家族と性格
いくら血がつながっていないとはいえ、兄妹の愛は、最後には悲惨な結末を迎えることになるという戒めを込めた本だった。
この本を読んでからというもの、咲江に対しての印象はこの小説の中の妹を感じさせるものになった。だからと言って兄は自分に当て嵌めることはない。当て嵌めてしまうと、お互いに二度と結ばれることはないと思うからだった。
結ばれることはなくとも、結ばれる可能性だけは残しておきたいと思うのは、虫がいいというべきか、それとも往生際が悪いというべきか。どちらにしても可能性だけを考えるようになれば、叶うものも叶わないと言えるのではないだろうか。
この小説の中の二人と、恭一と咲江との一番の違いは、
「生まれた時から一緒にいるわけではない」
ということだった。
最初から兄妹だと言われて育ち、途中で血がつながっていないことを知った物語の中の二人と違い、知り合った時が思春期になっていた兄にとって、妹が自分が知らないこれまでの人生の大半の時期をどのように過ごしてきたのか知りたいという思いがあり、妹の方も、きっと同じ思いでいるという感情を抱いたことで、
――余計に相手をもっと知りたい――
と感じるようになったに違いない。
恭一は小説を思い出してみたが、
――血がつながっていないと思っているのは近親相姦が悪いことだという理屈から、後で感じたことであって、実際には血がつながっていたのかも知れない――
と、感じたことが曖昧だったように思えてきた。
――小説を思い込みで読んでしまうのは、きっと自分の環境に置き換えてしまうことで、話が変わってしまうからではないだろうか――
と思うようになっていた。
咲江への淫らな気持ちを打ち消そうとしているのを、誰かに知られるのは嫌だった。顔から火が出るほどの屈辱であり、それは以前父親から受けた屈辱を思い起こさせる。
――なんだって、皆は賛成しているのに俺だけ一人帰らなければいけないんだ。子供には子供の付き合いがあるっつうの――
と思っていた。
あれだけそれまで連れてきていた会社の人を、急に家に連れてこなくなったのはなぜだったのか、それを考えると、
「家族に悪い」
とでも思ったのだろうか。
確かに友達の家で皆が泊まるので、自分も泊まると言った時、
「正月で家族水入らずのところにお前たちがお邪魔したら、せっかくの家族の時間がなくなるだろう」
と言われたような気がした。
こっちは、何とか説得したいという気持ちが強かったので、その時の会話はほとんど覚えていないが、後で冷静になると、そんな風に言われた気がした。
だが、実際にはそれだけだったのだろうか。恭一は何度も、
「皆は泊まるって言っているんだよ」
と言って説得に掛かったような気がした。
もし、自分が親の立場だったらどうだろう?
話の持っていきようによっては、別に反対はしなかったかも知れない。だが、その時の言い訳として、
「皆が泊まると言っている」
ということで、自分の意志というよりもまわりの意見を優先していると思うと、自主性のない相手に苛立ちを感じるかも知れない。
確かに、
「他人と同じでは嫌だ」
という性格を根本に持った恭一としては、皆がするということを前面に出して説得に掛かるのは矛盾していることのように思える。
自分が相手の立場に立てば、分かることではあるが、あの時の屈辱感は何だったのだろう?
一人取り残された気がして、心細かったということであろうか。
父親のいう、
「相手の家庭の水入らずを崩してはいけない」
という理屈は確かにもっともだ。
だが、子供の世界の理屈はそれでは通らない。大人が子供だと思って遠慮してくれているのだから、素直にしたがってもいいのではないか。
もし、あの時友達が遊びに来ていたのがうちだったとして、恭一が、
「今日は皆家に泊まって遊びたいんだけど」
と言い出せばどうなるだろう?
きっと父親のことだから、友達皆に、
「お正月なので、ご家族と過ごしなさい」
と言って、皆を返すかも知れない。
そして、その時に仕切っていた恭一の立場は完全にないも等しいだろう。これも屈辱感である。まさか父親が子供の顔をつぶすことになるなど、考えもしないからだった。
ただ、恭一はそれからというもの、自分の領域を大切にするようになっていた。
そのおかげで友達がどんどん減っていき、今では少しの人と学校で挨拶する程度となり、それから友達が圧あるところには呼んでもらえなくなり、またうちにも誰も呼ぶことはなかった。
そういえば、恭一の家で友達が集まるということは一度もなかった。一人単独で遊びにくることはあったが、数人が一緒になってくることはなかった。それは恭一の家だけではなく、集まるところが決まっていたので、その子の家以外には誰も集まったことがなかったのだ。
それを思うと、恭一だけが一人蚊帳の外だったわけではなく、一人中心がいて。その他の人は皆、その他大勢だったと言えるだろう。
だから、その他大勢の中で、さらに孤立するのが嫌だったのだ。それは完全な屈辱をもたらし、屈辱は皆との決別を意味していた。
決別が嫌だったのか、それとも屈辱感を味わうのが嫌だったのか、その頃の恭一の心境は後から思い出そうとしても、なかなか思い出せない。つい最近のことであったはずなのに、まるで数年くらい前のことのように感じられるからだ。
それから数加越が経ったある日のこと、恭一は学校が創立記念日ということで休みであった。
咲江はその日も普通に学校に出かけ、父親は三日前から北海道に出張中で、あと数日は帰ってこないということだった。したがってその日昼間家にいるのは恭一と道子さんだけだった。
前の日は、翌日が休みだということで夜更かしをしたので、なかなか目が覚めない恭一だったが、道子はすでに咲江を送り出して、すでに洗濯物も終わっていた。掃除に関しては恭一が寝ているということで気を遣い、半分くらいでなるべく音を立てないようにやっていた。すでに日は高く昇っていて、道子は朝の仕事が一段落し、落ち着いていた。
それでもなかなか恭一は起きてくる気配がなかった。昨日、恭一が夜更かしをしていたことを知っていた道子は、恭一を無理に起こそうという気にはならなかった。それでもせっかくだからと思い、寝顔を見ようと恭一の部屋を覗いてみた。
今まで恭一が嫌がるだろうと思い、彼の部屋をノックすることも必要な時以外はなかった。その日は考えてみれば、結婚して同じ家に住み始めてから数か月経っているにも関わらず、恭一と二人きりの家というのは初めてだった。
恭一の父親は結婚してからずっと忙しいようで、なかなか家に帰ってくることもなかった。
「営業職というのはそういうものだ」
と言っていたが、自分が小学生の頃はそんなに家を空けることはなかったので、きっと途中で部署替えでもあったのかも知れない。
朝の喧騒とした時間が過ぎてしまうと、歩っとした気分になり、コーヒーなどが飲みたくなる。喉が渇いたという感覚で喉を鳴らすと、何かムズムズしたものを感じた道子だった。