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家族と性格

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 結婚する前は、謙虚な気持ちを持っていた道子だったが、恭一という義理ではあるが息子ができたことで、少し神経を図太く持たなければいけないと思うようになった。父親を見ていると、
「曲がったことが嫌いな実直な性格」
 に見えて仕方がなかったが、その日、道子はそのことを確かめたいと思い、意を決していたのを、誰が気付いたであろうか。
 朝の用事をすべて済ませて、それでもまだ恭一が起きてこなければ、恭一の部屋に偲んでいこうという計画を、道子は前のひから立てていた。
 夜更かしをしている恭一を見ると、
――まるで私に計画を実行してくださいと言っているみたいだわ――
 と感じたほどだった。
 そっと忍んで行って、寝顔を見るだけでよかった。実はこれは咲江にも、話したことはなかったが、咲江が生まれる前、男の子を授かったことがあった。咲江に話していないのは別に隠していたわけではないのだが、ただいう機会がなかったというだけのことだった。
 その子は、一度生まれてはきたが、病気で死んでしまった。まだ一歳にも満たない年齢だったので、咲江が生まれる前のことだった。
 この話は咲江が中学生になった頃に話そうと思っていたが、再婚の機会に話をしようかとも思っていた。そういう意味で、その子のことを思い出していると、恭一がまるでその時の子供の生まれ変わりに思えてきたのだ。
 年齢的にも恭一と同い年。それを考えるとと、何かの運命を感じないわけには行かなかった。
 名前は、
「正人」
 名付け親は亡くなった父親だった。
 結婚してから三年目で、時期的にも子供がほしいと思い始めたころだったのでちょうどよかった。それだけに夫婦二人ともに幸せの絶頂だっただろう。
 出産までは順風だった。産後の肥立ちもそれほどなく、子供も平均的な大きさで生まれてくれたことで、それほど心配もないだろうという医者の話だった。
 それなのに……。
 急変したのは、そろそろ一歳の誕生日を考えようと思っていた頃だった。どうやら、子供が罹る病気の中でも脂肪率の高い伝染病だったようで、予防接種も定期健診もちゃんと受けていて、心配ないと言われていたにも関わらず、
「なぜ、この子だけが……」
 と思わないわけにはいかなかった。
「好事魔多し」
 と言われるが、そんなことわざで片づけられることではない。
 数日ICUで治療を受けたが、その甲斐もなく、死ぬ時はアッサリとしたものだった。
 しばらく放心状態になっていた両親だったが、先に商機を取り戻したのは旦那の方だった。さすがに数日会社から休みを貰ったが、そうも何日も会社を休んではいられない。そう思うと、気が付けば隣で妻は気が抜けたようになっていた。
――俺もこんな感じだったのか――
 とビックリしてしまった旦那は、何とか妻を商機に戻そうと考えた。
「いつまでもふさぎ込んでいても仕方がない。俺たちの方が病気になってしまうぞ」
 と元気づけるつもりで言った。
 しかし、妻は一向に血色がよくなるわけではなかった。それでも何とか食事だけはさせて、少しでも顔色をまともにさせなければいけないと思った。自分がいくら正常に戻って仕事にでかけようと思っても、こんな妻をおいて仕事になど出られるわけもない。
――このまま妻が病気にでもなって、息子の後を追うようなことになれば、それこそ本末転倒な話だ――
 と旦那は思ったのだろう。
 少しでも力づけなければいけないと思い、
「おい、しっかりしろよ。お前がしっかりしてくれないと、前に進めないんだ」
 と言ってはみたが、やはり精神的なショックは計り知れないほどだった。
 さすがに困った旦那は、彼女を神経科の医者に診せることにした。彼女は訝しがることもなくついてきたが、診療中もほとんど何を考えているのか分からない状態で、とりあえず入院させることにした。
「一過性のものだとは思いますが、今はこのまま放っておくわけには行きませんからね」
 というのが、入院の理由だったが、まさにその通りだった。
 だが、先生の言う通りの一過性の問題だったのか、それとも入院することによって先生の治療が集中できたことがよかったのか、次第に彼女は立ち直ってきた。そして、そのうちに自分に子供がいたという意識が薄れているようだというのを、先生から聞かされた。
「どうやら、彼女の中での子供を死なせてしまったという罪悪感と、子供との楽しかった時間が急に断ち切られてしまったことへのショックから、自己防衛本能が働いてしまっていることが原因のようです。無理に思い出すことでもないですし、彼女が意識を薄れさせたいと思うのであれば、それが一番の正解ではないかと思うので、このまま様子を見ることにしましょう」
 と医者は診断した。
 実際に彼女は子供がいたことを意識はしていたのだろうが、敢えて表に出さないのか、何も言わなくなった。
「このまま子供がいらないということになったりしないでしょうか?」
 と医者に言ったが、
「それも考えられますが、今のように順調な回復を見ていると、それは考えすぎではないかと思いますよ」
 と言った医者の言葉にホッとしていたが、やはり子供を亡くして一年とちょっとくらいは、旦那を拒否するようになっていた。
「彼女が肉体的に私を受け入れられないのか、それとも子供を作るということに対して身体が拒否するのか、私には分からないんです」
 旦那も男なので、さすがに一年近くも奥さんに拒否されると気が滅入ってしまうようだった。
 だからと言って、浮気ができるような人ではないし、逆に浮気ができるくらいの人であれば、ここまで神経質になることもないだろう。浮気を奨励するわけではないが、浮気もできないというのは、実に不器用で気の毒だと思うこともあるようだ。
 だが、ある日を境に急に奥さんが旦那を求めた。
「私寂しかったの」
 と言って抱きついてくる妻を見て。
「待っていたんだよ」
 とガッチリと抱き寄せながらのその言葉は、まさに本心そのものだったに違いない。
 二人はそれまでのぎこちなさがウソのように、激しく愛し合った。二人が愛をほとばしらせた後の倦怠感の中で、夫が訊ねた。
「どうしたんだい? 今日は。俺は嬉しいけど、何か心境の変化でもあったのかい?」
 と聞くと、
「ええ、神様がね。私に子供を授けてくださるって言ってくださったのよ。夢だとは思ったんだけど、その気持ちに正直になったら、急に寂しくなっちゃって、あなたを求めちゃった……」
 というではないか。
 彼女はその「お告げ」通り、しばらくして懐妊した。まさしくその夜の営みでの、
「一発必中」
 だったのだ。
 その時に生まれたのが咲江だったのだ。咲江は玉のような女の子として生まれた。弾けそうなその白い肌に笑顔が可愛らしく、そのクシャクシャな表情に、まわりの人は、
「男の子だったらよかったのに」
 という人もいたくらいだ。
 だが、それを口にするのは咲江を知らない人で、道子が以前男の子を亡くしていることを知っている人は、決してそんなことは言わないだろう。
作品名:家族と性格 作家名:森本晃次