、今倒れこんだベッドの上で目を覚ましたのだ。
「だったら、夢じゃなくて本当のことなんじゃないか?」
 と思われるだろうが、鎌倉には夢だという意識があった。
 普段は夢を見たとしても、夢を自分が今見ているという感覚はない。そんな時はすぐに目が覚めてしまうか、うたた寝だったことに気付くのかのどちらかではないだろうか。
 うたた寝ではないというのは分かっていた。もしうたた寝だったとすれば、身体を起こすことができないと思っているからだ。つまりうたた寝を夢と混乱してしまう精神状態の時は、身体が金縛りに遭ったかのように動かないというのが、鎌倉の考えだった。
 夢の中で、鎌倉はまっくらな場所にいた。そこは前を見ても後ろを見ても、いや、どちらが前なのか後ろなのかも分からない場所にいて、足を一歩も踏み出せないことに恐怖を感じていた。
 しかし、不思議なことに疲れは感じない。足が棒のように硬くなっていて、足の芯からまるで熱を持っているかのようで、さらに鉄のように硬くなっている。
――これが金縛りというものなのか?
 と、鎌倉は考えたが、自分が金縛りに遭うのはその時が初めてだった。
 それはきっと足を踏み出すことができずに、どれほどその場所にいたのか、自分で分かっていないからだ。
「足に根が生えたような気がする」
 という言葉を聞いたことがあるが、まさにそんな感じである。
 前に踏み出すと、そこは断崖絶壁になっているのではないかと思っている。風が吹いてこないことが却って怖いと思わせ、自分に油断させて、足を踏み出させようという魂胆に感じられる。
 踏み出した足が、何の障害も感じなければ、そのまま谷底に落っこちて、気が付いていれば死んでいる状況になっているかも知れない。
 断崖絶壁だということが分かれば、普通であれば、腰を下げて、まるで匍匐前進のように、その場にビタットと這いつくばる形になるはずなのに、それができないのは、足元以外の場所がすべて吹き抜けになっているかも知れないという恐怖からだ。
 まったく動くことのできないそんな状況に、
「夢であってほしい」
 と感じる。
 そして夢であると信じ込もうとする。信じ込んでしまえば勝ちだという感覚からであった。しかし、そこが果たして夢であるという根拠うなど何もないにも関わらず、急に怖いという感覚がマヒしていた。まるで他人事のように思えるその状況は、他人事だと思った瞬間に、目の前の暗さが解消され、その場所がどこかの倉庫であることが分かった。きっと電気がついたから分かったのだろう。
 鉄工所としては、それほど大きくない場所にトタン屋根が張り巡らされ、どこかからか油の匂いが沁みてくるこの状況に身体が湿気に包まれているのを感じた。
 どうやら、自分は縛られているようだ。身体が動かなかったのは、縛られているからで、これでは腰を曲げることもできるはずはなかった。
 自分は眠っていたと思った。最初は夢だという感覚があったわけではないので、目が覚めるとまっくらな場所にいて、前も後ろも分からないことで、それだけでパニックに陥ってしまったのだ。
 誰が鎌倉を縛ったのか? 一体何の目的で?
 誘拐されたのだとすれば、身代金が目的か? そうであれば、身代金を誰に請求するというのだろう?
 少なくとも誘拐されて、身代金を払ってくれる保証はない自分などを誘拐してどうなるというのか? それを思うと、この状況自体が納得できないものであった。
 そうなると、
――やはり夢なのかも知れない――
 と感じたが、夢であれば、早めに覚めてほしいと思った。
 だが、もう一つ考えたのは、どうしてこんな夢を見たかということである。夢というものが潜在意識が見せるものだという話に則れば、このまま目が覚めたとすれば、どういう状況で眠りに就いたかということである。もし、目が覚めて、もっとロクなことではなかったら、
「目なんか覚まさなければよかった」
 と思うかも知れない。
 しかし、これ以上のロクなことではないというのはどういうことであろうか。想像もしたくないことであった。
 幸いにも今目の前に誰もいない。何とかこの場を逃れる方法を考えたいものだが、どうしても頭が回らない。自分の中で、頭を動かしたくないという意識があるからではないだろうか。
 何も考えたくないと思うことは過去にもあった。徹夜でレポート作成をした大学時代、高校時代の受験勉強など、気が付けば眠っている。そんな時見る夢は、レポートが間に合わず単位を落としたり、受験の当日に寝坊をして、試験すら受けられなかったという夢だったりする。
 つまりは、現実逃避から見た夢は、結局は本末転倒な結果しか得られないものだったということになるのだ。
 だが、もし自分が誘拐されているのだとすれば、自分が行方不明になっているということを示している。
「きっと皆俺のことを探してくれているんだろうな」
 と感じていたが。何やらムズムズしたものを感じた。
 それは、皆俺のことを知らないという胸騒ぎだった。知らない人間であれば、いくらいなくなろうが下手をすれば殺されようが誰の知ったことでもないわけである。普段から、どんなに近しい人でも他人のように感じてきたのだ。その報いを夢の中で思い知らされていた。
 そう思うと、場面が切り替わった
「これは、つい最近見たどこかのオフィスではないか?」
 と思ったが、すぐには思い出せなかった。
 だが、思い出せなかったのも一瞬のことで、
「ああ、ここは湖畔のホテルを紹介してくれた出版社ではないか」
 と感じた。
 ただよく見ると事務所はもぬけの殻で、誰もいなかった。皆、どこに行ってしまったのだろう?
 事務所の机の上は、乱雑にいろいろな資料が散らばっていて、本当に喧騒とした雰囲気である。ただ人がいないだけというだけで、今の今まで人がいたような温かさが残っていた。
作品名:都合のいい記憶 作家名:森本晃次