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家族と性格

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 母親が結婚したという相手はほとんど顔を見せなかったが、それはその人が気を遣ってくれたからだろう。自分の父親とは大違いだと思えた。
 次の日には家に帰った恭一だが、すでに父親は四日から仕事ということで、すでに眠っていた。昨日のことなど覚えていないのか、夜中に起きてきて恭一の部屋を覗いても、何もなかったかのようにトイレに向かうだけだった。
 もちろん、恭一にもその方がありがたく、恭一の中でも屈辱感はすでになくなっていた。
 だが、あの日の父親から受けた屈辱感を完全に忘れたわけではない。その時のことがあったから、恭一は完全に父親に対して父親としてお遠慮はその時からなくなったのだと思うようになった。
 これほど屈辱を味わうということが、相手に対して遠慮や尊敬の念をこんなにも簡単に捨てることができるのだろうと思わせた。
 特に相手が父親だと思うと余計にその気持ちが強い。そのおかげで、
「本当に俺はあの男の子供なのだろうか?」
 という疑念が次第に膨れてくるのだった。
 もし違っていればどんなに気が楽なことか。親子関係というのは、そう簡単に反故にすることはできないものではないはずだからである。
「血は水よりも濃い」
 というが、それはあくまでも目に見えていることだけであって、ことわざとしてわざわざ言うことではないように思う。
 ただ、それは、
「そうであってほしい」
 という願望が多分に含まれているからであって、本当にそう思っている人が実際にどれほどいるのか、統計を取ってほしいくらいだと思う。
 きっとそんなにたくさんはいないだろうから、統計も取ることをしないのだろうと思うのは恭一だけであろうか。
 せっかくの思春期に入った時期なのに、親から余計な気を遣わされていると思っただけで腹が立ってくる。
「俺が一体何をしたというんだ」
 と言いたいのは、やはり先日の屈辱感からそんなやり切れないという気持ちにさせられてしまったのだろう。
 父親の正体を今まで知らなかったわけではないが、こう露骨に知ってしまうと、母親が出て行った気持ちも分からなくもない。
 最初は、
「僕を置いて出て行っちゃうの?」
 と言って何とか家にいてくれるように言ったが、その時の何とも言えない、苦み走った母親の顔を今も覚えているのは、それだけ印象に深かったからだろう。
「ごめんなさい」
 その時はまったくこっちを見ようとせずに走り去るように出ていった。
 完全に顔を見ることができなかったに違いない。恭一もその時の母親の顔を見なくてよかったと思っている。もし見ていたらどんな気分になるだろうと思うからだ。
 もし、積念の思いに耐え切れずにこちらを見れなかったとすれば、母親を止めることができなかったのは自分が悪いと思い、自責の念に堪えられないかも知れない。
 逆に後悔を少しでも滲ませる思いがあったとすれば、引き留めようとしてもダメな相手だということを自らが悟ることになり、それを自分で認めなければいけないという思いに駆られるだろう。
 どちらにしても、引き留めることが結局は恭一自身を苦しめることになり、結局は出て行かなければならない立場にいるはずの母親をも無駄に苦しめることになる。どちらにしてもいいことはないのだ。
 大人になると分かることなのだろうが、恭一は中学生になると、今考えたことを理由に引き留められなかった母親に対しての自分の正当性を主張できると思っている。
 だから、落ち着いた今では、何かあれば母親のところに行くのはいけないことではなかった。
 両親が離婚する時の協約として、子供への面会に対しては自由だと記されていた。
 だが、母親から会いに来てくれることはなかった。よほど父親が恐ろしいのか、それとも自分が出ていく時の後ろめたさが今も引きづられているのか、母親の気持ちは分からなくもない気がした。
 父親と二人だけで暮らすようになって、最初は父親も恭一にいろいろ構ってくれた。だが、恭一が五年生になる頃から、なかなか家に帰ってこなくなった。
「仕事が忙しいんだ」
 と言っていたが、ウソではないだろう。
 厳格な父親だけに、息子である自分にウソはつかないと思っていた。
 実際に家に帰ってからも仕事を持ち帰っているようで、自室にこもってパソコンを前に仕事をしているようだった。
 そんな父親の姿しか見ていないので、しばらくは父親の顔を忘れてしまうくらいになっていた。
 朝は、一緒に朝食を摂るのだが、それもお互いに黙っての朝食で、少しいたたまれない時間を過ごすことになった。それでも、しばらくすると、
「お父さんは早く会社に行かなければいけないので、朝は一緒に食べることはできない。すまないが、お前一人で食べてくれ」
 と言って、恭一が起床してくる時間にはすでに父親は仕事に出かけていることが多かった。
 恭一は小学生でありながら、自分の朝ごはんくらいは作ることができる。元々母親がいたことは、食事の手伝いをしていたこともあったので、少々の簡単な料理くらいはできるのだ。
 目玉焼きに卵焼き、後は適当に炒め物くらい作ることができる。洋食であれば。朝食くらいはいくらでもできるのだった。
 さすがにみそ汁などの手残った和食は難しいが、毎日洋食というのも飽きが来るもので、次第に朝食を抜くことも多くなった。学校で話を聞いていると、
「俺も朝は食べないな」
 というやつもいるので、そのうちに朝食の回数が減ってきて、週に半分、さらには気が向いたら作るという程度にまでなっていた。
 ズボラと言われればそれまでだが、男二人の家族なのだから、別にそれでもいいと恭一は思うのだった。
 そんな恭一のことを父親は知っていたのか、
「お前、最近朝食べてないだろう?」
 と聞かれたことがあり、どう答えようかと思ったが、
「ああ、ほとんど食べてないよ」
 と正直に答えた。
「そうか」
 とそれ以上何も言わなかったが、どうやらその頃から父親には一つの思いがあったようだ。
 それを聞いてきた時はもう中学に入っていて、例の友達の家から強引に帰らされる二か月くらい前のことだっただろうか。父親が何かを考えているということが分かっていただけに、父親の考えが余計に分からなかったのだ。
 そんな父が最終的に何を考えていたのか知ったのは、それから半年ほど経ってからだった。
 その日の父は、それまでの無表情と違って晴れやかな顔をしていた。その時、恭一はハッと思い出したのだった。
――そうだ、お父さんは元々感情が顔に出やすい人だったはずなんだ――
 ということである。
 そんなことすら忘れてしまっていたのは、それだけあの時の屈辱が大きかったのと、それだけ父親と顔を合わせていなかったという証拠であろう。
「恭一、今度お父さん、再婚することにしたんだ」
 といきなり言い出した。
 中学生で思春期の真っ只中にいるニキビ顔の息子に、そんなデリケートな感情を抱かせるような発言をそんなに堂々と言えるというのも、父親の性格の一つだろう。幸い、趣味趣向がまったく合わない父だったが、そのあたりだけは遺伝したというべきか、そんなにこだわるタイプではなかった。
「そう」
作品名:家族と性格 作家名:森本晃次