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ふたりでひとり

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「中西さんの作品は、私嫌いじゃないんだけど、読んでいるうちに、本当に『私なら、こう書くんだけどな』という思いが強い気がするのよ。だからと言って、私が加筆できるほど優れているわけではないんだけどね」
 と言って笑ったが、それを見た時、中西は自分の中で何か目からうろこが落ちた気がした。
――そうか、加筆という発想もあるんだ――
 と感じた。
 ただ、自分には絶対にできないことだ。中西は自分が発想した内容を好き勝手に書き上げることしかできないと思っているからだ。人の作品をプロを含めて、普段からあまり読むことはなかったが、それは、
「自分の筆が乱れるからだ」
 と、まるでプロ作家のようなことを考えていた。
 プロ作家の中には、売れっ子などになると、一時期に何社かの依頼を同時にこなさなければならない人もいて、
――よく頭がこんがらがらないな――
 と思っていた。
 確かに小説を書くということは、
「集中して書く」
 というのが、一番のやり方だろう、
 集中していると、たとえ同時に他の作品を抱えていても、こんがらがるようなことはないと思っていたが、実際にはそれが間違いだと分かった。二時間集中して書いている間はいいが、その後ふっと気を抜くと、放心状態になってしまい、たった今まで書いていた内容も完全にリセットされた気分にさせられる。
 それだけ集中していたということで、集中することは悪いことではないが、その後の脱力感はハンパではなかった。
 集中力という意味でも、他人の作品に加筆をするということがどれほど難しいことであるか、考えさせられる。
「いや、それは皆綺麗ごとだ」
 と中西は感じた。
 なぜなら、小説を書くということをやり始めた元々の発想は、
「何もないところから新たに何かを作る楽しみ」
 だったはずだ。
 だから、
「ノンフィクションは絶対に書かない」
 と決めているのだし、創作意欲という言葉に造詣が深めるのだった。
 人の作品を加筆するというのは、最初の、
「何もないところ」
 という大前提が崩れていることになる。
 中西はそう思っているが、聖子はどうだろうか?
 ただ、もし自分の作品に手が加わったとして、作品を発表する場合、連名になるというのだろうか。いわゆる、
「ゴーストライター」
 と呼ばれるものとは少し違っているかも知れないが、どんなに作品を作ったとしても、その人は影の存在であり、決して名前が表に出ることはない。
 もし、その人の作品を単独で、デビューさせて発表させたとすれば、聡い評論家の中には、
「この作品は、誰々の作品に酷似している」
 と言われかねない。
 ただ、それは作品に対しての酷似ではなく、表現や細かいところでの言葉遣いなどであるので、盗作という発想は生まれてこないが、そのせいで、せっかくデビューできたとしても、結局は告示させたというイメージを植え付けたと思い込み、脱却する必要のない自分の文章作法から脱却できないことで、勝手に悩んでしまって、つぶれていくのがオチではないだろうか。
――これほど寂しいものはない――
 土の表面に出た瞬間に、釜か何かでちょん切られたようなものである。
 まるで新喜劇のようだと言えるのではないだろうか。
 中西はこの思いを聖子に向けてみた。
「もちろん、僕の勝手な発想なので、君が僕の作品に加筆してくれるのであれば、それを今度賞に応募してみたい気もするんだ」
 というと、少し悩んでいたようだが、
「条件があるわ」
「条件?」
「ええ、とりあえずは、この一作だけということで進めてください。基本的にはそれ以上しないと言っておいて、その後のことはその後で決めるということにしてくれれば、やってもいいわ」
「要するに段階を決めて、そしてそれを厳格に守っていくということだね」
「そういうことになるわ」
 と彼女は言った。
 その時の真剣な表情は、今まで何度も真剣な表情を彼女に感じてきたくせに、初めて感じるものだった。
――ひょっとして、これが彼女の本当の真剣な表情なのかも知れない――
 と感じたほどだ。
 実際に作品を製作し、応募する出版社は、今中西が所属しているM出版社の、
「M出版文学新人賞」
 だった。
 ジャンル不問で、作品のボリュームと締め切りから考えて一番適切だったことで選んだ賞で、受賞の傾向や、審査員の先生にどんなジャンルの人が多いかなど、あまり気にしているわけではなかった。
 その理由は、
「受賞することが、本来の目的ではない」
 という思いがあったからだ。
 受賞に会しては二の次で、加筆された作品を、どのように見てくれるかというのが目的だった。
 だが、出版社系の新人賞では、最終選考に残らなければ作品の批評はしてくれない。雑誌に載っている有名小説家が実際に審査をするのは、最終選考からだということを、その時の中西も聖子も知っているわけではなかったからだ。
 それでも、最終選考に残った。まさか残るとは思っていなかっただけに、中西は有頂天だった。作品の出来上がりに関しては。中西が想像していた以上の加筆に、大いに満足はしていたが、さすがに初めての投稿で、最終選考に残るなど、願望という妄想以外ではありえないと思っていたからだ、
 最終選考に残ったことは嬉しいと素直に言っていた聖子だったが、彼女の中でもどこか納得できないところがあったようだ。それがどんなところなのかハッキリしていないようで、それが彼女の戸惑いの表情に表れている気がした。
 結局、賞を受賞するところまでは行かなかったが、それから二人はペンネームを変えた。元々のペンネームは、本田利彦と名乗っていた。それは新人賞に応募する時だけの限定ペンネームで、M出版社からは、
「うちの出版社で連載してみないか?」
 と連絡を貰ったが、聖子の考えで、その話は丁重にお断りさせていただいた。
 しかし、それから中西はM出版に入り、その頃になると、聖子も落ち着いてきて、小説の加筆に対してこだわりがなくなってきたようだ。
 中西は編集部に、
「以前、最終選考に残った本田利彦氏ですが、彼がもう一度執筆をしてもいいと言ってくれているようなんです」
 と話を持ち掛けた。
 どうして中西が本田利彦と周知の仲なのか、編集長はこだわらなかったので、話は中西を仲介としてとんとん拍子に進んだ。そして、M出版からのデビューとなったのだ。
 それが山下隆正だった。
 そう、山下隆正は、中西であり、中西ではない。つまりは、聖子との共同制作によるもので、それだけに一人ではできあい発想が盛り込まれていることから、出版社にも読者にも受けがよかった。
 だが、その後、中西と聖子は結婚したのだが、それを機会に、二人の立場が微妙に変わってきた。役回りをそれぞれで分担するのではなく、作品によって入れ替えようというものである。作品によっては、中西が原案を書き、聖子が加筆する。または、別の作品では聖子が原案を書いて、中西が加筆するというものだ。
「山下先生作風が変わったのか?」
 という意見もあったが、たいていの人は、
「山下先生のもう一つの才能が覚醒したのでは?」
 といういい意味での評価が多かった。
作品名:ふたりでひとり 作家名:森本晃次