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家族と性格

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 だが、初めて義理の妹になるだろう女の子である咲江と会話をした時、そんな意識はまったくなかった。聞いていたかも知れないが、意識の中で記憶のように表に出すのを封印していたのかも知れない。それが無意識なのか、意識的なことなのかは、想像することもできない。それだけ、正面から咲江と向き合わなければいけないと思ったからではないだろうか。
 もう少し成長すれば、その時に一歩立ち止まって、女の子の成長が男子とは違うという話を頭において考えることができたのかも知れない。それは彼女と正面から向き合うための姿勢をとるために、一度冷静にならなければならないと思うからだった。
 もし、その思いを自らできるようになるとすれば、それは自分が大人になるということの証明のようなものではないだろうか。
「一歩立ち止まって冷静になれるということ」
 それが子供と大人の一番の違いなのではないだろうか。
 その時の恭一は、まさしくまだ子供だった。完全に目の前にいる小学六年生の女の子は、自分の中で子供としてランク付けしていた。
 言葉は悪いが、
「舐めていた」
 と言われても仕方がないだろう。
 何を話していいのか考えがまとまらないくせに、それでも何かを話そうとしたのだから……。
 もし相手が同い年の女の子であれば、このような行動は相手が受け入れてくれたかも知れない。咲江という少女は、そういう意味で一番中途半端で、
「限りなく大人になりかかっている少女」
 だったのだ。
 見た目はほとんど成長した身体と雰囲気であるが、その本質はまだ子供だった。それだけに壊れやすく傷つきやすい。
「取り扱い注意」
 という見えない札が貼ってあるのに気付かなかったとすれば、それは気付かない方がやはり悪いのだ。
 その時何を話したおか分からないが、恭一の話を咲江は顔を上げることもできずに聞いていた。だから、咲江がその時どんな表情だったのか分からずに、しかも、一度話し始めると、恭一は止めることができなくなっていた。
 使命感に燃えていたというよりも、離し始めた自分が普段の自分と違うということに対して有頂天になっていた。
――これって、本当に俺なのか?
 という思いである。
 恭一は完全に悦に入っていたことだろう。
 一つ言えば、彼女との最初の出会いがあのホテルでのレストランだったということも、恭一の中で咲江を偶像化させることになったことに繋がっているかも知れないということだった。
 咲江は普通の女の子だったはずなのに、恭一の中で一人の女の子を意識するということへのどこか罪悪感のようなものがあり、それが思春期における淫靡な部分を垣間見てしまったということへの罪悪感ではなかっただろうか。
 咲江という女の子は自分の中で「オンナ」として意識ができていたのかも知れない。それを否定したい気持ちで、彼女に対して綺麗なドレスを着て、玉座に座っている王女のようなイメージを抱いていたとするならば、そこには、感じてはいけない彼女に対しての主従関係を心の奥底に抱いていたと言えるのではないだろうか。
 あくまでも妄想である。
 だが、実際には自分が彼女の義理の兄であり、守ってあげなければいけない存在であるわけなので、そのことも意識としては分かっていた。それだけにこの両極端な意識は矛盾となって、ジレンマを引き起こしたのだろう。
 このジレンマはトラウマになってしまったのかも知れない。どうして自分がこんな気持ちにならなければいけないのか、その半分は自分にあるのは分かっている。だが、すべてを自分のせいにしてしまうというのは、あまりにもひどいことであり、誰にも言わずに抱えておくには酷なことであるという意識もあった。
 そうなると誰かにその責任を負ってもらうことになるわけだが、ちょうどいい人間がいるではないか。そう、自分の父親である。
 そもそも再婚したいと言い出したのは父親だったではないか。もし、父親がそんなことを言い出さなければ、山本親子と出会うこともなく、咲江を知ることもなかったはずだ。自分は屈折した思春期を歩むことなく、まっすぐに、他の連中と同じように歩むことができた可能性は大いにある。そう思うと、父親への反発心がこみあげてきたのも無理のないことだろう。
 さらにかつての屈辱感が、この気持ちを後押ししたのは言うまでもない。咲江には誰が何と言おうとも責任はないと言いたかった。それは彼女を守るのは自分しかいないという思いの表れで、彼女のためというよりも、自分のためだと言ってもいいだろう。
 恭一は、咲江に対して話をしたことで、咲江がもっと明るくなってくれて、少なくともも他の女の子と遜色のない雰囲気になってくれることを期待した。
 それは彼女が恭一好みに変わってくれたわけではなく、あくまでも他の女の子に近づいたという意味で、恭一の「人助け」という意味での貢献が功を奏するという意味の持っていきたかったのだ。
 それが恭一の中で、
「自分を納得させる」
 ということになり、お互いに一番いい解決方法だったはずだ。
 だから彼女に話しかけたのだし、もしこれが自分のために行ったことだと解釈してしまうと、彼女の心が恭一に向くというれっきとした証明される確かなことが表に出てこなければ、その時点で後悔の念と、自己嫌悪に襲われることは分かっていた。それが罪悪感に繋がるのだし、罪悪感はつまりは、自分のためになることが匠永されなければ必ず生まれるものだと言えるであろう。
 自分が話しかけたことで咲江がその後どのように変わったのか、それは恭一の中の想定内のことであっただろうが、その確率的なものは、結構低かったのではないだろうか。しかもその結果に対して、恭一は承服できるものではなかったかも知れない。
「もう少し違った結果になってくれていればよかった」
 と感じたことだろう。
 それ以後の咲江が恭一に取った態度は、結構積極的なものだった。最初に出会った時のいかにも引っ込み思案な態度は、最初から計算済みだったのではないかと思わせるほどの積極性に、一瞬引いてしまいそうになった自分を感じたくらいだ。
 だが、中途半端に大人になっていた恭一にはそんな態度は嫌いではなかった。むしろ好きだと言ってもいい。
 相手から慕われていると思うのは今までにはなかったことで、それはまだ子供だったことから、人に慕われるなどないという先入観もあったからだ。
 慕われていると思ったのは、咲江が積極的に恭一に連絡を取ってきて、会う機会を彼女お方から作ってくれるようになったからだ。
――あの時、俺が話しかけてあげたことで、俺にだけ心を開いてくれるようになってきたんだ――
 という思いがあったからで、状況を時系列に沿って見ていれば、その感情にまったくの無理はなく、誰にでも感じさせることに思えた。
 だが、彼女の場合は慕情というよりも、依存に近い形だったのだが、その違いをその時の恭一に分かるはずもなく、その感情はきっと咲江本人にも分かることではなかったであろう。
 その日のことを両親(母親は義理であるが)は、
「あの二人、きっといい兄妹になるわ」
 と思っていたことだろう。
作品名:家族と性格 作家名:森本晃次