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短編集85(過去作品)

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 焦りが消えて余裕が持てるようになったことで、鏡の中の自分が衝動で行動するタイプの人間を作ってしまったように思える。
 何しろ和子に対しては一目惚れだったではないか。一目惚れした自分が、和子の中の愛を欲する部分を持って鏡の中に入ってしまった。鏡から感じる自分の後ろからの視線、それは和子に違いない。しかしその視線は、あくまで冷静で、冷たさを含んでいる。自分の知っている和子ではない。
――和子にこんな部分があったなんて――
 今さらながらに感じたが、その視線は間違いなく正対している目黒に対して浴びせられたものだ。
――別れて正解だったんだ――
 ホッとしている自分と、他人事のように思えない自分がいる。それは鏡の中の自分の視線を思い出すからだろう。
 だが果たしてそうなのだろうか?
 今、目黒は静子との結婚を真剣に考えている。結婚してしまってから見る鏡を思い浮かべていた。そこにいるのが何も知らない自分で、その後ろにもう一人誰かいたらどうしよう……。
 そしてその時の自分が鏡の向こうを見る視線。もう一人の自分の視線を忘れられない自分の視線だったら……。
 まるで、鏡を自分の両側に置いて、片方の鏡を見ている感覚だ。
 その向こうには果てしなく広がる世界があり、自分が無数にいることだろう。
 鏡の中の自分の一人一人には女性がついていて、無数の可能性を感じさせる。
 静子と結婚してから見る鏡、鏡の中の自分の後ろから見つめている女性の顔、それが誰であってどんな表情をしているか、考えただけでも恐ろしい……。

                (  完  )


作品名:短編集85(過去作品) 作家名:森本晃次