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短編集85(過去作品)

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海と山



                海と山


――海と山――
 双方を見比べると、そこには夕焼けがあった。
 山の斜面がオレンジ色に染まって見える。海からの照り返しに目を背けると、そこには山肌があった。
 夕焼けがこれほど眩しいと思ったことは久しぶりだった。さっきまで、真っ青な海の上には紺碧の空が浮かび、ところどころに真っ白い雲が点在していたのに、今は次第に赤みを帯びてきている。雲も幻想的に映し出され、燃えているように見えるのも無理のないほど夕焼けが真っ赤だったのだ。
 澄んだ空気の中だからこそ、ここまで綺麗に写るのだろう。昼間の激しい日の光が空を、そして雲を焼いたのではないかと感じるのは、気持ちに余裕があるからかも知れない。
 安川総司は、やっと終わったプロジェクトの仕事のことを思い出さなくてもいいと思っただけで、余裕という言葉を肌で感じている。だが、そうはいってもあれだけのプロジェクト、二年の設計期間から、一年の開発、半年でやっと起動に乗せたのだ。精神的にも肉体的にもかなり疲れがきていたようだ。
 旅行に出ようとは、かねてからの計画だった。プロジェクト期間中でも、集中しながら終わった後のことも心の隅に置いていた。旅行のことである。具体的には終わってからと思っていたが、時々、気持ちは温泉に浸かっているような心地よさに襲われていたりしたものだった。
 その時にも、今目の前に繰り広げられている夕焼けの光景を思い浮かべていたように思う。想像していたことが目の前で展開されていることに対し、少なからずの緊張を持ったまま見つめていると、時間が経つのを忘れてしまう。電車の軋む音まで規則的に聞こえてきて、それ以外は、小気味よい車輪とレールの音だけだった。
 かれこれ電車を乗り継いでどれくらい来ただろうか?
 朝起きてすぐに電車に乗っているから、半日は経っていることだろう。昼食を駅弁でついさっき済ませたが、またお腹が減ってきたのはきっと心地よい電車の揺れのせいだろう。
 心地よい揺れは睡魔を催してくる。しかもガラスを通して入ってくる西日は、縁側の暖かさを思い起こさせる。記憶の奥深くにしかないはずの七輪が瞼の裏に浮かぶのは不思議なことだった。
 何度も行ってみたいと思っていた温泉だったが、なかなかまとまった時間が取れなかった。今回は、プロジェクト完成の慰労を込めて、会社が特別休暇をくれたのだった。
 特急で近くまできて、そこからローカル線、海岸線を蛇行しながら走る光景は、まさに田舎を思わせた。海の綺麗なことは想像がついたが、これほど空が綺麗だとは思ってもみなかった。
 すぐそばには山が迫ってきている。どうしても海の方に目が行ってしまっていたが、それでも時々目をやっては、山の緑の美しさに見入っていた。
 特急電車から乗り換えた時はそれでも少し人がいたが、今この車両には総司を含め、二人しかいない。あまりキョロキョロするのもみっともないと思っていたので、気にしていなかったが、今見ると、二人だけになっている。
 一番奥の方で海を見ているその人は帽子をかぶっているようだ。白い帽子が印象的で、女性であることは分かっている。なぜなら特急電車でも同じ車両で、総司よりもやはり少し前の席だった。
 どこから乗ってきたか分からないが、後ろから見ていて、何となく気になる人だった。
 特急電車でも睡魔に襲われた。その時は軽く寝ていたが、時間にして三十分くらいだっただろうか。きっと部屋でうたた寝をしている時よりも、眠りは深かったように思う。
 夢を見ていたのだが、思い出せない。起きた瞬間に、自分が揺れていることに違和感はなかったが、特急電車の中だということを予測していなかったのか、少し戸惑ったように思う。
 レールの音が静かで、揺れもあまり感じない特急電車は、豪華な気分を与えてくれる。普段は出張でしか乗らないが、旅行で乗るのは、気分も一新できて新鮮だった。平日なので、まわりはスーツを着たサラリーマンが多い。いつもの自分を見ているようだ。だが、今日の自分は旅行、いつも自分が見ているサラリーマンとは違って見えた。哀愁を感じたといってもいいかも知れない。
 特急電車に揺られること三時間、結構な時間だった。まったく違うところへとやってきたような気がするのも新鮮な証拠である。
 出張で赴くところは、今回の旅行とは方向が違う。途中までは同じ路線なのだが、一時間ほどして線路が別れる。そのせいか、同じ光景を見ながら出張とは違う気分も味わえたのだ。
 いつも見ているビル郡が、朝日を浴びて光っている光景など、今までほとんど見たような記憶がない。いつも営業資料に目を通しながらの出張なので、特急電車を満喫するなど程遠い。いつもよりも時間が長く感じるのは、それだけ贅沢な気持ちで乗っているからであろうが、それも途中までで、出張とは違う路線に入った途端、時間があっという間に過ぎたのも不思議だった。
――旅というのはそういうものかも知れない――
 と考えると、何でも納得できるから不思議だ。
 紫外線をカットするためのUVカットに加工された窓から見ると、暗く見えるためか、まったく違う世界に見えてくる。歩いている人も、走っている車も止まって見えるから不思議だ。そういえば、表から電車の中の人を見ると、まったく動いていないように見えたものだ。それはスピードに比例して感じることである。
 特急電車から降りると、昼前だった。大きなカバンを提げた出張サラリーマンは慣れたもので、いそいそと駅構内から消えていく。その姿は大きなカバンがなければ朝の普通出勤と何ら変わりない姿に思える。少し下を向き加減で、背中を丸め、何を考えているのか無表情で、ただ歩いている。
 総司は、ゆとりを感じながらゆっくりと最後に電車を降りたが、その時に見かけたのが白い帽子の彼女である。それほど大きなカバンを持っているというわけではないが、荷物を最小限度に抑えた旅行かも知れない。列車を降りると帽子に手をやって、ホームの前後を見渡したかと思うと、早歩きで階段へと消えていった。
――誰か連れでも探しているのかな?
 それにしては、一、二度見たきりで歩き出している。むしろ誰もいないことを確認しているかのようにも思えた。
――白い帽子の女性――
 総司にとってこの響きは懐かしいものがあった。
 ただし、前から見た記憶というのではなく、必ず後ろ姿しか見ていないのだ。
――ひょっとして夢を見ていたのでは?
 と思うほどで、いつ見たのかハッキリ覚えていないところも、夢だったと感じる一つの根拠でもあった。
 思い出してしまうと、白い帽子の女性を見たのは一度ではないように思えてきた。記憶の糸を手繰るように頭の中を整理してみると、白い帽子の女性を追いかけるように歩いていた場所がさまざまな環境だったことを思い出してきたのだ。
 相手は同じ人のように思えてならない。しかし、場所は本当にさまざまで、都会の真ん中にある国道の歩道を歩いていたり、横には田園風景の広がる果てしなくまっすぐ続く田舎道だったりする。
作品名:短編集85(過去作品) 作家名:森本晃次