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家族と性格

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 さすがに道子は、男の子と言われて、ハッとしてしまったのは仕方のないことで、寂しそうな表情を浮かべ、声を掛けた罪のないその人は、道子に対してい自分が知らないこととはいえ、何をしたのか、まったく見当もつかなったことだろう。
 そのおかげか、咲江の公園デビューは少し遅れた。それでも道子のことを前から知っていて、道子と親しい女性がいたことが彼女には幸いした。しかも、その人には咲江と同じ時に生まれた子供がいたのはもっとありがたいことだった。その子は男の子であったが、その子に対しては道子は別に気にすることはなかった。
 だが、その子には上の子がいた。上の子は女の子だったのだが、道子にはその子の方が気になっていた。
――あの子が生きていれば……
 と思わざる負えなくなっていた。
「道子さん、公園デビューまだなんでしょう? 私が一緒に行くから行ってみませんか?」
 と言ってくれたのが最初だった。
 もし、声を掛けてくれなければ、公園デビューできたかどうか分からない。子供を育てた経験のない人には、
「公園デビューくらい、なんてことないじゃない」
 という人もいるかも知れないが、母親にとっての公園デビューは、その時だけの問題ではなく、そののち、子供が成長していくうえで、いろいろな相談に乗ってくれる最初の仲間作りであった。
 しかも、ここで自分が勇気を持たなければ、ずっとママ友たちとわだかまりを持ったまま過ごさなければならない。それは母親だけの問題ではなく。子供にも影響することである。
 それを思うと道子は是が非でも公園デビューしなければいけないと思っていたのだ。
 公園デビューの機会はそう何度もあるものではない。それでもお互いに初めてだった時があるわけだから、相手もこちらの身になって考えてくれる人がいれば、その人が最初の自分の友達になってくれる人である。
 実際に公園デビューしてみると、それほどのことはなかった。
「考えすぎなのよ」
 と、皆から鳥越苦労を笑われたくらいだったが、咲江の方は、まわりの友達に自然に親しんでいた。
 それが咲江という女の子の持って生まれた性格だったのかも知れない。
 だとすれば、母親からの遺伝ということも十分に考えられる。そういう意味で、
「あんなに咲江ちゃんは皆に溶け込んでいるんだから、母親であるあなただって、その素質は十分にあるんじゃない?」
 と言われた。
 本当であれば、遺伝しているのは自分の方から娘に対してなので、逆のことのはずなのだが、まわりからそう言われると、変に自信が持ててくるから不思議だった。
 別に長男のことを忘れてしまったわけではないが、この時の公園デビューが一つの契機となって、まわりの人へのわだかまりがなくなっていった。
 そういう意味でが、娘の咲江に感謝するべきなのだろう。
「生まれてきてくれてありがとう」
 と声に出して何度呟いたことだろう。
 その時の思い出があるから、夫を事故で亡くした時も、最初はショックで何も手につかなかったが、ある時期を過ぎると、吹っ切れたように我を取り戻した道子だった。
 夫を失った時、本当に目の前が真っ暗になった。何をどうしていいのか分からず、葬儀の時も、手伝ってくれている人から、
「あなたは、奥で休んでいて、私たちがやるから」
 と、公園デビューの時から仲良くしてもらっているママ友連中が、仕切ってくれた。
 何とも心強い人たちであろう。やはりあの時の公園デビューは正解だったということを証明しているようなものだった。
 夫が死んだことで、しっかりしなければいけないと思っていたところで知り合ったのが恭一の父親だったのだが、これもグッドタイミングだったようだ。
 恭一にはそんな大人の事情はよく分からないが、父が結婚したいと思っている相手に不満はない。むしろ、
「いい人たちだ」
 という思いは強かった。
 義母は優しいし、義妹も可愛い。
 ただ、それだけのことだった。
 実際に家族になってみると、それまで分からなかったことも分かってきた。別に知りたいと思っているわけではないが、相手はどうやら恭一のことをいろいろ知りたいようだった。
 特に道子さんは義理とはいえ母親なのだ。何が好きで、何が嫌いで、性格的なものはどんなところで云々、これからずっと一緒に暮らしていくつもりだったら当然のことだろう。
 しかし、そこで恭一は考えてしまった。
 自分の中にある父親との確執であったり、性格的なことだった。
――性格的にも趣味趣向的にもまったく違っていると思っている自分を、道子さんは果たして息子として受け入れてくれるだろうか?
 という思いである。
 何よりも誰よりも息子の自分が、父親とまったく違っていると思っているのだから、他人が見れば、当然分かることであろう。
 父親のことが好きで慕っているから結婚する気になった道子さんだから、趣味趣向や性格のまったく違う息子をどう思うだろう? 簡単に受け入れてくれるとは思えない。父親とは仕事に行っている関係で、ほぼ夜遅くしか一緒にいない。出張もあれば残業や付き合いもある。何日も遭わないなどということもあるだろう。
 だが、息子である恭一とはどうだろうか? ほぼ毎日、朝、夕方以降寝るまで、ずっと一つ屋根の下にいるではないか。しかも、娘までいる。そんな環境の中で、もし恭一の性格を受け入れられなかったらどうなるだろう? それを思うと、恭一はさらなる不安に駆られるのだった。
 恭一は自分が父親と性格がまったく似ていないということを感じるのは主観的に見てのことである。もし、これを客観的に見ればどうだろう? 自分では気づかない部分に気付くのではないだろうか。そこには妥協がなく、想像が働くからだ。主観的であれば、どうしても自己防衛の観点から、贔屓目に見てしまったりするだろうか、他人であれば、その目に容赦はないに違いない。
 だが、道子さんは性格的にそこまで他人事として見ることができるだろうか。少なくとも息子として見ようと思ってくれているのだから、
「容赦なく」
 ということはないだろう。
 若干の贔屓目はあるだろうが、それでも父親と比較するのではないだろうか。
 しかも、最初に知り合ったのは父親の方である。
「その息子なんだから」
 という目で見ることだろう。
 そうなれば、まずは同じ性格だと思って見るに違いない。そうすると、
「あれ? 何かが違う」
 とすぐに気付くに違いない。
 そんな思いがどこから来るのか、すぐに気付けば先に進めるのだろうが、ふと立ち止まって見た時に、
――ひょっとすると自分の目が違ってしまったのではないか?
 と感じるかも知れない。
 それは恭一に対しての遠慮になるのは、父親に対しての遠慮になるのか、まずは自分を疑ってみるかも知れない。
 そこで一度立ち止まって見たとしても、実際に性格、趣味趣向が違うのだから、いくら立ち止まろうが変わりはない。そうなると、その時の道子さんはきっと戸惑ってしまうに違いない。
 その戸惑いは、不安につながるだろう。
――私で大丈夫なのかしら?
 いったん親子になってしまうと、道子さんはそんな恭一の性格を受け入れようと努力するだろう。
作品名:家族と性格 作家名:森本晃次