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短編集85(過去作品)

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 そういえば、こんな作品を読んだことがある。もちろん、好きな作家の作品なのだが、
――誰かが、自分の目になっているように思うと、自分の目が誰かの身体に入っている。目の前にいる人だったら、見ている相手は自分なのだ。まるで鏡を両端に置いて、鏡に写った自分を見ているような感覚ではないか。無限に広がる自分という姿。まさしく鏡が織り成す幻影の世界――
 内容はハッキリと覚えていないが、感じたことが頭の中で呪文のように繰り返される。あやが見つめているのは果たして橋本なのだろうか? その向こうに写る自分を見つめているようにも思える。
 いつものことだが、あやがいとおしく思えてくる。最近の夢で、女性を抱いている夢を見た記憶があるのだが、ハッキリと思い出せない。その相手があやのような気がしてならない。いつの夢だったかまではハッキリしないが、あやを初めて見て、
――以前にも会ったことがあるような気がする――
 と思ったのは、夢の中に出てきたからだろう。
 ということは、夢はあやに会う前に見たということになる。
「予知夢」だろうか?
 何か頭の中に強烈なイメージとして残っているものが、夢となって何度も現われるというが、あやを抱いた夢は一度ではなかったように思う。何度か夢の中に現われては、橋本を誘惑し、誘惑に勝てず、自分の理性にも勝てない橋本は、夢に溺れていった……。
――夢を見ながら夢だという意識があるからに違いない――
 夢を見ていて、
――今、夢を見ているんだ――
 という意識があることは感じていた。
 あやが目の前に現われた時、耳鳴りのようなものを感じていたが、それはまるで幻影の世界のような気がした。本当に目の前にあやがいることで、また夢を見ているのではないかという錯覚に陥ったからかも知れない。
 あやにとって橋本、橋本にとってあや。この関係は、今目の前にいる二人だけの世界が存在するのだろうか? 好きな作家の本を読んでいた頃を思い出すと、二人はお互いに違う世界で、違う幻影を見ていて、それがお互いを見ていると錯覚しているというイリュージョンの世界を描いた作品を読んだように思う。
 それは四次元の世界への挑戦のようにも思えた。他の作家なら、二人の世界を他と分断して考えるだろうが、その作家の考え方は、あくまでも「自分中心」なのである。他の人と交わっているようで、しかし、自分の世界は誰にも侵すことのできないものに仕上がっている。絶妙なタッチで描かれているので、その世界に見事に引き込まれていったのを思い出した。
――今、こうやって考えているのも夢のようだ――
 だが、次の瞬間には忘れているのだ。忘れっぽい性格の橋本は、せっかくいいことを感じても、すぐに忘れてしまう。覚えられないのか、それとも意識的に、記憶の奥深くに封印してしまっているのではないかとも思う。
――何のために?
 きっとあまりも発想が奇抜すぎて、現実を生きる自分の手には負えないと感じているからかも知れない。
 本を読んでいるあやの姿、そのまま自分の姿に置き換えて見ることができる。目を瞑れば浮かんでくるあやの白い肌、夢で昨日抱いていたことを思い出してくる。
――思い出してはいけない――
 心の奥が叫んでいる。思い出すと何があるというのだろう。
 コーヒーの香りが鼻を突く。クラシックのメロディが鳴り響く。現実へと引き戻されていくのを感じる。
 何とか戻ってくることができた。目の前であやが怪しげに微笑んでいる。
――これは夢なんだ――
 そういえば、仕事をやめた時に同じような夢を見た気がする。会社をやめてせいせいしたと思っていたのは数日だけだった。嫌ではありながら仕事がきらいだったわけではない。やめてしまって失うものの大きさを次第に感じるようになってくる。
――充実感があったんだ――
 仕事をしていて一番大きかったのは充実感、それを感じながら仕事をしていた。
――確かにあったんだ――
 今思えばまるで幻のようだ。
 そう思って目を閉じると、仕事をして時を思い出す。本当の仕事のことはかなり昔のことのようで思い出せないが、目を閉じれば充実感だけは思い出せそうな気がするのだ。
 会社をやめた時の気持ちを思い出すと、あやが読んでいる本の内容が分かるようだ。彼女が読んでいる本は、橋本の好きな作家の本である。
 橋本は、彼女が自分の好きな作家の本を読んでいることに感銘を受けたが、今はそれ以上のものを感じる。まるで自分の心の中を覗かれているようで、まるで自分が本の中にいるようだ。
 本の中の主人公として、外から覗かれている気分というのは、どんな気分なのだろう。いや、それよりも、あやが本を読みながら、自分自身が作品の中のヒロインになっているような気がしてきた。
 本を読んでいて、自分が本の中の主人公になったつもりになっている人、ただ読んでいる人といると思うが、少なくとも一瞬は、必ず本の中に入っているのではないだろうか。
 その感覚は夢に似ている。
 夢も、見たという記憶がある時と、見たのに覚えていない時とあるではないか。さらに、夢というのは、どんなに長い夢を見ても、起きる寸前の数秒だけしか見ていないらしい。本の世界に入り込むのも、どんなに長く入っていると思っていても、実際は少しだけではないかと思うのだ。
 橋本は芸術に頑張ろうと思っているが、それは絵だけなのかと、最近考える。絵というのは、目の前にあるものをバランス感覚と感性で、忠実に描くものだ。確かに創作することの喜びは得られるが、少し求めているものとは違うように思う。
 今、実際に感じていることを描くには、目の前にあることを忠実に描くだけでは物足りない。そこには想像力とイリュージョンの世界を織り交ぜないとできないことだと思っている。好きな作家の本を読んでいて感じたことだが、この感覚は誰にも分からないもので、自分以外には作り出せないとも思えてくる。
――何かが繰り返されている――
 何を繰り返しているというのだろう?
 あやと会うのはいつも同じ時間、そしていつも同じ場所、まわりには誰もおらず、二人の世界が広がっているように見える。しかし、実際は違う世界にいるように思えてならない。決して交わることのない平行線。どちらかが本の世界にいる時は、どちらかが表、そういえば同じような感覚をイメージしたことがあったっけ。それも最近のことである。
――ここでの時間だけは、毎日進んでいないんだ――
 繰り返していると思っているのはそのせいかも知れない。自分が想像した世界の中で、ずっと繰り返しているのだ。この店に来る限り、目の前にあやがいて、片手には文庫本が握られている。
 そしてどちらかが、本の世界にいるのだ。
 あやは、今日もコーヒーカップを両手で抱え、ひじをついて、上目遣いでこちらを見ている。気がつけば、橋本は文庫本を握って読んでいる。
 二人とも、本の世界に入ってしまう瞬間がいずれ訪れるだろう。
 その時、文庫本はあやが座っているテーブルに静かに置かれ、著者の名前が明らかになる。筆名らしいのだが、そこにはハッキリと、
「橋本洋介」
 と書かれている。

                (  完  )

作品名:短編集85(過去作品) 作家名:森本晃次