家族と性格
だが、それが最近少しずつ変わってきている。それは彼女が年齢的にも十四歳という思春期を迎えていたからだ。女性は男性に比べて成長が早いという。十四歳といえば、すでに大人になっていても不思議のない年齢だ。
普通であれば、好きになる人が現れてもいいくらいだ、もちろん妹にも許嫁のような相手はいて、いずれ親から紹介されるであろうことも分かっていた。
しかし、それよりも実際の男性が目の前にいるということが妹には分かっていた。それが兄であり、初めて感じることになる男性であった。
子供の頃はよく一緒に遊んだが、それは兄妹としての絆からであり、頼りになる兄のイメージは確立していた。
「大きくなったら、お兄ちゃんのお米さんになるね」
などと、実にベタなセリフを吐いていた自分を思い出すだけで恥ずかしくなってくるくらいだ。
この年齢になると、兄とは結婚できないことなどハッキリしている。もちろん、そのつもりでいたはずだったのに、兄のあの目を見てしまうと妹は、
「どうして?」
と思うのだ。
兄が突然男になって妹に強硬なことをしようとしている。妹は衝動的に拒否しているのだが、その感情が本心からなのかどうか分からない。
ただ、今衝動的な態度を取る兄を見ていると、自分がその生贄になることは、お互いのためにはならないと思った。生贄になることが嫌なのではない。兄も自分も衝動的な感情から、もう元に戻ることのできないところに行ってしまうということが大きな後悔に繋がることを恐れたのだ。
「ちょっと待って、お兄ちゃん」
妹はまず、兄の留飲を下げる必要があると思った。
――兄は何かの不満を私にぶつけようとしているのかも知れない――
とも感じていた。
そう感じたのは、半分は正解であるが、半分は間違っていた。
不満を持っているのが、妹は他に原因があると思っていたが、実際の不満というのは、兄が自分自身に対して抱いたものだった。
つまりは、ジレンマに陥ってどうすることもできず、結局衝動に駆られて、その思いを妹にぶつけようとしていることである。つまり不満の原因は自分が抱いたジレンマであり、元々は自分が抱いたものである。
妹はなるべく感情的にならず、できれば兄の感情を自分が吸収してあげられるようになればいいと思っている。
それだけ妹は冷静だった。
そんな妹を見て兄は次第に留飲が下がってくるのを感じた。いつもの兄に戻ってきたのだ。
「ごめんな。俺、どうかしていたんだ」
と言って、一気に心細さを表に出す兄に対して、今度は妹の感情が次第に高ぶってきた。
その思いがハッキリと自分の中で分かってくるまで少し時間が掛かったが、その間にも妹の成長は続いていた。
――お兄ちゃん、私のことをずっと好きでいてくれたんだわ――
という思いが強くなり、自分が思っていたお兄ちゃん像は、今までとは違ってきていることに気が付いた。
品行方正な性格は、行動的でもあった。兄のように衝動的な行動ではなく、自分の中で納得することを考えての行動なので、まだ兄よりもハッキリとした感情だと言ってもいいだろう。
だが、衝動的な行動であれば、目が覚めると、そこで抑止することができる。あの時の長男のような行動である。
しかし、自分を納得させての行動であれば、それは衝動的な行動とは違って抑止は難しいだろう。何しろ自分が納得しているのだから。
それが理性に外れたことであっても、自分で納得したことであれば、行動に移すことになるかも知れない。それをまだその時の妹は分かっていなかったのだ。
この小説の怖いところはここであった。
最初は長男の衝動的な行動から、兄妹が禁断の仲に突入してしまうのではないかと思わせておいて、実は一度の兄の衝動的な行動がトリガーとなって、事態を一変させる。そのためにいったん入り込むと抜けられないスパイラルを繰り返すことになるのだが、それを当事者の二人は、無意識の中で行われた。
「私、どうしちゃったのかしら?」
と、口では言っているが、自分を納得させての行動なので、本心ではない。
だが、この言葉を聞いた相手は、まさか本心ではないなど想像もつくわけはない。それだけ妹の行動はあざといものだったからだ。
いきなりあざとくなったわけではないだろうが、火をつけたのは兄だったはずだ。
兄の方も妹から何らかのアクションを感じるようになると、お互いが惹かれあっているのは一目瞭然だ。華族という特殊な家系に育ったことで、若干のモラルが欠けているのも仕方がなく、社会道徳は家庭教師によって習いはするが、平民との接触が皆無のため、実際にどのようなものなのかということが分からない。
大人の世界がどういうものなのか、当時の世の中は動乱の時代。その世相を知ることもなく育った二人の世界は独特だった。
英才教育が行われていたが、モラルに関しては形式的にしか教えられていない。つまり、当たり前のことは当たり前に吸収し、疑うことを知らない。アブノーマルなことも当たり喘のこととして受け止めたとしても、それは仕方のないことだ。
だが、二人の間には何ら壁もなく、お互いに受け止めることができたのであろうか?
いや、お互いに気持ちはかなり高ぶっていた。足を踏み入れてはいけない領域であるということを分かってでもいるかのようで、その権利を自分たちは有していて、最初から定められた運命の元に歩んでいると思っていた。
この高ぶりは、平民であれば許されないことでも自分たちであれば許されるという思いへの自信が、本当に許されることなのか不安を抱いていた。その不安が禁断を犯すに十分な根拠となるわけではないことを二人は分かっているにも関わらず、お互いを求めてしまう。
それは運命という言葉で言い訳をしているだけで、本能のままに動いている自分たちは家族だから許されるわけではない。華族であるからこそ許されないと思うと、これまでの自分たちの人生を完全否定してしまう自分がいる。
妹と禁断の仲になったことが次第に宮廷内でまわりの人に周知になってくると、伯爵はそれを隠蔽しようと企むようになる。
妹を下野させて、一般の男性と結婚させようという考えだった。兄の方には最初から決まっていた許嫁があてがわれ、何事もなかったかのような暮らしをさせる。
最初は抗っていた兄だったが、
「お前の妹は、一般の男と結婚した」
と言われると観念したのか、それからは大人しくなり、親の言うとおりに血痕したのだった。
それからしばらくして、妹は屋敷に舞い戻ってきて、庭にある井戸に身を投げた。それを発見した召使に屋敷主は他言無用を伝え、金の力で口留めをした。
そんなことは知らずに毎日を悶々とした暮らしをしていた兄の方は、ついフラフラと庭を彷徨うように歩くことが多くなり、足を踏み外して、妹の身を投げた井戸の中に飛び込んでしまったようだ。
お互いに知らぬこととはいえ、同じ運命を辿った兄妹は、その後、父親の手で丁重に供養されたが、二人があの世でどうなったのか、分かるものは一人もいない。幸福であってほしいという思いは皆が持っていただろうが、幸福であるはずはないという思いも皆が持っていた。