小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ふたりでひとり

INDEX|7ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

 一度、萎えてしまった心臓がまたしても爆発寸前になった。最初の時よりも胸の鼓動は激しかった。その時、思い切り抱き着きそうな衝動をよく抑えられたものだと感じたほどだった。
 部屋に入ると、思ったよりも明るくてビックリした。
 元々、こういうお店の情報は、テレビなどで見たことがあったが、ほとんど薄暗い部屋で、熟女が感情もない状況でサービスしているのを見るだけだったからだ。よく考えてみれば、そんなシーンを写すのは、ほとんどがその女の子が主人公で、
「いかにどんな劣悪な環境に追い込まれていたか」
 ということを示すための映像だったからだ。
 大げさな部分は多分にあり、その大げささが大きければ大きいほど、彼女に対しての感情が一方通行で示される。それが制作側の意図であることは、さすがに中西にも分かった。大学時代のその頃、自分が脚本を書くということに携わっていることだったからである。
「これも一つの経験だ」
 とありきたりなセリフだけで先輩についてきたが、来てみると、どこか後ろめたさを持っていたはずなのに、途中からその後ろめたさは消えていた。
 どうして消えてしまったのか分からなかったが、ひょっとすると、テレビで見た先入観とはまったく違ったお店に対して、自分の中で初めてだという意識に新鮮さが強く影響したのかも知れない。
 お部屋に入ると、これもビックリで思ったよりも広かった。
「このお店はお部屋も結構広いでしょう」
 と女の子が言っていたので、きっと他の店はもっと狭いのかも知れない。だが、やはり通路といい、部屋の中といい、明るさが普通だったのは、安心に繋がるものだった。
 さすがに赤い照明というのは生々しくて嫌な感じだったが、
――せっかく経験するのだから――
 という思いもあり、テレビのような大げさなお店であったとしても、それはそれで悪くはなかっただろう。
「僕、初めてなので、よく分からないんですよ」
 と正直に言うと、
「そうなんだ。じゃあ私は最初なのね。最初に私を選んでくれて嬉しいわ」
 と言った。
 フリーではなく指名だったので、彼女は自分が写真指名をしたのだと思ったのだろう。せっかくそう思っていてくれているのであれば、先輩が指名してくれたという本当のことを明かす必要もないと思った。
――どうせ、今日だけ、この時間だけの相手なんだから――
 と思った。
 だが、思った瞬間、急に虚しさを感じた。虚しさというよりも罪悪感に近いものだった。それはきっと彼女を目の前にして感じてはいけないことを感じてしまったからではないかと中西は思った。
 この日のこの時間と感じるということは、
「自分がこの娘との時間をお金で買った」
 という一番感じたくないと思っていることを、自ら納得させるようなことを考えたということになる。
 その考えは間違いではないし、需要と供給の一致から生まれた関係なのだから、どんな表現をしても、それ以上でもそれ以下でもないはずだった。ただそこに感情が絡んでくることで、
「楽しみ」
 そして、
「サービス」
 というものが生まれる。
 中西は、そんな難しいことは考えたくないと思っていた。
 実際にはもっと難しいことを考えているのだが、ここでいう難しいことというのは、
「自分を納得させるために、もっと難しい発想を作らなければいけない」
 と感じることであった。
 お部屋に入っての彼女はお店で教えられたサービスをしてくれた。その間にいろいろ話しかけてくれるのだが、その気遣いが嬉しかった、なぜなら何度も話をしている友達と話をしていても、それなりに緊張する自分なのに、その緊張感を打ち消そうとしてくれているような素振りに気遣いを感じるからだった。
 実際に緊張はほぐれていた。何をどう接していいのか分からないという感覚はすでになかった。
 きっとそれは、お部屋に入ってから二人きりなのに、すぐにプレイに入らずに、最初は会話で気分を晴らそうとしてくれたからだろう。一定の会話が途切れると、静寂が訪れ、再び緊張したが、すかさず唇を重ねてくる彼女に誘導されながら自分も唇を重ねると、すでに胸の鼓動は収まっていて、静寂の中でそれまでに感じたことのない耳鳴りのようなものがしてくるのを感じた。
――これが耳なり?
 と思うほど、今までに感じた耳鳴りとは違い、心地よささえあった。
 しかもまわりを支配する空気が湿気に満たされているのを感じいると、自分の身体は湿気を帯びた空気という水の中に溶けてしまうのではないかと思うほど、とろけてくるのを感じた。
 唇を重ねている時間、中西は時間の経過を感じようとしていた。せっかくの決められた時間、その時間を思う存分使うには、時間というものの把握が必要だと思ったのだ。
 実際に時間の経過を考えていると、唇や舌以外をまったく動かそうとしないその娘と一緒にいると、その場が凍り付いてしまったかのような錯覚を覚えた。
――時間が止まってしまったのだろうか?
 と考えたが、よく考えると違っている、
――時間が止まったわけではなく、自分たちが動いていないだけで、時間だけは過ぎているんじゃないか?
 と思った。
 それは普通の精神状態であれば誰もが感じることだった。
 だが、今までに感じたことのない静寂の中での湿気を帯びた空気によってもたらされた時間を、普通の精神状態で過ごすことがもったいないと思えた。
――やっぱり時間が止まっていると思いたい――
 と感じると、本当にこの部屋の時間だけが凍り付いてしまったかのように感じた。
 まさかそんなバカなことがあるはずはないと思うのだが、そう思えば思うほど、架空の発想が頭をもたげてくる。
――今だったら、小説だって書けるのに――
 たった今まで二人だけのこの時間を邪魔されたくないと思っていたくせに、小説のことが頭をもたげた瞬間、急に時間が動き出した気がした。
――自分の精神状態によって時間が止まったり動いたりするということを、真剣に信じてしまいそうだ――
 と思ったが、それこそが、時間というものの正当性のように思えた。
 時間というのは、絶えず同じスピードで過ぎているという発想は、もはや妄想ではないかと思えるほどになっていた。
「大体、誰が決めたというのだ?」
 時間というのは、人間が自分たちが生活していくうえで、都合よく決めたものであって、ハッキリとしたことを概念で説明することができないものである。
 確かに、時間という刻む感覚は人間以外でも感じているのかも知れないが、他の動物の世界ではどのように捉えられているのか、分かったものではない。
 以前読んだ本の中で印象に残った話を思い出した。
 あれは確か短編だったが、スナックに入った男性が、シラフであるにも関わらず、店の中にいる時間と、表の時間でまったく流れが違っているということを常連の男性から聞かされて、最初は信じられなかったが、店を出てからいつも帰宅している道を歩いているのに、一向に家に着く気配がなかった。
 どうやら袋小路に入り込んでいるようで、まったく同じところをグルグル回っているだけだった。同じところを何度も歩いているはずなのに、その意識が本人にはない。ただ、
「なかなか家に着かないな」
作品名:ふたりでひとり 作家名:森本晃次