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短編集84(過去作品)

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 という話があるくらいのプレイボーイである。そんな男はの眼中ではない。
――どうせ誰でもいいんでしょう――
 くらいにしか感じないからだ。ひょっとしていい人なのかも知れないが、噂が立ってしまえばそれを信じ込んでしまう自分は、悲しい性を持ってしまったと思っている。
 そんな男に声を掛けられたのだ。虫唾が走って当然だ。
――口直しがしたい――
 嫌いなものを食べて口の中で広がってしまった感覚だ。
「そんなことだから彼氏ができないのよ」
 と学生時代の友達に言われるが、
「仕方ないじゃない。ろくな男いないんだから」
 と言い返すが、今度は相手がため息をついて、
「もったいないわね。他の女の子が目の色を変えるような男ですら、あなたは見向きもしないんだから」
 その言葉には多少の嫌悪感が漂っていた。きっと、自分が狙っている男がめぐみに靡いていることを知っているのだろう。もしその友達がめぐみの不倫相手を知ったらどうなるか。ただでさえ不倫である。露骨に態度に出るに違いない。
 その日会社を出てから小雨になったとはいえ、雨が降り続いていた。しかも風も若干ある。ライトに照らされる雨を見ていると大きな白い粒状のものがゆっくりと落ちてくるのを感じる。どうやら、みぞれになりかかっているようだ。
――雪ならまだいいのにな――
 そう呟きながら空を恨めしそうに眺めていた。すると頭の上が急に暗くなるのを感じた。それが男物のこうもり傘であると分かるまで、しばらく掛かった。
 まさか男が傘を差し伸べてくるなど考えられなかったからである。思わず振り返り、そこに立っていたのが瀬川でビックリだった。
 人が言うほどめぐみは瀬川が嫌いではなかった。会社内で生理的にダメな人はいるが、瀬川は別である。しかもその時の笑顔、その笑顔に魅せられてめぐみは瀬川に惹かれていった。
 一目惚れなどありえないと思っているめぐみである。一度ふられたからといってあきらめるような男ではめぐみの心を永遠に繋ぎとめておくことはできないだろう。そういう意味では強引な男がめぐみは好きだ。もちろん独りよがりの強制はまったくのお門違いである。
 それからどうなったのか、自分でもハッキリと覚えていない。気分はシンデレラ、時間がくれば魔法は切れる。夢だったら覚めることだろう。
 そもそもあまり変化のある人生を期待しているわけではない。奇抜な人生を想像したこともないめぐみは、自分が寂しい人間だと思っている。特に男によって自分の人生が変わるなんて、考えられるはずもなかった。
――仕事と、男――
 この二つのどちらを選ぶかと聞かれれば、迷うことなく仕事だと答えるだろう。充実感の問題である。男といればなるほど、楽しいだろうし、一時の快楽に溺れることができる。しかし、それも一時的なもので、仕事を達成した時の充実感、そして達成感があるわけではない。
 しかもめぐみは男との関係に溺れることは、仕事や人生の苦痛感からの「逃げ」ではないかと思っている。逃げることを一番嫌うめぐみが男に対してガードが固いのはそのためだ。
――男で自分の人生を台無しにして溜まるもんですか――
 という考えをいつも持っている。
 そんな自分が瀬川に惹かれた理由を考えているが、きっと瀬川が最後は家庭に戻っていくことを覚悟していたからのように思う。
 だからこそ安心して付き合えたのかも知れない。めぐみとはそういう女だ。最初から冷静で、いざとなった時の覚悟さえしておけば、それが一番傷つかなくてすむ。
 打算的な自分が嫌にもなるが、一時の感情で人生を台無しにすることはない。潔いと言ってほしい。瀬川が別れを言い出した時も乱れるわけでもなく、取りすがって惨めな姿を晒すわけでもなかった。瀬川と付き合ったことを後悔しているわけではない。めぐみが自分で選んだのだ。
 だがそれも悲しいことだと思いながら……。
 雨の日から始まって、別れも雨の日だった。
 同じようにみぞれの降ってきそうな雨だったのも、何とも皮肉なことだ。クリスマスも近づいていて街はイルミネーションで綺麗だった。
 行き交う男女も楽しそうだ。それほど高価な格好をしているわけでもないのに、綺麗に見えるのは、イルミネーションの中に浮かび上がっているからだろう。決して派手な格好をすることなかった自分たちを振り返ると、羨ましく思える。
 だが、それもその日だけだろう。次の日には違う気持ちがこみ上げてくるに違いない。それがどんな気持ちであろうとも……。
 一晩寝れば少し冷静になれた。だが冷静になれる自分もあまり好きではない。最初から傷つかないですみと考えていたはずなのに、この心の奥に残ったものが何であるか、自分でも分からないめぐみだった。
――これが恋愛というものなのかしら――
 別れてから気付くなんて何とも皮肉なことだ。付き合っている頃は、心の底で別れることを恐れていたように思う。恐れながら、別れが来た時は、自分なりに冷静に受け止めることができるように覚悟を決めていた。
 それが恋愛だったと言えるのかどうか、半信半疑だが、実際に別れてしまうと、心の中にモヤモヤが残り、しかも冷静でいられる。それが恋愛をしていたという証になろうとは思ってもみなかったのだ。
 しばらくはそんなモヤモヤとした気持ちが燻っていたことは否定しない。しかしそれでも仕事はこなした。
「失恋を吹っ切るには仕事を一生懸命にすればいいのよ」
 という人がいるが、そんな気持ちにはなれない。恋愛を吹っ切るための道具に仕事を使いたくないのだ。仕事とはもっと神聖なものだと思っている。それこそ生きがいでもあるのだ。
――強がっているのかしら――
 一日で一番楽しいのは、寝る前である。何も考えずに眠ってしまえばいいと思っているし、程度な疲れが睡魔を誘い、誘われるまま夢見心地になればいいのだ。仕事をしている時と寝る前だけが何も変わっていない。しかも寝る前には仕事で得ることができた充実感がある、それだけで十分だった。
 しかし反対に一日で一番嫌なのが起きた時である。ただでさえ低血圧のめぐみの目覚めは最悪だ。頭痛が襲ってくることもしばしば、見ていた夢があっても、それを覚えていることは稀である。頭痛のために忘れてしまうのか、それとも忘れてしまいたいほどの夢だったのか定かではないが、最悪の目覚めの時は、あまりいい夢を見ていなかったのは確かなようだ。
 めぐみが旅行に出かけようと思ったのは、一人旅がしてみたくなったからだ。近くだったが瀬川と一緒に出かけた温泉。そこでの思い出はそのままにして、新しいイメージを旅することで掴みたかった。
 きっと、もし瀬川との思い出に引っかかっているものがあるとすれば、一緒に行った温泉での思い出だろう。
――その思い出は壊したくない――
 そう感じるのはわがままなのだろうかとも思ったが、そうではない。
――大切なものを大切にできるからこそ次があるんだ――
 と今までも考えてきた。仕事にしても、男性との付き合いにしても同じことである。
作品名:短編集84(過去作品) 作家名:森本晃次