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短編集84(過去作品)

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 いろいろと迷ったあげく、九州へは飛行機で行くことにした。新幹線でもよかったが、想像以上に長く時間を感じると思った。ゆっくりとした時間を持ちたいのは山々だが、トンネルの多いこともあって、逃げ出したくなるような時間の訪れを懸念したのだ。
 羽田空港から福岡まで行き、博多からは特急で行く。熊本と大分の県境、温泉郷になっているようで、ガイドブックにはたくさんの温泉が紹介されていた。そこまで行くのなら普通は湯布院に行くのだろうが、あまりにも観光化されていて、今のめぐみには似合わない。
――鄙びた温泉宿でひっそりと過ごしたい――
 それがめぐみの望みだった。
 朝一番の飛行機で福岡に向かう。あまり人がいないだろうと思っていたが、さすがに出張のサラリーマンで空港は賑やかだった。大きなバッグを抱えたサラリーマンが、広い空港ロビーを行き交う姿は今までのめぐみの知っている世界とは違う世界である。
 匂いからして違う。芸術に造詣の深いめぐみは、よく美術館や博物館に赴くが、そこで感じる匂いはいつも新鮮だった。高貴な趣味を持っている人間の集まる空間らしい匂いが漂っている中に自分がいることが快感でもあった。
 空港のロビーはそんな匂いとどこか似ている。まったく同じではないところが却って新鮮なのかも知れない。いかにも今まで知らなかった世界を味わっていることに酔いしれていた。
 朝が早かったため朝食を食べていない。最初から空港で朝食を摂るつもりだった。レストランや喫茶店の並ぶ中の一つの店に入り、モーニングセットを注文した。
 店を選んだ理由は、コーヒーの香りに誘われてである。高校の頃までコーヒーが飲めなかっためぐみは、大学の近くにある喫茶店から漂ってくる香りにいつしか魅入られるようになっていた。先輩に連れられて初めてその店に入った時、ごく自然にコーヒーを注文していた。初めて口にしたコーヒーに感動を覚えていたのを、先輩は不思議そうに眺めていた。
「私、コーヒー初めて飲むんです」
「そうなの? おいしいでしょう?」
「ええ」
 高校の頃まで嫌いだったコーヒーの匂い、大学生という気持ちに余裕のある時代にこそふさわしい飲み物のように思えた。そしてコーヒーを飲むことで今まで知らなかった世界が開けてくるように思えたのは気のせいであろうか。
 コーヒーの魔力を感じながらゆっくりしていると、目の前に座った男がこちらを気にしている。
――気持ち悪いわね――
 正面に座っているからそう感じたのだが、めぐみはできるだけ大胆に一瞥して見せた。ひるんだのか男はもうこちらを見ていない。
――男なんて皆そうなのよ――
 いつの間にか自分が男性不信に陥っていることに気付いた。確かに男性に負けたくないといつも気を張っている。それを今までは瀬川がいてくれたおかげでワンクッション壁ができ、感じずにいれたのかも知れない。
 めぐみにとって、今回の旅行は自分を思い出すための旅だと思っていた。男性に対して不信感などなかったのに、気がつけば不信感を持っている。まず、そんな今の自分を掌握することから、初めてそれまで自分がどんなことを考えて過ごしてきたかを、思い出すのだ。
 瀬川と付き合っている頃が一番自分を分かっていたと思っている。その一番の理由は気持ちに余裕が持てたからだ。確かにいつ壊れるとも限らない綱渡りのような恋をしているのだから、いつもハラハラドキドキで、落ち着かなかっただろう。しかし、それでも瀬川といることで、自分というものを分かってくることがすべてを差し引いたとしても余裕に繋がったのだと思う。
 別れてしまえばそれが反動となって押し寄せる。分かっていたことだと思うのだが、気持ちの余裕がそれだけ大きかったのだろう。
 目の前にいた男がそれを思い出させてくれた。そう思いながらコーヒーをすすっていると、そんなに時間が経っていないにもかかわらず、顔を上げるとさっきの男はもうそこにいなかった。
――まるで私を見るためにそこにいたみたいだわ――
 そう感じたが、今度はそれほど気持ち悪く感じない。
――どこかで見たような人のように思うんだけど、気のせいかしら?
 しばらくその思いが抜けなかった。
 最初見た時は、まるでストーカーのような男だという先入観からか、気持ち悪いと思ってしまったが、よくよく思い出してみると、パリッとしたスーツを身にまとい、髪もいかにもビジネスマンを思わせるようにきっちりと整っていた。視線もそれほどあからさまというわけではなく、ひょっとして自意識過剰なだけだったんではないかと感じてしまうほど、アッサリしたものだったのかも知れない。
 どこか瀬川に似た視線があったのかも知れない。だから気になったのだ。顔や雰囲気は似ても似つかない男だが、瀬川のようにどこか自分を隠そうというところなど微塵も感じさせないような男だった。
――潔さのようなものがあるのかしら――
 裏を返せば投げやりなところもあるのかも知れない。おおっぴらには見えないが、後から考えれば、素直な性格の裏返しのようにも思える。
 コーヒーを飲み終え、ロビーに出ると、ビジネスマンで溢れていた。この中にさっきの男性もいるかも知れないと思い、思わず探してみるめぐみだった。
 一人一人の表情を見ていると、どこか共通したものがあるのに気付く。仕事に追われている人、やる気に満ち溢れている人、それぞれなのだが、めぐみには見ていて大体分かるような気がした。
 共通点があるとすれば、どの顔もオトコを発散させていた。今めぐみは恋に破れ、旅に出ようとしている。そんな目で見るからそう見えるだけなのかも知れない。だが、身体が寂しいだけではそんな気持ちにはならないだろう。男性不信と思いながらも、心は男性を求めているのだ。
 それは男性としての力強さだろう。いくら自分が虚勢を張ってみたところで男性の力強さには叶わない。だからこそ男性を好きになるのだし、女性にない力強さに惹かれるのだろう。
 今めぐみは自分がオンナであることを痛感している。女性らしいしおらしい部分、か弱い部分、そして従順さを感じている。決して寂しいからだけではないと思う。それは思い込みではないだろう。
 女性用のスーツに身を包み、身だしなみをきちっとして出かける今回の旅行、どこから見ても出張にしか見えないだろう。空港ロビーを横切り、搭乗口を通り抜ける時、新鮮な気持ちになっていた。
 飛行機に乗るのは久しかった。しかも一人で乗るのは初めてで、出張など今までにあったわけではなく、最後に乗ったのは、高校の修学旅行だった。海外へ行く学校が多い中、めぐみの行っていた学校は北海道が修学旅行地だったのだ。
――綺麗だったな、北海道――
 九州へ行くのに、まるで北海道へ旅立つような気になったのはその時のことを思い出したからだ。北海道はまたの機会でもいいだろう。
 空の旅はめぐみが考えていたよりもあっという間だった。雲の上から見る世界にはこれと言った変化はなく、ただ上がったと思ったら、すぐに降りるだけだった。搭乗するまでの時間の方がよっぽど長い。空港とはよく言ったもので、空は海と同じでまったくの別世界。空という海を越えてきただけである。
作品名:短編集84(過去作品) 作家名:森本晃次