ふたりでひとり
「食事会という手もありますが」
とコンサルタントから進言があったが、
「いえ、それでは困るんです。披露宴という形を取らなければいけないんです」
と彼女の方が口を開いた。
その日、コンサルタントの前で口を開いたのは、後にも先にもその時だけだった。その理由は中西にも分からなかったが、その時に彼女が口にしたのは、分かる気がした。
――これがこの日の本当に言いたかったことだからな――
と思ったからだ。
だが、披露宴を開かなければいけない本当の理由は中西にあった。それでも彼女が強調して言いたかったのは、披露宴を開くことが自分の一種の決意でのあるかのように感じたからではないだろうか。
披露宴には最低人数というものがあり、あまり少ないと会場がスカスカになってしまうというのもあるし、費用からすれば、いくら人数が見た亡くなったとしても、部屋を借りる値段やサービス料金は、ホテルで定めた最低人数分は頂くということになり、結婚する方とすれば、損をする計算になる。
コンサルタントの人が最初に、
「費用の問題ですか?」
と聞いたのは、この部分に引っかかってくるのだった。
それを二人は考えた末に、
「違う」
と答えたのだから、この問題は解決済みだと思ってもよかった。
コンサルタントの人は、もう人数にはこだわらなかったのは、そういうことだったからである。
コンサルタントの人との話し合いは、スムーズに行った。コンサルタントの人はなるべく相手の考えに沿うようにといろいろ案を考えてきたが、最初に提案した案で、ほぼほぼ承諾してくれたことが、コンサルタントとしても、冥利に尽きるとでもいうべきであったろうか。
話はとんとん拍子に決まり、コンサルタントが考えていた話し合いの時間の半分くらいである程度の形が見えてきたのは、さすがにビックリだった。
それは提案する側も提案される側も同じで、お互いに早く決まったことを、不安な気もしたが、それでも満足していることで、お互いに考えていた時間が余ってしまったわけだ。
「私はこれから仕事に戻りますので、お二人はゆっくりしていってください」
とこんサルタンとの人が伝票を持って、レジに向かった。
「ありがとうございます。ご馳走様です」
と、コーヒー代を持ってくれたことにお礼をした。
もっとも、これも営業として経費から落ちることなので、それほど律義に感謝しなくてもいいのだが、決めることも決まったので、その分安心だった。
二人がレストランでその後行った会話は前述の通りだが、お互いに考えていることの共通性を決まったことを元に一度話し合う機会を持つことは大切なことだった。時間が早く終わったことで、その場でできたのは、よかったというべきであろう。
それにしても、結婚式を質素にやりたいという人は少なくもないかも知れないが、普通であれば、金銭的な問題が一番大きいはずなのに、二人にとって金銭はどうでもいいようだ。
それよりも披露宴という形式的なことを行うために、列席する人の選別は、どうしても不可欠であり、それぞれの客人の数に差があっては、相手に失礼だということで、このあたりが一番気を遣うところである。
だったら、コンサルタントの人のいうように、
「親族だけで圧遭って、食事会というのもいいですよ」
という提案でもよかったのだが、どうやら新婦の方が反対のようだ。
どちらかというと新婦の方の客人の方が少ない割合になりそうだということは聞いていたので、もし反対するのであれば新郎の方だろうと思っていただけに、少し不思議な気がした。それでも何とかしようという思いが新婦にあるからなのか、彼女は頑なな様子に見えたのだ。
「あなたと知り合って、もう何年になるのかしらね?」
「そうだね。僕はまだあの頃は学生で、何も知らない若輩ものだったからね。君にいろいろ教えてもらったことが今の僕を作っているような気がするんだ。それに君にはもっと感謝しなければいけないところもあって……」
と、中西がそこまで言うと、今まで下を向いていた彼女が急に真顔になって、中西を見つめたのだ。
「それは言わない約束」
とでも言いたいのか、言葉に出すことはなかったが、その様子を診て、中西は何も言えなくなった」
「でも、知り合った時のあなたって、本当に可愛らしいと思ったのよ。あら、可愛らしいなんて失礼かしら?」
と、まるで貴族のお嬢様のような言葉を使う彼女を見て、それまでの彼女とは完全に違っていることに気が付いた。
――すでに、僕の奥さんになった気になってくれているんだな――
と感じ、そのことが中西にも至極の喜びであることを感じさせた。
「そんなことはないさ。何しろあの時の僕は、実際に天狗になっていた部分があったからね」
天狗というのは、シナリオを何とか書き終えて、実際に作品も出来上がり、それを学園祭で披露することができたことが、その時の自分に対しての一番の自信となった。評価についてまでは、知るのが怖くて誰にも聞かなかったが、
「完成させることに意義がある」
と思っていただけに、それはそれでよかったのだ。
少なくとも、部員からは何も文句も注文もなかった。それが逆に怖いという気もしたが、それは考えすぎだったようで、自分の作成したものに対して忠実に演技してくれたし、監督も最大限に気を遣ってくれていたようだった。
その後監督を引き受けた部員から、
「お前の脚本、結構よかったぞ。役者も演技に集中できたようで、監督をやっていて、彼らの個性を十分に引き出すことができたのは、この脚本のおかげだって思うんだ。ありがとうと言いたいよ」
と、自分の作品に最高のねぎらいの言葉をくれた。
それは大きな自信ともなったが、まだその頃は天狗になるというところまでは行っていなかったのだが、天狗になったとすれば、先輩から風俗に連れて行ってもらったあの時からだったに違いない。
風俗に行くとどうして天狗になるのかというと、少なからず自分の中に風俗嬢に対しての偏見のようなものがあったのだろう。
ちひろに対して対等であると感じていたにも関わらず、離し方はどこか傲慢に思えて、たまに見せる彼女の寂しそうな表情の原因が、自分にあるということをまったく理解しようとはしなかった。
ちひろは、決して中西を責めることはしなかった。もちろん、客として見ているからに違いないが、中西としてはすでにお気に入りとして頻繁に通う自分は、ただの客ではないと思っていた。
確かに他の客とは違っていただろうが、それを自分で意識してしまうと、どこか押し付けがましい態度に出てしまうこともあったのではないか。例えば相手が隠したいと思っているプライバシーにも入り込んでもいいというような錯覚であった。
最初の頃は、
「それだけはしてはいけない」
と当然のごとく、プライバシーに触れるような会話にもっていかないようにしていた。
それがいつの間にか変わってしまって、どうしてそんなになってしまったのか、自分でもよく分かっていない。