家族と性格
と思っていた。
むしろ父が再婚してくれた方が家族ができていいと思っていた。実際に父と二人だけの家族だけということになると、どんな心境になってしまうかというのは、この間嫌というほど思い知ったからだ。よほど変な女性でもなければ家族が増えることで最初はぎこちなくなったとしても、それは慣れるまでのことであった。父親と二人だけだとそれぞれが今は歩み寄れなくても、いずれ歩み寄れるということはないと思っているだけに、そこにワンクッション入ってくれることは恭一としてもありがたいことであった。
恭一が父と歩み寄れないと考えているのは、かなりの信憑性があった。なぜなら、お互いに性格は似ていないとはいえ、相手のことは他の誰よりも分かっていると思っているからだった。
分かっているからこそ、歩み寄れないだけの性格の違いが分かるのだ。もしこれが夫婦間であれば離婚ということもできるのだろうが、ベタな言い方ではあるが、親子関係を解消することはできないのだ。
そんなそれほど血というのは濃いと言えるのだろうが、それだけに反発すると反動は大きい、そのことも分かっているので、
「歩み寄ることは不可能に近い」
という考えも信憑性に富んでいると言えるのではないだろうか。
そんなことを考えている自分を無表情で見つめていた父親だが、それに気づいた恭一が父親と目を合わせたその瞬間、
「じゃあ、行こうか」
と父親が促してくれた。
この呼吸が父親は絶妙にうまい。恭一が今考え事をしていた時間がどれほどのものなのか自分ではよく分からなかったが、思ったよりも短かったような気がする。それでも無表情で見守ってくれることができるのが父親の父親たるゆえんであろう。性格がまったく合わなくて、こちらのやることにことごとくイライラさせる態度からは想像できない行動に思えるが、これが父親が息子に対しての本性なのではないかと思うと、少しホッとする自分を感じた。
恭一は父親にしたがってついていった。父親はゆっくりと歩いていて、
――これがこの人の性格なんだ――
といまさらながらに思わせた。
そんな父親と違って恭一は道を歩く時は絶えず急いで歩く。人と同じスピードになるのも嫌で、目の前にいる人をごぼう抜きにするくらいの勢いだった。
父親のように落ち着いて歩くこともできると思うのだが、自分の性分がそれを許さない。人が目の前で歩いていると、追い抜かないと気が済まなかったり、なるべく人が密集しているところを探して、そこに入り込もうとしている習性があるようだ。ただ、この習性は無意識に起こす行動のようで、いつも、
――気が付けば早歩きをしていた――
と、ハッと気が付くのだ。
気が付くタイミングも別に決まっているわけではない。ふとしたタイミングで気付くのだ。
父はまわりに人がどれほど多かろうが気にすることはない。人を押しのけることもなければ、後ろからついていくのも気にしない。自分と違ってガタイのいい父親の場合、人相もそんなによくはないというのもあって、まわりの人はその貫禄に臆したかのように、道を開けることが多かった。
後ろからそんな父親というよりも、道を開けているその他大勢の人のびくついた姿が滑稽に感じられ、思わず笑い出してしまいそうな気がしていたが。そんな父親に後ろから従って歩く自分はまわりからどんな風に見られていることだろう。
もっとも、恭一はそんなまわりの視線を意識することはなかった。人の視線など、どうでもいいと思っているくらいだった。
父親はその体格からか、歩幅は短い。そのため歩くスピードがゆっくりになるのも無理もないことで、ゆっくりであっても、足はちょこまか動いているようで滑稽だった。それに比べて身長も高く、歩幅の広い恭一は、ゆっくりと歩くことに慣れていない。父親のスピードに合わせて歩くのはある意味苦痛なくらいで、歩をどのように進めればいいのか戸惑っているくらいだった。
それも滑稽に見えるに違いない。ゆっくりと歩いているつもりで足がもつれているのを感じるというのはおかしなもので、
――もっと早く歩けないものか――
という苛立ちを抱くくらいだった。
「もう少しだからな」
と後ろを振り向いた父がそう声を掛けた。
まるで自分が歩くのが苦痛だというのを分かっているかのようで、それも癪だった。分からないようにして歩いているつもりだったのに、その努力が無駄だったと思うと、他の人に対して感じる無駄という思いよりも父親に感じる方が、癪に障り方も大きいのだ。
父親が連れてきてくれたのは、この近くでも有数の高級ホテルと誉れ高い、某航空会社が運営するホテルだった。
ホテルでの食事など、ほとんど経験のない恭一にとって、少し戸惑いもあった。服装の適当に見繕ってきただけなので、
「正装をされていない方の入店はお断りしております」
などと言われればどうしようと思ったからだ。
だが、恭一は中学生である、そんなことに気付くはずもない。もし正装が必要なホテルを予約しているのであれば、最初からそう言うはずである。
確かに父親は恭一が訝しがるようなことをするが、それはあくまでも父親の性格から、自分に正直に行動した結果が恭一を訝しがる行動になるだけであって、意識しているわけではない。そのことは恭一にも分かっているので、最初から訝しがるような意地悪はするはずもなかった。
しかも、今日は父親が誘ったことである。そんな日にわざと困らせるようなことをしないというのは周知のことだった。
恭一はそういう意味では父親への反発はなかった。それだけに性格の違いからくる訝しさだけは許せないのであった。
「恭一こっちだ」
そう言って、エレベーターに案内してくれた父は、十五階まで昇った。
そこはこのホテルのスカイレストランがある場所で、かなりの高級感をその案内の写真から見て取ることができた。
エレベーターには二人きりだったが、十五階まではあっという間のことだったので、気が付けばすでについていた。
「さあ、こっちだ」
と促されて入り口から入ると、父親は係の人に一言二言告げると、ボーイがやってきて、
「どうぞこちらに」
と案内してくれた。
そこは表が見える大きな窓際の席で、展望がパノラマで拝めることができる場所だった。「こちらへ」
と言って案内してくれたその場所には、二人の女性が待っていた。奥の窓際にはこの間会った女性がいて、その手前に横にちょこんと控えているのは、まだあどけなさの残る女の子だった。
自分もまだ中学生なので、その娘を、
「あどけなさの残る」
などと表現するのはおかしなものだが、清楚なその雰囲気は、クラスの中の誰とも似ていない雰囲気を醸し出していて、よほどこの場所が似合うというお嬢様の雰囲気を感じさせた。
「じゃあ、お前はこっちだ」
と言って、最初に奥のM度際の席に腰を掛けた父親に促されたのは、手前のあどけなさが残る女の子の正対する席だった。
だが、それは当たり前のことである。結婚する二人が正面に座らなくてどうするというのだ。言葉は悪いが、横の二人の子供は結婚する二人からすれば、ただの付属品でしかないからだった。