家族と性格
――そうか、今日のこの食事会は、僕にこの娘を紹介するということだったんだ――
と思った。
そして次に感じたのは、
――待てよ。俺はこの会合の前にこのお母さんとなるはずの人と事前に顔を合わせている。ということは、彼女も俺の父親とは初対面ではないということになるんだろうな――
という思いだった。
席に着くと、最初の料理が運ばれてきた。予約をした時、料理の予約もしてあったのだろう。
前菜が運ばれてきて、ボーイが頭を下げて下がっていくと、
「それじゃあ、紹介しておこう。恭一、こちらの道子さんは紹介済みだったな。その隣にいるのは、彼女のお嬢さんで咲江ちゃんというんだ。まだ小学六年生だから、お前の妹になる。仲良くしてあげてくれ」
と言って、恭一を咲江に紹介した。
「僕、真崎恭一です。よろしく」
と言って、いつになくかしこまった様子に、自分でも滑稽に感じた。
完全にぎこちないその様子は、穴があったら入りたいくらいの気持ちだった。
咲江はそんな恭一の様子をビクビクしながら眺めていたが、無理もないことであろう。見るからに内気な女の子なので、どう対応していいのか分かっていないに違いなかった。
そして、今度は攻守交替というべきか、父親は席に座ると、母親になるはずの相手である道子さんが席を立った。
「こっちが私の娘の咲江です。恭一さん、これからよかったら、仲良くしてあげてくださいね」
と、父親よりもさらに恐縮してそう言った。
「よかったら」
と付け加えたところも、どこか違和感があり、それが滑稽だった。
よほど娘のことが気になっているのかも知れない。
母親にそう言われた彼女は、今度は、
「よろしくお願いします」
と自分から立ち上がって、恭一だけではなく、父親にも頭を下げた。
その様子は、想像以上にぎこちなく、まるでロボットのような動きだった。
もっとも小学生なのだから、まわりが皆大人だと思うと緊張するのも無理もない。恭一のような中学生であっても、二つか三つ年上というだけで、大人に見えてくるのではないかと思えた。考えてみれば自分が小学六年生の頃というと、確かに制服を着ているというだけで一年上の先輩でも、大人に見えたくらいだった。
「自己紹介も終わったことだし、あとはゆっくりと食事を楽しみましょう」
と父親は言った。
「ええ、そうですね」
と道子さんは言ったが、父親というものに対して必ず何か返事をしなければいけないという一種の封建的な奥さんの考えからなのか、それとも、気が利く女性ということなのか、すぐには分からなかった。
しかし、父親は、普段から厳格で、性格的には封建的なところがあると思っていただけに、そんなタイプの女性に惚れたと思えば、前者なのではないかと考えた。
ただ、父親は思ったよりもがさつなところがあり、せっかくの料理もマナーなどあったものではないと思うような食べ方だった。
一応マナーらしきものは守っていたが、それもギリギリ、見た目のいかつさも手伝ってか、マナーが悪そうに見えていた。
そんな父を恥ずかしがることもなく、さりげなくフォローしているのが道子さんだった。それを見ていて、
―ーこの人なら、案外父親とはうまくいくのではないか――
と思えた。
実際に、父親のがさつな性格を考えた時、再婚相手に対しては、かなりの注文が必要だと思っていた。
元々父親の再婚に反対する気はない。むしろ再婚でもしてほしいと思っていたくらいだったので、後は相手がどんな人だろうかということだけが問題だった。
一度母親と離婚しているだけに、今度選ぶ相手は慎重を期すだろうというのは、都合のいい考え方ではあったが、どうやら、自分の気にしすぎだったのではないかと思う恭一だった。
前菜を食べると、いよいよメインディッシュ。テレビでは見たことはあるが、もちろん食べたことなどない。父親のことも気にはなったが、食事に集中している恭一もいた。
咲江は、まわりをキョロキョロしている。
「この中で一番挙動不審なのは誰なのか?」
と言われれば、誰もが咲江だと答えるだろう。
ただ、その雰囲気はあどけなさが先に立っているという意味で、表情だけでは何を考えているのか分からない。状況と彼女の立場を考えれば想像はつくのだが、恭一はどうしてあげれば一番いいのか困っていた。
本当は恭一が何か話しかけてあげればいいのだろうが、言葉に出てこない。ただ、ひょっとすると大人がいない時の子供だけだったら、話ができたかも知れない。
子供同士の会話であっても、あまり馴染めるわけではなかった。それはきっと二人きりではなく、何人かいる中での一人となると、余計話しにくいのではないか。
だが、一対一になると話ができるような気がしていた。学校で一人だけ女の子で話をする子がいた。その子は小学生の頃から同じクラスで、自分と同じようにいつも一人でいたのだ。
彼女のことはずっと意識していて、いつか話しかけてみたいと思っていたのだが、その機会が訪れたのは、中学に入ってすぐくらいのことだった。
クラスの中で当番を決めるのに、男女ペアというのがあった。恭一はすぐに男子から推薦を受け決まってしまったのだが、決まってしまったことで、
「お前がパートナー決め手いいぞ」
と言われたのだ。
他の女の子であれば、口も達者で自分が嫌な思いをするのは分かっていたので、最初からその子に決めていた。悪いと思ったが、彼女なら文句がこないと思ったのだ。もし、自分が決めかねたとしても、結局は彼女に決まっていたかもしれないと思うと、決めてあげた方がいいと思ったのは、自分の勝手な思い込みからであろうか。
その時に、彼女に決めてしまったことを後で彼女に謝ったら、
「いいわよ、私も気にしていないから。どうせやらされるのは目に見えていたからね。それよりもこれからよろしくね」
と言って握手してくれた。
どうせやらなければいけないのであれば、仲良くできればそれに越したことはない。お互いに嫌な相手ではないということもよかったのであろう。
そのことがあってから、皆の中で発言するよりも二人きりの方がまだ話ができるのではないかと思った。
食事会のその日は、会話をする状況ではなかったように思う。
元々顔見世程度のつもりだったようなので、会話がなくてもよかったのだろう。その日は食事をしてから、少し公園を歩いてみた。父親と道子さんは子供二人に目を向けることはなく、夜の公園からネオンサインを見ながら、ロマンチックになっているようだった。
恭一が一人でいると、
「ここいいですか?」
と言って咲江が自分の隣に腰かけた。
ベンチは大人二人でちょうどいいくらいだったので、子供には大きいかも知れない。
まだ小学生だと思うと、自分が思春期に入っているとはいえ、彼女を女性として意識してはいけないという思いから、無意識に避けているように思えたのだった。
だが、まだ小学生の彼女は、あまり恥ずかしいという感じではなかった。それよりも、何を話していいのか分からないと言った感じで、下を向いている。
――彼女を見ていると初めて出会ったような気がしない――