小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集84(過去作品)

INDEX|18ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 いや、武藤はそんな偶然を信じない。必然的に出会うべくして出会ったのだと思うのだが、それだけに何を話していいか分からない。他に客がいなかったのは、密かに期待していたことなのかとも感じるが、次第に胸の鼓動が高鳴ってくるのを感じていた。
「この間、君が歩いているのを見かけて追いかけたんだけど、追いつけなかった」
「この間? それはいつのことですか?」
「二、三日前だったと思うんだけど、アーケードから住宅街の方へ入っていっただろう?」
 すると、今まで話しながら決して休むことのなかった泰子の手が止まった。
「え? それはきっと私じゃないわね。住宅街の方に用はないもの」
「そうなんですか。一生懸命に追いかけたんだけど追いつけなくてね。声を掛けようか、どうしようか迷いながらだったから、追いつけないと思っていたんだよ。それなら追いつけなくて正解だったね」
 ホッとしたように話す武藤、それを聞いている泰子の手が、またグラスを拭き始めた。
「でも似た人って結構いるもんだよね。ビックリしましたよ」
「私も同じような経験ありますわ」
「ほう、結構皆同じようなことがあるんだね?」
「ええ、でも私の場合は虫の知らせだったのかも知れないわね。似た人を見たと思っていたら、少ししてその人の訃報を聞いたんですもの」
「親しい人だったんですか?」
「いえ、それほどでもないんですよ。学生時代に同じクラスだったことがありますが、それほど一緒にお話したという覚えもないんですよ。似ている人を見かけた時も、最初誰に似ているのか分からないくらいでしたからね」
「で、結局、その人の顔は確認できなかった?」
「ええ、よく考えてみれば、親しい人の虫の知らせなら、顔が確認できるはずのような気がしますものね。だから私はその時のことが夢だったんじゃないかって思うようにしています」
 きっと武藤が同じ経験をしたとしても、同じように感じるだろう。
 話を聞いていて思ったのだが、知らないうちに自分も他の人の夢の中に現れて、本当の自分とは違うイメージを植えつけているのではないかと思うと気持ち悪い。武藤も結構夢を見る方だが、学生時代の夢で、友達が出てくることも多い。
 背景は大学のキャンパスが広がっているのだが、皆社会人になっている。自分は卒業できずに、皆から遅れてしまったことを憂いているという夢なのだが、心の底で仕事のことがわだかまっている。実に不思議な夢だ。
 逆に大学時代に社会人になった夢を見たことも何度かある。なったことがないわりにはかなりリアルな夢だったように思う。心配性な武藤は、卒業間近から不安と期待に揺れる気持ちの中で、大きくなって破裂しそうな不安を夢で発散させていたのかも知れない。
 いや、夢の内容にしても、社会人になってから学生時代に見た夢を思い出して、夢を少し違った印象で再度固めて記憶しなおしたのではないだろうか。
――ふとしたことで何の脈絡もなく、思い出すことがある――
 それが夢だったら、思い出すことで、夢の内容を修飾して記憶しないとも限らない。かなり強引な考え方だが、そう考えるのが一番しっくりくると思う武藤だった。
――袋小路のようだな――
 住宅街の角を曲がって、またしても同じ光景が目の前に飛び込んでくるのを思い出してしまうと、自分がどこにいるのか分からなくなる。夢の中かも知れないと感じるのも無理のないことだ。
「お前はいつも俺の夢に出てくる」
 と言われたことがあるが、どうやら、シチュエーションにそれほど変わりはないようだ。いつも同じような夢を見た時に出てくると言われると、その人が自分に持っているイメージを垣間見ることができる。
「予知夢」という言葉があるが、それも自分が抱いているシチュエーションのイメージに似たところに出くわすことで、
――以前、夢で見たように思う――
 と感じるのではないだろうか。夢を見たわけではなく、いつも自分の中で感じていることが実際に起こった時、
――夢だったんだ――
 と感じるのだろう。
 誰か似た人を見たという時は、必ず夢という意識が頭をかすめる。夢で見たと思う方が自分を納得させられるからである。自分で納得することすべてが、「虫の知らせ」というわけではないだろうが、後から考えると見たような気がするというのは、案外自分の意識が表に出ているからなのかも知れない。
 誰からも気にしてもらえない存在の人というのは、人が集まるところには必ず一人はいる。一言でいえば、
「目立たないやつ」
 ということになるのだろうが、目立たないことを本人はどう感じているのだろう。意外と気にしているのかも知れない。
 実は武藤も小学生の頃は目立たない方だった。人と同じことをしたくないという思いが強く、そのために、集団意識には嫌悪感を覚えていた。
 友達の中にはそんな武藤を、
「付き合いの悪いやつ」
 として見ていたことだろう。実際にそんな目で見られていることは知っていたし、集団の中に埋もれているよりもいいと思っていた。
 目立ちたくてアクションを起こしたこともあったが、元から似合わないのか、まわりからシラけた目で見られていた。一度失敗すると今度はなかなか行動には移せないもので、却って自分からまわりに対して一線を引いてしまった。
 夢を現実と混同してはいけないと感じながら夢を見るようになったのはそれからだ。
 夢の中での自分が自分ではないことは分かっているくせに、できないことをしてみようとする。
 しかし夢とは所詮、
――潜在意識が見せるもの――
 である。
 夢だと意識していると、却って何もできないような気がするのだ。してみようと思ってみてもできない。現実よりもシビアだ。
 夢を見るということは疲れているからだと思っていたが、それだけではないのかも知れない。実際に感じていることや気になることなども夢に見ることがある。
 匂いも色も、何も感じないのが夢だと思っていたが、色を感じることはあった。思い込みかも知れない。
――人が渡っているのだから、信号機のシグナルは青色だろう――
 などといったことも思い込みなのだろうが、車の色など、何色であっても不思議のないものもハッキリと認識している時があるのだ。
 それにしても、似た人を見ることが最近何と多いことか。泰子に似た女性を追いかけたのを始めとして、似ていると感じる人たちは、ほとんどが女性である。人の顔を覚えることが苦手だからこそ、似ている人だと感じるに違いない。
 似ている人を見ていて、
――あの人に似ているんだが……
 と思っても、肝心なその人の顔が思い出せない。どこが似ていると聞かれても答えられないだろう。目の前にいる人のイメージが、自分の中で膨れ上がって、勝手に作り上げたイメージで凝り固まってしまう。
 そういう順応性のなさは、自分にとっての短所である。なかなか人に馴染めないところがあるのも仕方のないことだ。
「僕の夢を見てくれよ」
 ドラマなどでアイドル系の俳優が、デートの最後にキスをしながら呟いていたのを思い出した。
「ふっ、何言ってんだか」
 と、思わず呟いたが、虫の知らせを思い浮かべていたからだ。
作品名:短編集84(過去作品) 作家名:森本晃次