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短編集85(過去作品)

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 じっと表を見ていたが、気がつくと、あやはもう表を見ていなかった。コーヒーカップを両手で持ち、ひじをテーブルについて、上目遣いでこちらを見ている。最初出会った時に気付いたあやの格好そのままだ。
――どこかで見たような――
 と感じた。前にあやに感じたのと同じ思いである。それもいつだったのかは不確かで、ハッキリと思い出せないが、相手があやでなかったことだけは確かだった。あいまいな記憶の中で、相手の顔もハッキリしない中、よくあやではないと思えたものだ。それだけ橋本にとってあやは、他の女性と違って特別に見えるのだろう。
――主婦だから?
 それはあるだろう。だが、主婦として見るには、あまりにもあどけなさが残っている。かといって独身という目で見ることはできない。妖艶な雰囲気を醸し出す瞬間があるが、その中にどこか寂しさを感じるのは、やはり主婦としての色香を感じるからである。
――旦那さんって、どんな人なんだろう?
 主婦として見ていると次に感じるのは夫のことである。夫の側からあやを見るとどんな感じに写るのかも考えてみたい。そのためにはどんな夫なのかを想像してみようと思ったのだ。
 だが、なかなか想像できるものではない。
「旦那さんって、どんな方なんですか?」
 思わず聞いてみた。
 一瞬あやの顔に寂しさが浮かぶが、そこには先ほど感じた妖艶さはなく、ただの寂しさを感じるだけだった。
「優しい人だったんだけど、最近何かにイライラしているようで、私を女性としてみてくれないのよ」
 どんな目で見ているというのだろう。確かにずっと一緒にいると、倦怠期というのがくるものらしいが、独身の橋本には分からない。女性と付き合っていても、相手から別れを切り出すことはあっても、橋本から言い出すことはない。
――女性を女性として見れなくなるなんて――
 年を取ってくれば、生殖機能の低下から、ありえることではないかと思っていたが、少なくとも若いうちには考えられない。いや、考えられるとすれば、子供を生んだ時? しかしあやは子供がいない。女性としてのラインも崩れているようにはとても思えない。
「いやあね。どうしてそんな目で見るの?」
 嫌がっているわけではなく、猫なで声である。今、橋本は自分があやを想像で衣類を剥ぎ取っていることに気付いて、思わず顔が真っ赤になった。それを見ているあやの目はさらに妖艶に変わる。
「あっ、いや、その……」
 ドラマなどで俳優が、しどろもどろになるところを見たりするが、芝居っぽくて白々しさを感じたが、まさか自分も同じようになるなんてと思うと、思わず吹き出しそうになった。
 それを見てあやもニコニコ笑っている。その笑顔にはあどけなさが滲み出ていた。
 だが、次の瞬間、あやの顔に曇りが生じた。俯き加減になり、今までで一番といっていいほど真剣な表情に見えてくる。
「どうしたんだい?」
 俯いていた顔をおもむろに上げると、
「実は離婚を考えているんですよ」
 その表情はまだ迷っているようにも見えるが、ある程度決意していて、サッパリしているようにも見える。どちらとも言えない複雑な表情だ。
 その顔を見た時、後ろめたさが自分にもあったことに気付いた。普通に話しているつもりでも相手は既婚者、相手から「離婚」という言葉を聞いて、あらためて彼女が既婚者であったこと、そして何ら違和感なく話していたことが分かったのだ。それだけ感覚が鈍っていたのだろう。
 しかし、気付かないところで後ろめたさを感じていたはずだ。だからこそ「離婚」という言葉に反応したに違いない。
 不謹慎かも知れないが、離婚するのであれば後ろめたさなどない。その時、自分の気持ちの中であやが大きくなっていくのが分かっていた。あやという女性が魅力的の見えたのは、その時からだった。
 好きな人がいたり、主婦だったりすると、最初から自分は好きにならないと思っている。人のものを奪う形になるのは、自分自身で許せないからだ。モラルに反することは相手を好きになる以前に考えてしまう。まわりから引っ込み思案に見られるのは、そのせいだろう。
 だが、本人は目立ちたがり屋だと思っている。そこにギャップがあり、見る人によって違う性格に見られてしまう。そのために、相手によって違った態度をせざる終えなくなってしまうことが、自分の中では短所だと思っている橋本だった。
 橋本は自分の性格を思い返してみた。あやの夫は優しい人だが、何かがあったのか豹変してしまったようだが、自分はどうだろう?
 あまり飽きっぽくない性格だとは思っているが、実際に四六時中顔を合わせていても、本当に飽きが来ないと言い切れるだろうか?
 学生時代なら言い切れたかも知れない。しかし、今は言い切る自信がない。それは大人になったからだろうか? もしそうであるならば、大人になったことに後悔の念が生まれないとも限らない。
「以前は、昼のドラマとか平気で見ていられたんだけど、今は何となく見れなくなっちゃった。ドロドロしているところが、妙に自分の身体にへばりついてきそうな気がするからなのかも知れないわ」
 昼のドラマなら橋本も学生時代に見たことがあった。試験中などは、早く帰宅するため、昼食を食べながらテレビをつけていて、最初は無意識に見ていた。見ていたというより、目に入っていたと言った方が正解かも知れないが、途中からは見ないと気になって仕方なくなってしまっていた。いつの間にかストーリーに引きずりこまれていたのだ。
 だが、さすがに一度見逃すと、途中が分からず見なくなってしまったが、主婦が昼下がり、集中して見入ってしまう気持ちも分からないでもなかった。ただ、ストーリーとしてはどこにでもある話なだけに、自分が陥ってしまった時のことを考えて、ハラハラドキドキしながら見ていたに違いない。
 しかし、今のあやにはリアルすぎるのだろう。確かに絵に描いたようなストーリーもある。離婚がテーマだったりすると、そこには不倫の二文字が浮かんできたりするからだ。実際に不倫をしていなくとも、他に好きな人ができれば、ドラマをよく見ていればどういう展開が待っているか、おのずと想像がつくというものである。
 今のあやを見ていると、いとおしくなってくる。抱きしめて唇を塞ぎたくなってくるのだ。
 最初は戸惑い、カッと目を見開いて震える身体を押さえることがないだろうが、すぐに目を閉じ、うっとりとしながら、唇を吸い返してくるに違いない。自分ですごい妄想を抱いていると思いながら、夢見心地に酔っている。
 あやの舌が滑り込んできたかと思うと、口の中をところ狭しと暴れまわり、あやの切ない気持ちが伝わってくるのを、感じながら舌を入れ返すだろう。
 今のは本当に妄想だったのだろうか? そう感じながら目を開けると、すでに目の前からあやは消えていた。時計を見れば、店に来た時間からさほど経っていない。その証拠に頼んだメニューがまだ来ていないではないか。
 話をしていた時間の感覚が麻痺しているとはいえ、覚えている会話の内容からは、少なくとも三十分は経っているつもりだった。しかし、まだ実際には十分と経過していない。
作品名:短編集85(過去作品) 作家名:森本晃次