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短編集85(過去作品)

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 よくトラブルに見舞われるのも、そんな性格が災いしているのかも知れない。それでも優しいところを差し引くから、大事に至ることもなく、事なきを得ることが多いというのは自分中心の考え方だろうか。
 目黒は自分が最近、気分的に起伏があることに気付いた。躁鬱という意味ではないが、特に一日の中の時間単位で違うことが分かってきた。
 朝、いつも会社で機嫌の悪い同僚の顔ばかり見ていて、
――どうしてそんなにブスッとしているんだ――
 と思っていた。
 直属の上司など、その最たるもので、朝話しかけようものならこちらを見上げて、睨みつけられるだけだった。
 いくら上司でも朝からそんな顔の人に話しかけたくなどないというもの、それは目黒だけではなく皆同じであった。しかし、そのうちに皆知らず知らずに朝機嫌が悪くなっていて、一人の存在がこれほどまわりに影響を与えるなど思いもしなかった。
 それでも、
――自分は染まらないぞ――
 と頑張ってきたが、最近は自分までが憮然とした態度で他の人に接しているように思える。我慢も限界に来たのだろうか。鏡を見ると、
――これが本当に自分の顔なのか?
 とまで思うようになっていた。鬱状態の自分とはまた違う自分である、鬱状態のように感覚が麻痺しているわけでも、何も考えられないわけではない。意識して憮然とした表情になっているのだ。そんな自分が嫌だった。
 そんな態度は休みの日でも時々現れるようだった。静子と一緒にいて、時々無口になってしまう。そんな時、静子は黙って目黒を見つめているが、その目に哀れみを感じるのは自分でも憮然とした表情をしていることに気付いているからだ。
 もう会話などない。何を話していいのか分からないし、静子も黙って見つめているだけだ。
――何か話さなくちゃいけない――
 そう思っている時はまだましだ。静子の顔を見るのも辛い時だってあるくらいだ。それは一晩を一緒に過ごした時でも同じこと。だからこそ静子にもよく分かっているのだ。
 しかし夜になると違う。やたらと饒舌になり、かといって普通のお喋りというわけではなく、あくまでも紳士に、そして静子も淑女になるのだ。この時ほど、大人の付き合いを意識する時はなく、むしろ身体を重ねるのは、その気持ちを確かめたいからだと思っている。
 だが、反面夜になると臆病になることがある。一人でいたくない気分に陥ると静子に会いに行く。何に臆病なのか分からないが、朝起きた時の自分がまったく違う自分になっていないかなどという、とりとめのない不安に襲われたりもした。
 一日のうちで一番気持ちに余裕があるのは、眠りに就く時で、一番辛いのは目が覚める時だろう。現実逃避の後に、かならず戻ってこなければいけない宿命、朝の気分の悪さはそこから来るのだ。
 和子も静子もそれぞれに素晴らしさがあり、そこに共通点はないような気がする。和子と付き合っていて補えなかった点を静子が補ってくれている。しかし、静子には和子に感じたような燃える思いは存在しない。それは自分が学習したからなのか、それとも単純に歳を取ったからなのか分からないが、少なくとも、そんな単純なことではないように思える。
 共通点という意味では、二人と付き合っている間に思い出すのが、初恋だと思っている教育実習生の女性のことだ。忘れてしまったつもりでいるのに思い出すというのは二人を見ていてその後ろに教育実習生を見ているからに違いない。やはり初恋は自分の中で理想の女性を作り上げ、勝手なイメージが先走ってしまっているのかも知れない。
――今頃どうしているのだろう――
 結婚して平凡な専業主婦をしているイメージが一番浮かんでくる。
 先生と呼んでいた頃に感じた大人の雰囲気と、これから社会に出ようとする者が持っている期待と不安が入り混じっている表情が忘れられない。だが、今は血気盛んな雰囲気よりも、エプロンをつけて台所に立っているイメージが浮かんでくるのは、そろそろ自分にも結婚願望が出てきた証拠ではなかろうか。
――朝起きて台所に立っている女性がいれば、きっと今の朝に対する気持ちがかなり変わってくることだろう――
 と考える。朝というものが目覚めの延長である以上、どうしてもイライラした気持ちになってしまう。それは覚えていないだけで夢が起因しているに違いない。
 夢というものは時々しか見ないものだと思っているが本当にそうだろうか?
 ひょっとして今見ているのが現実のつもりで、覚えていなければ、それすら夢なのかも知れない。
 夢とは忘れてしまうから夢なのであって、覚えていることは逆に奇抜な発想が多い。とても現実で判断できないことや、あまりにも自分の本音に近いことのように強烈なインパクトを持ったものだけを覚えているのだ。
 そういえば最近忘れっぽい。その時は覚えていても、すぐに忘れてしまう。
 メモに取っていたとしても、どこに書いたかを忘れてしまう。きっと頭の中で整理がついていないのが原因なのかも知れない。
 いや、いつもいろいろなことを考えているからではないだろうか、発想が発想を呼び、何から始まった発想なのか、いつの間にか分からなくなってしまう。
 考えることがそのまま夢に直結することだってあるだろう。
――潜在意識が見せるのが夢――
 と思っている目黒にとって、現実と夢の境目などないのかも知れない。
 起きてから覚えていないのは、忘れてしまっているのではない。夢で見たことを現実だと思っているからだ。
 時々人と話をしていて、話が噛み合わないことがある。
「あの時話したとおりだよ」
「ん? 話をした? 覚えてないな」
 こちらが話をしても相手が覚えていないことがある。
「夢でも見たんじゃないか?」
 と、笑っている相手にこちらも笑い返すが、表情とは違い、不思議な気持ちに包まれていた。
――まさしくそのとおりだ――
 きっと真剣なまなざしになっていることだろう。
「そんなに睨むなよ」
 と言われるが、真剣な表情をする場面ではないにもかかわらず、思い出しながら真剣に考えているからだろう。
 静子に対して感じることは、本当に真剣な付き合いをしているという思いである。和子との付き合いも、真剣だった。決して中途半端な気持ちではなかったが、いかんせん、気持ちの中に余裕というものがなかった。そのため、相手の気持ちに振り回される結果となり、まわりから見ていて、恋愛ごっこのようにしか見えなかっただろう。
 もし、目黒が他人の目で自分を見ていれば、同じことを感じただろうが、そんな余裕などあるはずもなく、気持ちだけが先行していた時期だった。
「若かったんだ」
 と言ってしまえばそれまでだが、若さのエネルギーがまわりの環境のうねりに飲み込まれてしまったように思えてならない。
――決して自分が悪かったわけではない――
 どうしてもそう思ってしまう。今でも、また同じような感情が持てる相手が現れれば、同じように燃え上がってしまうに違いない。
――それだけに静子のような気持ちに余裕が持てる女性が自分には必要なのだ――
 と感じてしまう。
作品名:短編集85(過去作品) 作家名:森本晃次