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短編集84(過去作品)

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鏡の世界の自分



                鏡の世界の自分


――他人の空似――
 という言葉がある。実によく似ている人を見かけて、声を掛けようか、どうしようかと迷ったことのある人はたくさんいるだろう。ちょっとだけしか面識のない人なら、おおむねほとんど特徴など覚えているわけもないので、誰でも似た人に見えるかも知れない。
 旅先で見かけたのであれば、
――似た人もいるものだ――
 くらいで意識もないのだが、出会っても不思議のないところだったら、本当にその人なのかも知れない。相手が女性なら、声を掛けるのに戸惑いながら、ドキドキした気持ちを維持することができるだろうか。
 純情な少年時代と違っても、さすがに女性に声を掛けるのには勇気がいる。
「あの人になら声を掛けられても、私はついていくわ」
 などと大声で話す女の子を横目に、バカみたいだと思いながらも、
――きっと声を掛けても嫌がられない、持って生まれたその人の気質のようなものがあるに違いない――
 と思えてならない。
 ここに一人の男がいる。名前を武藤省吾というのだが、普段から人に声を掛けるのが苦手な男だった。
 なぜなら人の顔を覚えるのが苦手で、
――間違えたらどうしよう――
 といつも考えている男だった。そのためか営業に向かず、いつも事務所でデータと向き合っている仕事をしている。
――俺にはこれが似合っているんだ――
 と思うようになっていたくらいだ。
 あれは少し寒くなりかかった時期で、朝晩の気温差も激しく、体調管理の難しい時期だった。さすがに普段は引かない風邪を引いてしまい、商店街に風邪薬を買いに行った。まだ引き始めで、それほどひどくもないことから、漢方薬がいいと勧められた。何よりも空腹時でも大丈夫だということが魅力だった。最初はそのまま帰ろうと思ったが久しぶりに商店街へ出てきたこともあってか、食事をして帰ろうと思ったのだ。
 アーケードもまだ残っている商店街で、年末になればそれなりに盛り上がっている。不 景気のご時世の中ではがんばっている方だろう。前は少しでも協力できればいいとまで思っていたくらいである。
 それにしても、一年ぶりくらいに来たので、店の並びはかなり変わっていた。ゲームセンターだったところが携帯電話の店に変わっていたり、美容院の数が増えたのもビックリしていた。なかなか普通の喫茶店というのも風邪が減ったようで、気がつけばほとんどなくなっている。
 その店は階段を上がっていったところに一軒喫茶店が残っていた。以前に一度か二度行った記憶があるのだが、その時は確か女性と一緒だったと思う。付き合っていたというような仲ではなかったが、友達以上だったのは間違いない。
 何度かデートまがいのことをしたが、身体の関係にはならなかった。「まがい」という表現は、お互いに恋人同士という感覚でなければデートと呼びたくないという武藤の考えによるものだ。こだわりと言ってもよい。
 喫茶店に上がっていく階段の途中からコーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。懐かしさを誘う香りでもあり、表の寒さを払拭させてくれるだけの暖かさも感じる。これだから喫茶店というのは好きなのだ。
 コーヒーの香りにはいくつかの効果がある。暖かさを感じさせてくれ、さらに頭をスッキリさせてもくれる。どちらもありがたく、仕事帰りや朝のひと時など、格好の憩いになったりする。
 その日は仕事帰りだったので、身体には心地よい充実感と会社からの開放感があった。店内に入ると、奥のテーブルに腰掛けたが、そこから見下ろすと、近くの駅のロータリーが一望できる。
 コンコースから吐き出される人の群れは、まるでアリの群衆のようであり、いつもはあの中に自分もいるのかと思うと、不思議な気持ちになった。そこには懐かしさがあり、まるで昨日も同じ光景を見たような気がしてくる。
 窓ガラスに店内が映し出されているが、まるで宙に浮かんでいるようで、不気味だった。ウエイトレスの女の子が中腰の状態で注文を受けている。その状態が宙に浮かんで見え、大きく見えてしまうのは、表が暗いからだろう。いくらネオンサインが眩しいとは言え、店内よりは間違いなく暗い、それだけに表の遠近感が取れないのだ。
――果てしなく続く暗闇――
 そのように感じられる。
 じっと表を見ていた。どれくらいの時間が経ったのだろう、顔を店内に向けると、武藤の席から三つほど離れた席に一人の女性が座っていた。
 彼女はコーヒーを口元に運びながら上目遣いでこちらを見ている。普段であれば、
――なんて失礼な人なんだ――
 と腹も立つのだろうが、見つめられているその顔を見ていると、それほど怒りがこみ上げてこないことへの疑念を抱きながら、自問自答を繰り返している自分に気付く。
――何か顔についているのかな?
 そんな表情ではない。何かしらの興味を持って見ているようだ。そう、好奇の目で見ているといっても過言ではない。瞳が輝いて見えたのは、上目遣いのせいだけではないだろう。
 その目が怪しく光ったような気がした。瞬間感じた妖艶な雰囲気は、今までにも感じたことがあるものだった。かつて付き合っていた女性を思い出してみたが、どうも彼女の思い出ではないようだ。
 付き合っていた彼女、名前を洋子と言った。洋子はあどけなさが魅力の女性で、付き合っていた頃の武藤も、人を疑うことも知らないような性格だった。
 今が海千山千とまでは言わないが、それなりに人を見る目は養われていると思う。
「まだまだ、お前は甘いよ」
 と言われることで、反発心を感じ、女性を見る目が養われているだろうと思っている。
 だが、成長したんだと考えると、心の中に何かのわだかまりを感じることがある。それがどこから来るものなのか分からないが、妙に納得できる自分が気持ち悪い。
 洋子という女性と付き合っている時、それはまさしく、
――子供の恋愛ごっこ――
 だったのかも知れない。いつも何かに怯えていて、それが分かっているのに何もしてあげられない自分への憤りを感じていたり、不満の捌け口をまともに武藤へぶつける彼女に対し、ただ一緒になって苛立っているだけの自分が情けなかったりした。
 時々まったく無口になってしまって、会話がない時がある。お互いに精神的な浮き沈みがあるのだが、普段はどちらかが静かな時は、どちらかが話しかけるといったリズムがうまく噛み合っているのだが、たまに落ち込む時期が重なってしまうことがあった。そんな時はどちらからも会おうとはしない。数週間も連絡を取らないことも珍しくなかった。
 しかし、うまいこと行くもので、そんな気持ちが落ち着いてくるのは、いつも同じ時期だった。
 待ち合わせを申し出ても、
「ちょうど、会いたかったのよ。よかった、連絡してくれて……」
 本当に嬉しそうな表情をしている。
 いつも待ち合わせを申し出るのは武藤の方だった。洋子は待っているだけで、それだけに、
「ちょうど、会いたかった」
 という言葉をそのまま鵜呑みにしていいものかと考えてしまう。
 だが、本当に会いたかったのは間違いないようで、いつも待ち合わせると、普段と違った洋子を見ることができる。
作品名:短編集84(過去作品) 作家名:森本晃次